第27話「アットホームな職場です!」
「おい、何やってるんだ! そんな所で」
召使いの衣装に着替えたミコトは、退屈しのぎに城の内部を探索していた。料理の匂いに引き寄せられやってきた場所で、ミコトと同じような服を着た中年男性に呼び止められた。
「あぁん!?」
ミコトは、威圧的な態度で接してくる者に対して誰彼構わず反撃する厄介な危険生物だ。ましてや城の探索というリアルダンジョン攻略の最中で興奮状態……接し方次第では先ほどの門番の二の舞になりかねない。だが、
「ん? その制服……もしかして君は今日から厨房に入った新人か?」
「えっ?」
「そうかそうか、場所がわからないんだな? こっちに来なさい」
「えっえっ!? いや、ちょっと……」
※※※※※※※
ミコトはそのまま城の厨房の入り口まで連れていかれた。厨房の中では昼食会の準備で多くの料理人や召使いたちが働いている。
ミコトは厨房の入り口に貼られている「厨房スタッフ募集中」という求人広告が気になっていた。そこには……
『アットホームな職場です!』
『若い社員が大勢活躍しています!』
『未経験者歓迎! 大量募集中!!』
と書かれていた。
(何だよコレ……ブラック企業が求人で使う常套句じゃねーか!)
ある意味「死亡フラグ」である。
「挨拶は後だ! 今日は新しく王女になられる姫様を歓迎するパーティーの準備で忙しいんだ。頼んだぞ」
「えぇっ!?」
ミコト……自分の歓迎会を自分で準備する羽目になる。まぁ現在の「姫」は従者のアルティーなのだが……。
「おい新入り! この皿をテーブルに運んで!」
「お嬢ちゃーん! この料理を大皿に盛りつけて!」
「調理器具洗って!」
「ゴミ捨ててきて!」
「はいっ! はいっ、はいはいはい……はぁああああいっ!」
ミコト……激務! でも自業自得。
「さっ……さすがにしんどい」
ミコトは厨房と会場の大広間を何回も往復していた。すると会場のテーブルの席にネームプレートがあり、自分の名前が書いてあるのに気付いた。
食事は基本的に大皿料理だが、銀製の食器が各自用意してある。ミコトの隣にはアルティーの名前も書いてあった。
(何だよ、アイツもちゃっかり昼食会に出席するんじゃねーか! よーし、アイツの食器に鼻クソでも付けといてやるか……)
本人は面白いイタズラだと思ってやっているようだが、実際には面白くもなんともない。しかもそのような行為を動画にしてSNSにアップすると、炎上して個人情報が特定され人生詰むので絶対にやめましょう!
「おーい、新入りーっ! 早く次の料理取りに来ーい!」
「はーい!」
1時間後……。
「お疲れさん! そろそろ休憩にするぞ」
「はーい」
「なかなかやるじゃねーか! 初めてにしちゃ上出来だ」
「あざーす」
ミコト……すっかり職場に馴染む。恐るべきコミュ力!
実は以前、アルティーからいくつか生活魔法の呪文を教えてもらっていた。その中に助っ人で活躍できる「オヤテットー」という呪文がありそれを発動したのだ。
「すごく助かったわ、また宴会のときはよろしくね!」
「えっ、あぁ……あははは!」
召使いたちは厨房の隅に集まり談笑していた。アットホームな職場というのはマジだったようだ。
「そういえばまだ名前聞いてなかったな」
「アタシ? アタシの名前はララ・ク■フトだよ」
ミコト……またもウソをつく! しかも困ったことにアルティー不在。
そして、どうやらミコトは「トゥームレ●ダー」が好きらしい。
召使いたちと談笑していると
「みんなー! 食事ができたよー!」
と、1人の召使いの女性が大きなお盆のような板に何かを乗せてやってきた。
(やった! 『まかない』が食える!)
ミコトは「まかない」に大喜びした。この後、豪華な食事会が控えていることなど1ミリも考えていない。
「はい、ララちゃんも」
「わーい、ありがと!」
すっかり偽名が板についた「ララ」ことミコトが手にしたのは……
(えっ?)
黒っぽい色をしたパン1個だけだった。
「えっ、これだけ? 肉はないの?」
心の声がうっかり漏れたミコトの言葉を聞いた召使いたちは、さっきまでの楽しそうな雰囲気から一転、笑顔が消えた。
「肉は……王様や貴族の食い物だからな。オレたちにゃ関係ねぇ」
「ごめんねララちゃん、若いからお腹空くでしょうけど我慢してね」
(そっか……肉食べられないんだ。しかもパン1個って……絶対この人たちには足りてないはず)
ミコトは何か名案がないか考えた。すると厨房の隅に置いてあった「ある物」が目に飛び込んできた。
「ねぇ、あれは?」
「鶏の臓物だよ。さっき丸焼きを作ったろ? そのとき出た『ゴミ』だ」
ゴミと言われたとき、ミコトにあるアイデアが浮かんだ。
「ねぇ、あれもらっていい?」
「いいけど……どうすんだい?」
「食うんだよ! あれだったら貴族も食わないよね?」
「そりゃゴミだからな……ってあんなもん食う気かよ! よせっ、死ぬぞ」
「大丈夫! ちょっと調理台とかまどを借りるよ」
ミコトはそう言うと、捨てられた鳥の臓物の中からレバーとハツ(心臓)と砂肝とキンカン(未成熟な卵)を器用に取り出した……意外と料理上手である。
「あっ、かまどの火は消しちゃったのか……ねぇ! 火をつけるものある?」
すると召使いの女性が、
「ララちゃん、それは魔法でつけるのよ」
「えっ?」
「この国の人たちは全員魔法が使えるのよ! 生活魔法レベルだけど……」
召使いの女性は指をかまどに向け
「モシッツケール」
と呪文を唱えると〝ボッ〟という音とともにかまどに火がついた。
(そっか、そういや天使もそんなこと言ってたっけ……)
鶏の臓物を処理し終えるとミコトは調味料を探しはじめた。
「ねぇ、この砂糖使うよ!」
「えぇっ、おい! 砂糖は貴重だからオレたちは使っちゃいけないんだよ」
「あー大丈夫大丈夫! いざとなったらアタシが責任取るからさ」
「責任って……アンタ何様だよ?」
召使いたちは困った顔をしたが、ミコトはお構いなしに調理を続けた。
(あとはアレなんだけど……やっぱこの世界にゃ無いだろうなぁ……)
そう思ったミコトは「モチニーク」と唱え、異空間から『醤油』を取り出した。その呪文を聞いた召使いたちは一様に驚き、ざわざわし始めた。
「ララちゃ……いえ、お嬢ちゃん……一体、何者?」
「えっ? 何で?」
「だって……『モチニーク』を使えるのって……王族か、上級貴族だけなんだよ」
「だって……『この話』を続けられるのって……作者だけなんだよ」
※用語解説【モシッツケール】
甲州弁ではなぜか「焚く」ことを「もす」と言います(たぶん漢字だと「燃す」になるかと……)。「焚き木」は「もし木」、「焚き付け」は「もし付け」、そして「焚きつける」は「もしつける」です。
……あっでも、「焚き火」を「もし火」とは言いませんよ!




