第7話 冒険者の役割
第1章 ファスティアの冒険者
#2 はじまりの異変
冒険者の日々の役割の一つに、魔物狩りがある。
この世界を生きる人々に対し、魔物は見境いなく襲い掛かり、時には街の中にまで入り込む。だが、冒険生活とは無縁の旅人や街の住人のなかには当然、戦う力を持たない者もいる。そうした力無き人々を守るために魔物を狩り続けることも、冒険者の重要な役目となっていた。
冒険者は狩りの中で、黒霧とならずに消え残った魔物の体の一部や武具を素材として販売したり、魔物による犠牲者の遺品を回収して戦利品としている。そうして手に入れたモノは、基本的に入手した者の所有物として認められているのだ。
時には珍品や貴重な品が手に入ることもあり、一攫千金の可能性を秘めていることから、魔物狩りを専門とする冒険者も多く存在している。
エルスたちも人々からの依頼をこなす合間を縫い、狩りによる収入でギリギリ食い繋いでいた。
「おーい! どうしたアリサ?」
大通りに出たエルスは、アリサの方を振り返って叫ぶ。
「――早く来いよ!」
急かす彼とは対照的に、アリサは何やら街の様子を気にしているようだ。
「うーん。なんか雰囲気が――って! エルス前見て! 前!」
「んぁ? なんだッて――ぶがァッ!」
エルスが再び前を振り向いた瞬間、硬質の物体が彼の顔面に直撃した!
その衝撃によりエルスは後方へ吹き飛ばされ、思い切り尻餅をついてしまう。
「んへェ! にゃんひゃひょ……、ひょっひゃん!」
通りの向こうから全速力で走ってきた短髪の大男が、エルスに衝突したのだ。
彼も人間族のようだがロイマンに劣らず大柄な体格で、身に着けた重厚な鎧と、加速によって生じた破壊力がエルスの顔面を一瞬で血に染めてしまった……。
「大変申し訳ない! 緊急事態なのだ!」
大男は慌しげな様子で謝罪すると『ビシッ!』とアルティリア王国制式の敬礼を決め、酒場の前に集合していた別の男たちと合流した。集まった彼らは一様に、同じ型の鎧を着込んでいる。
「警戒レベル4だ! 正面大通りを封鎖後、人々を退避させろ! あと、マフレイト可能な者を――ザインは居るか?」
「彼ならば、例の盗賊どもによる隊商襲撃の件で出ております! 直に戻るかと!」
「わかった! 彼が適任だ――戻り次第ここに待機させておくように!」
「――団長! ロイマン殿は、まだこちらに!」
「よし、彼への交渉は自分が行う! 他の者は冒険者たちに周辺地域の掃討依頼を出せ! 以上ッ!」
「わかりましたッ!」
「ハッ! 直ちに!」
よく見ると、彼らの鎧にはファスティア自警団の紋章が刻まれている。
団長と呼ばれた大男は一連の指示を出し終わるとドカドカと酒場の扉をくぐり、他の者も持ち場へと散って行ったようだ。
「びっくりしたぁ。あれ、自警団の人たちだね。何があったんだろ?」
「ひはへぇよ……。ひくひょー! いきゃい……」
エルスの顔を覗き込んだアリサは、驚きのあまり自分の口元を押さえる。
「うわぁ……。大丈夫? いまセフィドするから――じっとしててね?」
「ひゃいひょーぶらっちぇ!」
「だって、なに言ってるのかわからないし」
アリサは治癒の光魔法を発動し、その掌に生じた光をエルスの顔面へ乱暴に押し付けた!
