第8話「ブチャッチモー!」
(はっ!)
天使のアルティーは悪魔のコンビニスイーツ攻撃に危うく「堕ちる」寸前だったが、どうにか正気に戻り悪魔……もといミコトに再び説教し始めた。
「ミコト様! そっ、そんなモノに惑わされませんよ! そもそもここは他の転生者様もおいでになる宿です。ミコト様もいずれはここを退室して王宮に住まわれねばなりません!」
「えー、せっかく(元いた世界から)生活必需品持ち込んで住みやすくなってきたのに……なぁ、その王宮ってのにこれ(生活必需品)持って行け……」
「ません! 先ほども言いましたよね? 郷に入っては郷に従えと……」
「ゴーゴーうるせぇなあ、オマエは●ひろみか?」
この世界はリアルRPGで魔王が倒せない……とわかったミコトは異世界で完全に腐っていた。アイテム取得魔法「モチニーク」をチートスキルで使うと、元いた世界から物資を大量に運び入れ、転生前と同じような生活をしていたのだ。
「何だよー、だったら魔王を出せー! スライムを出せー! ゴブリンやオークを出せー! アタシは異世界で冒険がしたかったんだよー! RPGがしたかったんだよー! 王様なんて魔王討伐の命を受ける以外に会いに行くもんかー! だいたいオマエなんなんだよー! 頭に(環形)蛍光灯なんか乗せやがってよぉー! 今はLEDだぞこの時代遅れがー!」
天使の輪を(環形)蛍光灯と揶揄されたアルティーの顔は、ピクピクと青スジを立てまくっていた。そして……
「もう堪忍袋の緒が切れました! だったら……強硬手段をとりますよ!」
「おっ、何だぁ~ケンカか? だったら負けねーぞオラァ!」
アルティーの言葉にミコトはファイティングポーズをとって反応した。ミコトは170センチ近い身長、一方のアルティーは身長150センチほど……体格差ではミコトの方が圧倒的に有利だ。
だがアルティーは「フッ」と不敵な笑みを浮かべ、
「ハンデメタメタゴッチョデゴイス……」
と、手を組み祈りをささげるように詠唱すると
「ケン・マクシテッド・ブチャッチモー!!」
聞いたことのない謎の呪文を唱えた。
〝ビュウウウウッ!!〟
すると突然、「時空の扉」が開き部屋の中に風が吹いた。一見「モチニーク」に似ているが風はとても強力で、まるでブラックホールのように次々と周囲の物が吸い込まれていった。
「あ……あわわっ、あわわわわっ!」
あまりの強力な風にミコトは、ブラックホール化した時空の扉に自分も吸い込まれるのではないかと焦り、必死になって机の脚にしがみついた。だが吸い込まれているのは全てミコトが元いた世界から持ってきた物ばかりで、元々この部屋にある物は便せん1枚ですら吸い込まれることはなかったのだ。
「…………へっ!?」
やがて大型台風のような強力な風は治まり時空の扉も閉じた。部屋の中はミコトが転生して目覚めたときと同じ状態に戻っていた。
「……へっ? えっ? えぇええええっ!? なっ何? えっパソコンは? 羽毛布団は? ポテチは?」
「全て異次元空間へ捨てておきました! 今着ていらっしゃる服だけは神の御慈悲で残しておきましたけどね」
ミコトは転生時にスタイルが激変(激ヤセ)したため、当初は異世界の一般人が着ているのと同じ衣装を身に着けていた。だが伸縮性に欠ける異世界の衣装が気に入らず、モチニークでジャージを手に入れそれを着ていたのだ。
「なっ……何てことするんだオメェはぁああああっ!? まだ取引中だぞ!」
デイトレード中のパソコンを吸い込まれたことにミコトは腹を立てた。するとアルティーはため息をつきながら
「ミコト様……今さら異世界で稼いでどうされるのですか?」
「えっ、だってさぁ(元いた世界の)両親が心配じゃん! 仕送りしないと……」
「死んだ者から仕送りが届いたら恐怖ですよ」
「……ま、それも一理あるな」
「ご心配なく、残されたご両親様にはミコト様が亡くなられた損失を埋めるように数か月に一度、ナンバーズ3のミニかスクラッチくじで1万円が当たるように未来を設定してあります」
「ずいぶん地味なラッキーイベントだな、それじゃ割に合わん」
「まぁとりあえず、こちらの世界のご両親になられる予定の国王夫妻にぜひお会いになってください! ミコト様が今まで過ごされたレベルの生活必需品でしたら、王宮に住まわれました際にお返ししますよ」
アルティーの言葉を聞いたとき、ミコトにある疑問が浮かんだ。
「おいテンシゅつ届……」
「ここは宿屋なのでその手続きは必要ありません」
「国王夫妻の娘になるって話だが……アタシがいきなり行ってそんな簡単になれるものなのか? 血がつながってるワケじゃないし、縁もゆかりもない……そもそも王様には子ども……っていうか後継ぎはいないのか?」
「もちろん国王側には話が通っております。ミコト様には養子という形で娘……王女になっていただきます。それと……国王夫妻には現在お世継ぎがおられません」
「なんだ、国王なのに世継ぎになる子どもをつくらなかったのか……それとも何かしらの理由でできなかったのか?」
するとアルティーは表情を曇らせながら言った。
「ミコト様……実は、国王夫妻には4人のお子様……お世継ぎがいらっしゃいました。ですが……4人のお子様は全員……」
「えっ?」
「10歳の誕生日をお迎えすることなく、お亡くなりになられました……」
続きますよー!
※用語解説【ケン・マクシテッド・ブチャッチモー】
「けんまく」と聞くと普通は「ものすごい剣幕で」のように怒って興奮している様子を表しますが、甲州弁では「物が散らかっている様子」という意味になります。
そして「捨てる」ことを甲州弁で「ぶちゃる」と言います。小さいころ、部屋を散らかしていると「てっ、ほんねんけんまくにしてるとぶちゃっちもーよぉ」とお母さんから脅された山梨県民は多かったと思います……私もそうでした。