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ミストリアンクエスト  作者: 幸崎 亮
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第5話 殴り合いの酒場

第1章 ファスティアの冒険者

#1 冒険者の街

 大舞台で対峙(たいじ)する二人の緊張感をよそに、酒場内の空気は熱を帯び、ざわつき始めていた。気合い充分に剣を構えるエルスに対し、ただ剣をぶら下げて突っ立っているだけのラァテル。しかし、フードの奥から覗く真紅の眼光は殺気すら帯び、それは今やエルスのみを鋭く見据えている……。

 「よし、始めろ――!」

 ロイマンの掛け声で酒場内からは一斉に歓声が沸き上がった!


 「――速攻で決めてやる! いくぜ!」

 「さっさと来い。時間の無駄だ」

 「無駄無駄うるせェ野郎だ! 戦闘ォォ――開始ッ!」

 エルスは床を蹴り、一気に間合いを詰める! 対するラァテルは……、未だ微動だにしない。

 「でやぁぁぁぁッ!」

 エルスの剣がラァテルを捉え、振り下ろされる! しかし、捉えたはずの一撃は紙一重でかわされ、虚しく空を斬った! だが避けられることはエルスも想定していたのか、間髪入れずにそのまま横薙ぎに斬り払う!

 「ふん……」

 それもお見通しとばかりにラァテルは上体を逸らし、斬撃を難なくかわす! そして、体勢を戻しつつ放たれた蹴りの一撃が、エルスの脇腹に炸裂した!

 「うおぉッ!」

 不意に繰り出された攻撃に吹き飛ばされるエルス! 幸い、着ていた軽鎧で直接的な打撃は受け流せた為、ダメージ自体は少ない。


 観客からは歓声が上がり、ジャラジャラとチップをやり取りする音が鳴り響く。二人の勝負が、早くも賭けの対象になっているようだ。


 「チッ――クソッ! そういう戦い方かよッ!」

 エルスは立ち上がり、剣を構え直す。まだ剣は落としてはいない。闘いは続いている。

 「無駄な動きが多いな。無駄口も多い」

 「おまえはイチイチ無駄無駄うるせェ―ッての! おい、今度はそっちから来いよ!」

 回避からのカウンター戦法を取るラァテルに攻め込むのは不利と判断したエルスは、煽るように手招きをしてみせる。

 彼の挑発を『ふん』と鼻で笑うと、静かにラァテルが動いた。

 一歩、二歩。まだ距離はある――だが次の瞬間、エルスの目の前にラァテルが出現した!

 「な――ッ!」

 思わず驚きの声を上げるエルス! ラァテルの動きに観客もどよめく!

 すかさず繰り出されたラァテルの斬撃を、エルスは辛うじて剣で弾く!

 『ギィィン!』という大きな金属音と共に、エルスの腕に痺れるほどの衝撃が伝わった!

 模造品の剣とはいえ、これは金属の板であることに変わりはない。それに、速度もさることながらラァテルの一撃は見た目以上に鋭く、そして重かった。

 「なんだよ今のは……、全ッ然見えねェ……ッ!」

 エルスも負けじと剣を振るうが、ラァテルの体術により軽々と避けられてしまう! 間合いを調整しようとするも、息つく間もなく繰り出される強烈な蹴りがそれを許さない!

 「うぐッ!」

 エルスは辛うじて一撃を剣の腹で受け止めるが、身体全体に伝わった衝撃により体勢を崩されてしまった!

 「おお――ッと! まだまだァッ!」倒れまいとエルスは踏み留まる!

 だが、さらに身体の捻りを加え放たれたラァテルの剣が――正確に彼の腕を捉えた!

 「しまッ……? ぐあァ――ッ!」

 その右腕に強い衝撃と鋭い痛みが走り――そして、乾いた金属音が辺りに響いた。

 ついにエルスは、剣を落としてしまったのだ。

 ラァテルの華麗な連撃に観客たちは思わず息を呑み、辺りは静寂に包まれる――。

 「――よし! そこまでだ!」

 ロイマンの掛け声で、一瞬の静寂は歓声へと変わった!