「――べぶッ! って、おまえ今のわざとだろ!」
「うん。なんか『グチャ!』って感じで、じっくり見たくなかったし」
「そんなにヒデェ顔面になってたのかよ……。まッ、ありがとな!」
エルスは痛みの引いた顔の感触を確かめながら、酒場の入口へ目を遣る。開け放たれ、引っ切り無しに客が出入りしていたさきほどまでとは打って変わり、今は扉は閉じられている。その為か、酒場全体からは物々しい雰囲気が漂っていた。
「行くの?」
アリサが問うが、酒場での大恥を思い出したエルスは躊躇する。ロイマンとのやり取り、ラァテルとの勝負。そして酒場の大勢の客らから向けられた侮蔑や嘲笑の大合唱が、今になって彼の脳裏をよぎり、責め苛んだ。
もしロイマンの仲間になることができれば、何かが劇的に変わると思った。
だが結局は……。
エルスは隣で自分を見上げたまま、じっと返答を待っているアリサの顔をしばらく見つめ――そして、大きく頷いた。
「――よし! 決めたッ! なんだかわからねぇが、俺たち冒険者の出番らしいしな! 行こうぜ!」
外の静けさに比べ、ファスティアの心臓部である『ドワーフの酒場』内は相変わらずの賑わいだ。だが、雰囲気はエルスらが訪れた時とは一変していた。
酒場の各所で、重厚な鎧を着込んだ男が冒険者たちを集め、真剣な表情で何かを話している。それとは対照的に、テーブルで酔い潰れている者や、それらの光景を皮肉っぽく笑いながら酒を啜る者の姿も見える。
エルスはアリサを伴い、真っ直ぐにあの大舞台の場所へ向かう。そこでは、相変わらずロイマンがどっしりと鎮座していた。変化と言えば、ラァテルがその側に控えていることと、外でぶつかった大柄な自警団長がロイマンに詰め寄っているくらいだろう。
「――なあ、隊長さんよ。緊急事態なのは何度も聞いた。そろそろ話を先へ進めてくれねえか? もうじき俺達は次の目的地に向かう。暇じゃ無えんだ」
「ですから! 自分は隊長ではなく、団長のカダンと申します! ファスティア自警団長として、勇者ロイマン殿に依頼を申し込みに参ったのです! とにかく緊急事態なのですッ!」
カダンと名乗った男は目を見開き、目の前の勇者に必死に救援を求めていた。
店内の照明――魔力灯が、彼のボサボサの黒髪と額に滲む脂汗を大袈裟に照らし上げる。ロイマンは眉をひそめつつ舌打ちすると、小さく首を振った。
「もういい。で、場所は? 獲物は? 言ってみろ」
「ハイ! 場所はファスティア郊外にある、通称『はじまりの遺跡』と呼ばれているダンジョンとなります! その名は、かつてアルティリア騎士団の訓練所として使われていたことに由来しており、多くの若人たちがこの地で栄光ある騎士としての輝かしい第一歩を……」
「――解った解った。もう観光案内は結構だ。次は獲物を言え。馬鹿デカいドラゴンでも出たってのか?」
「獲物はコボルドに巨大ネズミ、それにオークやスライムなども確認されています! 幸い、まだドラゴンとの遭遇は報告されていませんが、とにかく数が膨大なのです! このままでは、いずれ街にまで奴等が押し寄せてしまうでしょう!」
「成る程。犬にネズミに豚にスライムな。それで――肝心の報酬は? そのザコ共をわざわざ蹴散らしに行けば、お宅等は幾ら出す? 皮肉は解ってねえようだが、俺の相場は解っているな?」
「ウグッ! 実は、我がファスティア自警団の懐事情は厳しく……。しかし! 緊急事態の今こそ、是非とも勇者殿のお力を借りたいと……」
「あのな、団長の兄ちゃんよ。何度も言うが、俺は都合良く動く勇者様じゃ無え。そんなモノは他人が勝手に呼んでやがるだけだ。俺を動かしたいなら『報酬』を出せ。無えなら他を当たりな」
「グウウッ……、ロイマン殿――ッ! 頼むッ! この街を助けてくれッ! この通りだ――ッ!」
思わず込み上げた言葉を飲み込み、カダンは顔中に脂汗を浮かべながら深々と頭を下げた。
「チッ、今日は厄日だぜ。どいつもこいつも、俺に妙な理想を押し付けて来やがる」
「――ロイマンッ! あんた、それでも冒険者なのかよッ!」
一連のやり取りを見ていたエルスは居ても立ってもいられず、二人の会話に割り込んだ! 若者の突然の怒鳴り声に驚き、自警団長カダンは思わず顔を上げる。
「あ、君は……? 先ほど外で、自分に体当たりをしてきた銀髪の……。しかし、彼はもっと『グチャ!』っとした感じの人相だったような……?」
「ンなッ! その銀髪が俺で、これが元々の顔だッ! って――そんなことよりもだッ!」
エルスはロイマンをキッと睨みつける。しかし、ロイマンは静かに目を閉じ、ゆっくりとグラスを揺らすのみで反応は無い。隣ではラァテルが小さく溜息をつき、『時間の無駄だ』とばかりに後ろを向いてしまった。
