第5話「アタシはこの顔に誇りを持ってるんだよ!」
「なんじゃこりゃああああああああっ!」
天使のアルティーから手鏡を渡され、自分の顔を見たミコトは絶叫した。そこに映っていたのは黒縁眼鏡の一重まぶたで二重あごの黒髪おかっぱ頭、そして体重90キロ超えの「デブスコト」……ではなく、うっすらとピンク色に染まったロングの巻き毛で、上品な顔立ちをしたスタイル抜群の美女であった。
唖然とした表情のミコトをよそに、アルティーが自慢げに説明し始めた。
「転生するにあたりまして……ミコト様には素晴らしい恋愛をされますよう、世の中全ての男性からモテまくる容姿になっていただきました。品と美しさを兼ね備えた、それはもう一国の王女として相応しいお姿でございます」
容姿が変わったミコトは固まった状態でプルプルと震えていた。そして、腹の底から絞り出すような声でアルティーに訴えた。
「……元に……戻せ」
世界中の女性にとって喉から手が出るほど欲しくなるような容姿端麗な姿……この完璧なアイテムを与えられた者から、まさかの「元に戻せ」という言葉……アルティーは自分の聞き間違いではないかと思い、ミコトに聞き返した。
「……え? 今何て言いました?」
「元に戻せ!!」
「いやいや……冗談ですよね?」
「本気だよ! 早く生前の姿に戻せ」
ミコトのありえない要求に、アルティーも声を荒げた。
「なななっ、何言ってるんですかぁああっ! 王子や世の男性たちと恋愛するんですよ! あんなみにく……ハッ!」
「オマエ今『醜い』って言おうとしたなぁ!? 確かにアタシの元の顔はブスだったよ! でもなぁ、アタシは両親からもらったあの顔に誇りを持ってたんだよ!」
折旗ミコトはとても両親思いな娘である。
「両親から受け継いだ顔を整形するなんて親不孝者がすることだ! 加工アプリで目ぇデカくした顔、マジできめぇんだよー!」(※個人の見解です)
「あっ、でっでもミコト様、スタイルの方は……体重軽くなったから動きやすくなられたのでは?」
「う゛っ…………そっそれは……言われてみれば……確かに」
痩せたことに対しては、まんざらでもなさそうだ。
※※※※※※※
「う゛ゎ~、何かイヤだなぁ……この顔」
結局、転生のときに女神から与えられた姿は替えることができない……という決まりだと説得されミコトは渋々承知した。
(なっ……何なんですか? この人)
アルティーは、なぜこの人が恋愛をするために転生されたのか疑問に思うようになっていた。もしかしたら人選ミスなのではないかと……。
「で、この後どうすんの? せっかく体重減って身軽になったのに魔王がいないんじゃつまんねーの」
「そうですね、しばらくは宿に留まり王女としての立ち振る舞いを身に着ける教育を……ってミコト様! 鼻クソほじるの止めてください! はしたないです」
「えっ、立ち振る舞い? いいじゃん別にそんなの」
「よくないです! しかもアナタの場合、普通の人の倍以上は教育に時間を割かなければならないかもしれません!」
「えぇっ、何でだよー!?」
(こりゃ想像していたより大変な仕事になりそうです……)
アルティーがこの先に不安を感じていると、ミコトが話し掛けてきた。
「なぁなぁテンシン木村」
「エロ詩吟は吟じませんよ!」
「アタシは魔法が使えるって言ったよな? でさぁ、その中に……アタシが元いた世界から忘れ物を持ってくる魔法ってある?」
「ないと思います! あっ……まぁ、あるといえば……あります……けど……」
アルティーは答えたが歯切れが悪い。
「えっ、マジで!? じゃあそれ教えてくれ」
「いいですけど……何を持ってこられるおつもりですか?」
「ロールケーキだよ! コンビニスイーツの新作! 結局死んじゃって食べそびれたからさぁ、心残りで……このままじゃ成仏できないよぉ」
「いや成仏してもらったら困るのですが……それだけですか?」
「うーん、あとはパソコンだな! 株価気になるし……あっでも異世界はネットも電気もないのか? うわぁ困ったなぁ」
すると、あまり乗り気でない顔をしたアルティーが
「それができる魔法はですね、『モチニーク』と言います」
「モチニーク?」
「はい、まずは欲しい物を頭に浮かべてください。そして利き腕を伸ばし指をこのように……そしたら詠唱の後、大きな声で『モチニーク』と呪文を唱えます」
「詠唱? 何て唱えればいいんだ?」
「こちらの世界では、全ての魔法で共通して『ハンデメタメタゴッチョデゴイス』でございます」
ミコトはアルティーに言われた通りに構えた。
「そうか、じゃあ早速やってみよう! ええっと、ハンデメタメタゴッチョデゴイス……モチニ……」
「あぁっ!! ちょっと待ってください!」
いきなり実践しようとしたミコトをアルティーが慌てて止めた。
「ん、どうしたんだよ」
「ミコト様! 実はこの魔法……あまりにも魔力が強いために、ある『欠点』がございまして……」
「えっ! 何?」
「それは……この魔法、生涯で1回しか使えないのです」
続き……あると思います!
※用語解説【ハンデメタメタゴッチョデゴイス】
月曜日から夜更かししている深夜番組でネタにされた甲州弁です。正しくは甲州弁ではなく、甲州弁を使った言葉遊び的なもので意味はありません。ただ、それぞれの言葉には意味があり……
はんで=急いで(一部地域では「頻繁に」)
めた=やたらに、むやみに
ごっちょ=面倒くさい、手間がかかる
ごいす=ございます……つまり直訳すると
「急いで(頻繁に)やたらとむやみに面倒なことでございます」
……となります。ちなみにこんな言葉を日常会話で使用している山梨県民はいません。(唯一、山梨で活躍するご当地ヒーローが「ネタ」で使っていますが……)
なのであの番組が放送されたとき、多くの山梨県民は「ざけんな日●レ」と怒りを露わにしていたことでしょう(笑)。