第7話「何これおいふぃいいいい〜!」
折旗ミコトが転生してから数日が経った。
「あわわわわっ! なっ……何なんですかこれは!?」
この日、ミコトが滞在している「陸亀の宿」の部屋を訪れた天使のアルティーは腰を抜かし、慌てふためいていた。
アイテム取得魔法「モチニーク」を使い、元いた世界から運び入れたミコトの私物で部屋の中が埋め尽くされていたからである。「オジラーの聖水」を飲みすぎて頻尿になったことなどすっかり忘れ、ミコトは相変わらず「モチニーク」を連発して私物や食料品を持ち込んでいた。
しかもミコトはあろうことか電気もインターネットもない異世界に、パソコンを何台も持ち込んで株価をチェックしていたのだ。
「どっ、どうやって……こんなことできたんですか?」
唖然とした顔のアルティーが尋ねると、ミコトはさらっと言ってのけた。
「あぁこれか? フフッ……」
と言ってミコトが壁の方を指さした。その先には「モチニーク」によって開かれた「時空の扉」から2本のケーブルが飛び出していたのだ。
「実家から電源と光ケーブルを引っ張ってきたんだよ」
「なっ……何てことを! これじゃあ時空の扉が開きっぱなしじゃないですか!」
よく見ると「モチニーク」によって開かれた「時空の扉」は、アイテムを取り出したので役目を終え閉じようとしていた。だが電源コードと光ケーブルが邪魔をして閉じられず、ケーブル周りの背景がグニャグニャと歪み続けたままである。
「はぁ……どうやらミコト様はこちらの世界(異世界)の生活に馴染もうとする気が全くなさそうですねぇ……」
「たりめーじゃん! だってさぁ、異世界の食べ物は正直マズいしベッドもメチャクチャ寝心地悪いし……」
よく見るとミコトがパソコンを置いたデスク周りにはスナック菓子の袋やプリンの空容器が散乱し、ベッドには今まで使われていた寝具に代わってスプリング入りマットレスと低反発枕が置かれ、羽毛布団も掛けられていた。
まぁでも……これは仕方のないこと。
そもそもミコトに限らず、現代人が中世ヨーロッパのような異世界で生きていくのには無理がありすぎるのだ。ネットはもちろん、電気もガスもない時代……当時の王ですら、現代の一般庶民の生活レベルには達していないのである。転生や転移をした現代人が、この世界にいともたやすく順応できる方がおかしいと言えよう。
「ミコト様、今日はお話があって参りました」
「えっなーに? 今、売買の途中で忙しいから手短に頼むよ」
ミコトはパソコンの画面に向かったまま、アルティーの顔を一度も見ずに株の取引きを続けながら聞いていた。
「本日は新しい御両親となられる国王夫妻に謁見していただくため、今から王宮に行っていただきます」
「えっ、急じゃね!? やだよぉ、今、仕事中だし……」
ミコトは元いた世界の生活に戻ろうとしていた。異世界でリアルRPGをして魔王を倒すという目的が失われた今、ミコトにとって異世界は「ただの不便な場所」でしかない。するとアルティーが言葉を荒げた。
「そんなことは許されません! 何のために転生されたと思ってるんですか!?」
「えぇー、だってさぁ……あっ、そうだ! さっきモチニークで今日発売の新作コンビニスイーツ手に入れたんだけど……オマエも食ってみるか?」
と言ってミコトが取り出したのは「苺ティラミス」だった。
「そっ、そそそんなもの……食べませんよ! あのですねミコト様! アナタが元いた日本には『郷に入っては郷に従え』ということわざがありますよね? いい加減モチニークを使って元いた世界から物資を持ち込むのをお止めください! そして早くこちらの生活に慣れて王女として……」
「まぁまぁ、そんなこと言わず一口食ってみな! はい、あーん……」
ミコトは説教を始めたアルティーの口にスプーンで苺ティラミスを押し込んだ。
「うぐっ……う゛っ……うぬっ…………ぷはっ……ふっ……」
口に苺ティラミスを強引に入れられてしまったアルティーは、最初は仕方なく食べていたのだが……
「ふわわっ! 何これぇええええ? すっ……すごくおいふぃいいいい~!!」
初めて食べたコンビニスイーツで至福の表情に変わってしまった。
「こっ……このふわっとして口どけがよいティラミスクリーム……しっとりしたスポンジと甘酸っぱい苺ソースにベストマッチしています! でっでも……今は口に全部入れられちゃいましたけど……今度は全層それぞれじっくり味わってもみたいですぅううううっ! はっ、はぁああああっ!」
「それな! コンビニスイーツ……最高だろ?」
「ほわわわわっ……あーっ、ミコト様ぁ~! トッピングのイチゴ食べちゃいましたね? ずっ……ずるいですぅううううっ!」
天使が悪魔の仕業によって堕ちる……最初の一歩であった。
続きまふぅうううう~!