「冒険者なら、なんで協力しないんだよッ! 冒険者は困ってる人の味方だろッ!」
「小僧。そいつは、お前の理想の中の冒険者って奴だ。俺のやり方は違う」
「違っちゃいねェ! 現に俺は――あの時のあんたに憧れて冒険者になったんだ! 同じはずだッ!」
その言葉にロイマンはゆっくりと目を開き、エルスを睨みつけた。黒い瞳は相変わらずのプレッシャーを放っている。
「ならば聞くが――そこの嬢ちゃんは、お前の仲間じゃ無えのか? 昨日今日の知り合いには見えんが? 俺はな、報酬には拘るが『仲間は絶対に見捨てない』主義だ。お前――自分の仲間を捨てて俺の仲間になるつもりだったな?」
「うッ……」まさに痛い所を突かれたエルス。
だが時は戻せない以上、過ちは受け入れ、今後の行動で挽回する以外にはない。
エルスの中では既に、彼なりの覚悟は出来ていた。
「……ああ、そうだ。その通りだッ……! 後悔してるよ、本当に……」
アリサの方を振り返るが、彼女は普段通りの無表情でエルスを見つめているだけだった。エルスは呪文の詠唱よりも小さな声で「……ごめん……」と呟くと呼吸を整え、再度ロイマンへ真剣な眼差しを向けた。
「さっきの俺は、憧れの恩人に会えて浮かれちまってさ。あんたにも迷惑を掛けた。……すみませんでした」
彼なりの反省と謝罪の言葉を述べると、エルスはロイマンに向かって深々と頭を下げた。
「ほう? 口先だけなら何とでも言えるが――まあ、さっきの小僧がそこまでの台詞が吐けるようになったとは、大したもんだ」
「決めたんだ。俺はもう――あんたの力に頼らず、自分の仲間と一緒に魔王を倒すッて! 絶対にッ――!」
真っ直ぐにロイマンを見据え、エルスはキッパリと言い放つ。静かに隣に寄って来たアリサが彼の腕を掴み、小さく頷いてみせた。
「フッ。良い仲間が居るじゃねえか」
ロイマンの言葉に、エルスは大きく頷く。
少しの間、一同の間に沈黙の時が流れる――。
「――あー……。あの、盛り上がっている所を誠に恐縮なのですが……」
彼らのやり取りに置いて行かれていたカダンが、申し訳なさそうに沈黙を破った!
「我々の方は『今この瞬間にこそ!』ロイマン殿にお頼りしたく――」
「報酬次第だと言った筈だ。出す物を出さねえのなら、答えは変わらん」
「よしッ! なら俺たちが行くぜッ、団長さん!」エルスは元気よく手を挙げる。
「……えっ、君が? ううむ――ロイマン殿ほどの実力が無ければ流石に……」
ロイマンに代わって力強く協力を申し出たエルスだったが、カダンの表情は暗い。
「なんだよッ! そこは『おおッ、かたじけないですぞ!』とか言って喜ぶ所だろ!」
「むろん、自分もそう言いたい所なのだが……。自警団長として、未来ある若者を危険に晒すわけには――」
本心なのか、またはエルスの実力を不安視しているのか、カダンは申し出を受けかねているようだ。そんなやり取りを見たロイマンは、わざとらしく音を立ててグラスを置き、真っ直ぐにエルスを指差した。
「俺が推薦する。そっちの嬢ちゃんの実力は知らんが、その小僧――エルスは大した使い手だ。連れて行ってやれ」
そのロイマンの一言で、まるで光が射したかのようにカダンの態度と表情が一変した!
「なんと! ロイマン殿がそう仰るなら……! ではエルス殿、早速頼めるだろうか? ファスティアの為にも、我々に協力して欲しい!」
「もちろん請けさせてもらうぜッ!――アリサ、いいよな?」
「うんっ!」
「かたじけない! では、お二方は外へお願いします!」
カダンはドカドカと一目散に酒場の外へ走り去って行き、アリサもそれに続いた。
「なあロイマン、これだけは言わせてくれ!」
走りかけたエルスが、思い出したようにロイマンの方を振り返った。
「あの時は助けてくれてありがとう! 俺もいつか、あんたみたいに強くなって、誰かを助けてみせるぜ!」
「フッ。なら、馬鹿言ってねえで自分の仲間を大事にしろ。エルス、絶対に仲間を裏切るんじゃねえぞ?」
「ああ……! 約束するよ!」
「よし――もう行け。依頼人を待たせるな」
エルスは軽く頭を下げると、二人の後を追って駆け出した。
そんな彼の後姿を、ロイマンは静かに見送る。
「ラァテル。準備しておけ。念の為だ」
「承知した。ボス」
「そのボスって呼び方は、他に無えのか?」
「――考えておく」
ロイマンは「フッ」と一息つくと、ボトルに残った酒をグラスに注ぎ、一気に呷った。
お読み頂きありがとうございました。
お気軽に評価・感想等頂けると大変励みになります!