第12話「チョベチョベシテッド・ブサラウドーッ!!」
「これからお前さんが、生涯呼ぶことになる名前だからさ!」
「……はぁ?」
ジャガイモ警察を追い払ったサレマーオという男が自らを名乗ったその直後、何かとてつもなく面倒くさくなりそうな予感がする一言を放った。
「正直掘り下げたくないが一応聞こう……どういう意味だ?」
この時点で関わってはいけないやべー奴だと察したが、このままスルーしても気になって寝付けない……そう思ったミコトは、リスクを承知でこの赤髪俺様系イケメンに恐る恐る聞いてみた。ちなみにアルティーはミコトのすぐ近くで、顔を引きつらせながらこのやり取りを見ていた。
「わっかんねーのかよ!? 俺様の『めかけ』になれってことだ! まぁお前さんほどの上物女なら第1夫人の候補として考えてやってもいいぜ!」
すると遠巻きに見ていた女性たちから再び歓声が上がった。
「キャーッ! サレマーオ様がプロポーズされましたわよ」
「キャーッ! 素敵っ! 私もプロポーズされたいわぁ!」
(キャーキャーうるせぇなあ……今すぐ代わってやりてーよ)
ミコトはサレマーオに大騒ぎする女性たちが理解できなかった。なぜなら……
【折旗ミコトは恋愛に全く興味なし!】
ましてや俺様系男など……
(コイツ、マジうっぜぇ!!)
嫌悪の対象でしかなかったのだ。しかし助けてもらった手前、この男を無下にするワケにもいかないと思ったミコトは
「あっ、ちょっと意味が分からないので……アタシはこれで……」
と、その場を(ミコトなりに)穏便に済ませて離れようとした。そのとき、
〝ドンッ!!〟
「おっと……まだ話は終わっちゃいねぇぜ!」
サレマーオは素早く壁に手をつき、その場から離れようとしたミコトの行く手を遮ると、行き場を失ったミコトにゆっくりと顔を近づけささやいた。
「ミコト、お前はもう俺様の腕の中だ……逃がさねぇぜ」
……そう、『壁ドン』である。
「キャーッ! サレマーオ様の壁ドンよぉ!」
「キャーッ! ステキーッ、目の前で見られるなんて……はぁ、尊い」
少女マンガによく出てくる、恋愛未経験の気弱な主人公(図書委員)なら確実に落ちているであろうこのシチュエーション……だが相手は折旗ミコト! 顔は赤くなっていたがそれは恋に落ちたからではなく、イライラが限界に達してブチ切れる寸前だったからである。
「ふーん、面白いことやってくれるじゃん! アタシも同じことやっていいか?」
「えっ?」
想定外の反応にサレマーオが一瞬ひるむと、ミコトは右手でサレマーオの顔面を掴んだ。その姿は……若い方には伝わらないかもしれないが、さながら往年の名レスラー「フリッツ・フォン・エリック」の「アイアンクロー」のようであった。そしてミコトは、サレマーオの顔面を掴んだまま……
〝ドーンッ!!〟
力ずくでサレマーオを地面へ押し付けた。
……そう、『顔ドン』(または地面ドン)である。
そしてサレマーオが倒された場所、ここは馬車が多く通行する大通り……言わずもがな、察していただきたい。
すると遠巻きに見ていた女性たちの歓声が悲鳴に変わった。
「キャーッ! サレマーオ様に何てことを!」
「キャーッ! 何なのあの女!?」
(キャーキャーうるせぇなあ……結局何してもキャーかよ)
「貴っ……様ぁああ!」
顔ドンされたサレマーオは、顔じゅうに青筋を立て体を震わせていた。
「あ、怒らせちゃったかな? めーんご♪」
「ふざけるな! 俺様のプライドをズタボロにしやがって!」
「プライド? そんなクソの役にも立たないヤツ持ってたんだ……」
ミコトにプライドを傷付けられ、そのプライドの存在まで全否定されたサレマーオは完全にブチ切れた。
「おもしれぇ……俺様は本来、女は殴らない主義だが……貴様だけは例外だ!」
と言うとサレマーオはプルプルと震える拳を振り上げた。
「へぇー、やれるもんならやってみな!」
ミコトは挑発をすると、近くでオロオロと困り果てている天使のアルティーに近付き小声で話し掛けた。
「おい、てんしョンアゲアゲ」
「ダダ下がりですよ~! 何ですか?」
「相手を強力にブッ飛ばせる呪文ってあるか?」
「えっ、何する気ですか!? ダメですよ」
サレマーオの正体を知っているアルティーは、ミコトの頼みを拒否した。
「頼む、教えてくれ! 教えてくれたら最新のコンビニスイーツ、1つ丸ごと食べさせてやるから……」
「えっ、本当ですか!?」
天使……買収される。
コンビニスイーツで買収されたアルティーはミコトに耳打ちをした。呪文を聞いたミコトはサレマーオの方を見つめると
「ハンデメタメタゴッチョデゴイス」
と静かに詠唱した。
「何ゴチャゴチャ言ってんだ! 東ゴーリ国の名誉のため貴様を粛正してやる!」
ついにサレマーオはミコトに殴りかかってきた。アルティーが慌ててミコトから離れると、ミコトはニヤッと不敵な笑みを浮かべた。そしてサレマーオの顔をキッと見つめると、こう呪文を唱えた。
「チョベチョベシテッド・ブサラウドーーーーッ!!」
次の瞬間、ミコトの体に変化が起こった。
まだまだ続くドーーーーッ!!
※用語解説【チョベチョベシテッド・ブサラウド】
「ちょべちょべ」……山梨県民でもうまく訳すことができない方言です。「調子に乗る」「ふざける」「でしゃばる」……など、前後の言葉のニュアンスにより多少意味が変わります。似たような言葉に「わにわに」があります。
「ぶっさらう」……ぶん殴る。どちらかと言えばグーパンよりビンタのイメージが強いです。つまり……
「調子に乗ってるとぶん殴るぞ!」
という意味です。私も幼少期、よく父親から言われていました(笑)。




