第18話「アイタタタ……」
ミコトとアルティーは歩いて王宮へ向かう途中、市場に立ち寄った。
「ずいぶん賑やかだなぁ」
「はい、この地区は定期的に市が開催される……いわゆるマーケットタウンです」
通り沿いには多くの露店や屋台が並んでいる。売っているものは食料品などの必需品から贅沢品まで様々だ。
ミコトは青果店の屋台の前で足を止めた。店には多くの野菜が山積みにされ売られている……ジャガイモやトマト、トウモロコシなど……えっ?
「ねぇおじさん!」
ミコトは体格のいい店の主人に声を掛けた。
「へい、いらっしゃい!」
「ここってさぁ……アイツら来ないの?」
アイツらとはもちろん「じゃがいも警察」のことである。
「あぁ来るよ……でも気にしねぇ! この間も来やがったからな、細長く切って油で揚げてフライドポテトにしてやる! って脅したら逃げ帰りやがったぜ!」
異世界は頼もしい、つーかじゃがいも警察ってあちこちで嫌われているようだ。
「ん? 何だこれは!?」
トマトの隣で売られていた物体にミコトは驚いた。それはバレーボールくらいの大きさの黄緑色をした球体で、とても野菜には見えなかった。
「あぁ、これは『サクガーホーカイ』っていう品種のキャベツだ。見た目は雑だが味はいいぜ! お嬢さん、知らないのかい?」
というと店の主人はナイフを取り出し、キャベツを切って試食させてくれた。
「ホントだ! キャベツだ……しかも美味い」
「だろ? 見た目よりも大事なのは中身だぜ! 世の中には見た目が良くても中が空洞で詰まんねーヤツもあるからな!」
何のことを言っているのだろう……だがミコトは深く追及しなかった。
ミコトが野菜から果物の方に目をやると、見たこともないような果物が売られていた。それは桃の形をしているが、ブドウのように紫色をした実であった。
「えっ!? 何……これ?」
ミコトがドン引きしていると隣にいた天使のアルティーが説明を始めた。
「これはですね、この国特産の『コーシューハッチンカー』という果物ですよ」
「コーシューハッチンカー?」
「えぇ、これは『栗』のようなイガに包まれて『ブドウ』のような房となって実ります。秋になるとこのイガが『ザクロ』のように割れ、中から『桃』のような形の実が飛び出すのです」
「何かややこしい果物だな」
「味は『リンゴ』と『梨』を足した感じです。私がお金出しますからミコト様、試しに食べてみますか?」
アルティーが珍しくおごると言ってきたので、ミコトは不審に思いながらも素直に受け入れ「コーシューハッチンカー」なる果物を食べてみることにした。
「いただきまーす! ぱくっ」
すると、2~3回噛んだところでミコトの顔色が一気に変わった。
「う゛げっ……何じゃコレ……渋っ! メッチャ渋いぃいい!」
ミコトがパニくっていると、アルティーがニヤリと笑った。
「あぁ、大事なことを言い忘れましたぁ! この果肉って『柿』……いわゆる渋柿の10倍は渋いみたいですよぉ」
「な゛っ゛!」
「これは天日干しすることで甘い味になるんです。ちなみに中心にある『クルミ』のような種も、割って食べられますよ……銀杏みたいな味です」
「ごっ゛……ごい゛づ~じっ゛ででや゛り゛や゛がっ゛だな゛ぁ゛~」
「ふっふっふっー、そうですよ! ミコト様にはいつも散々振り回されていますからねぇ、たまにはこのくらいの仕返しをさせてもらわないと……」
天使……えげつない復讐をする。
「くっそー、オマエ! もうコンビニスイーツ食わせねーぞ!」
「えーっ、それは別問題でしょ!」
2人……やり取りは低レベルだが、すでに名コンビの予感。
「わかりましたよ……はい、お水を飲んでください」
と言ってアルティーはミコトに水筒を差し出した。
「ゴクッ、ゴクッ……ぷはぁー、生き返ったぁ! つーかさ、ちょっと疑問に思ったんだけどさぁ……」
「何ですか?」
「この世界ってさぁ、水がフツーに飲めるのか?」
異世界とよく似た中世ヨーロッパでは、上下水道が整備されておらず水を飲むとお腹を壊すため、人々はアルコール度数の低いビールやワインを水代わりに飲んでいたそうだが……。
「えぇ、この国の水は安心ですよ」
アルティーは自信満々に答えた。
「えっそうなの?」
「はい、ここは他の国と比べて標高の高い位置にあります。四方を山に囲まれ、山のふもとからはとてもきれいな水が湧き出しています」
「へぇ……」
「特に美味しいのは『北コーマ国』の水です。実はミコト様が魔力を回復するときに飲まれる『オジラーの聖水』、あれは北コーマ国で採取された湧き水です」
「マジで?」
「冬は寒くて雪の多い場所ですが、その雪解け水が聖なる水を作ります。あ、それと北コーマ国は乗馬が盛んな場所でして……この国の王子は騎士の叙任を受け、弓の使い手でもあり……」
アルティーが説明していると突然、
〝ドンッ!!〟
「うわっ、何だ!?」
2人の間に割り込んで男が走り抜けていった。そしてすぐに
「誰かー! その男を捕まえてー、ひったくりよー!」
と、老婆が大声を出してよろよろと追いかけてきた。
「えっ、そりゃ大変! お婆ちゃん、アタシが取り返してやるよ」
正義感の強いミコトはすぐに追いかけようとした。だが、
「うわっ、裾が邪魔っ!」
ミコトが着ていた衣装は自分で裾を切ったとはいえ、まだまだ長くて思うようには走れない。そこでミコトは裾をたくし上げると、脚が露わになった状態でひったくり犯を追いかけた。
「ちょっとミコト様! はしたないです、お止めください!」
「んなこと言ってる場合か! 待てコラァ!!」
アルティーの制止を無視してミコトは走った。そして、見通しの悪い角を曲がったところで
〝ドシンッ!〟
反対側からやって来た人と正面衝突し、2人はその場に倒れてしまった。
「「アイタタタ……」」
ミコトとぶつかったのは青い髪をした、マントを身に着けて騎士のような格好をした若い男であった。
……もちろんイケメンである。
ま゛だづづぐよ゛ぉ゛~
※用語解説【コーシューハッチンカー】
江戸時代に甲州(山梨)で栽培・出荷されていた8種類の果物を「甲州八珍果」と呼んでいたそうです。
ブドウ、桃、柿、リンゴ、梨、栗、ザクロ、クルミ(または銀杏)の8種類。庭木を含めばこの8種類は現在でも全て栽培されていますが、出荷レベルとなると今はザクロやクルミの代わりにスモモ、キウイフルーツ、サクランボ……ですかね?