 ラァテルを讃える声援の傍ら、客らは一喜一憂しながら酒や金銭をやり取りし始めている。

 ロイマンはラァテルの元へ近付き、右手を差し出した。

 「予想以上に見事だった。ラァテル、お前を仲間として歓迎するぜ」

 差し出された右手を、ラァテルが握り締める。それを目にしたエルスは、激しく痛む右腕を押さえたまま、思わず膝から崩れ落ちた……。

 勝負を終えたラァテルはフードを外し、左右に軽く首を振る。

 肩まで伸ばした美しい金髪に、青白くも端整(たんせい)な顔立ちは、美青年と呼んでも差し支えない風貌だ。それに、特徴的な――尖った耳。

 「えッ……、エルフ? 嘘だろ……」

 彼の姿を見て、今度はガックリと肩を落とすエルス。絶望を全身で表現したかのような彼の様子は、さながら軟体生物のようだ。

 「俺は力比べで……、エルフに負けた……?」

 エルフ族は高い魔力と魔法の才能を持ち、長命を誇る種族である一方で、筋力においては極めて虚弱な特徴を持つ。

 魔法を織り交ぜた闘いならまだしも、剣と体術の肉弾戦でラァテルに叩きのめされたエルスにとって、この敗北によって突きつけられた意味は大きかった。

 「ハッハッハ! まさかエルフとはな!」ロイマンは豪快に笑い、ラァテルの肩をバシッと叩く。「いいぞ、ますます気に入ったぜ!」

 身体能力の劣るエルフ族が『力比べ』で人間族に勝利したことで、再び酒場内は歓声に包まれた。


 ラァテルの健闘を称え、各々勝手に祝杯を挙げ始める酔客らを尻目に、エルスはトボトボと大舞台を降りる。

 もう誰も、彼のことなど見ていなかった……。

 ただ一人の少女を除いては。

 「――エルス!」意気消沈した様子で戻って来たエルスを、アリサが出迎える。

 「大丈夫?」

 「あぁ……? なんだアリサか……。依頼は終わったのかよ……」

 エルスは不機嫌そうに彼女から目を逸らし、ヨロヨロと出口の方へ向かう。

 「おまえ――いつから来てたんだ?」

 「んー。あのオジサンが大声で怒鳴った辺りかな」

 「チッ、じゃあ見てたのか……。あれがロイマンだよ。あの『勇者ロイマン』だ……」

 「じゃあエルスの命の恩人だね。それに、わたしたちの親の仇を倒してくれた人」

 「――ッ! それは……! いや、魔王はまだ生きてる!」

 エルスは動揺したように声を荒げ、痛む腕を支えながら拳を強く握り締める。

 「そうさ……、今度こそ俺が――倒すんだッ!」

 「うん、そうだった。一緒に頑張ろうね?」

 再びフラフラと歩き出したエルスに、アリサは彼の身体を支えるように小さな肩を貸す。

 「いてッ……、痛いんで腕には触らねェでくれよ。イテテテ……」

 「あ、待ってね。魔法で治してみるからっ」

 「放っときゃその内治るッて! 大丈夫なのかよ? それ……」

 「精霊魔法は間に合わなかったけど、光魔法はすっごく頑張ったんだから。動かないでね?」

 不安げなエルスをよそに、アリサは小さく呪文を唱え――その魔法を解き放つ!

 「セフィド――!」

 治癒の光魔法・セフィドが発動し、アリサの掌に柔らかな光が生じる!

 そして、その癒しの光を、痛むエルスの腕へ優しく押し当てた!

 「どうかな? 効いてる?」

 「あ? ああ……。やるじゃないか。効いてる効いてる!」

 「よかった。ブリガンドのわたしには、これだけでも苦労したんだからねっ」

 「ああッ、ありがとなアリサ! よし――ッと!」

 エルスはアリサの肩から離れ、真っ直ぐに立ち上がる。そして、痛みの引いた腕をプラプラと振ってみせた。

 「もう良いの?」

 「ああ、バッチリ治してもらったしな! それに、どっちかと言うと精神的なダメージの方が痛かったし……」

 「魔法もアリだったら、エルスが勝ってたかもね。あの勝負」

 「エルフ相手に魔法で勝負なんて、それこそ無謀すぎンだろ……」

 「そうかなぁ? でも、わたしはエルスが負けて嬉しかったかな」

 「なッ! おまッ――何でだよ!」

 「だって、エルスが勇者オジサンの仲間になっちゃったら、わたし『ひとり』になっちゃうし」

 「ぐあッ! それは……」


 エルスは憧れの存在であったロイマンに会えたことで冷静さを失い、最も身近なアリサの存在を全く考えていなったことに今更ながら気付いた。


 「――スマンッ! 悪かったッ! 本当に……」

 「あっ……。えっと、違うの。ごめんね、大丈夫だよ。でも――」

 アリサは言葉を選びながら何かを言いかけ――そして、そのまま歩き出してしまった。

 「でも? どうした?」

 「ううん、大丈夫。それより外に出たいな。ここ苦手かも」

 「ああ……、そうだな。ここで飯を食いたいって気分じゃないし、外の空気でも吸うか!」

 「行こっ」

 アリサはエルスの腕を掴むと、酒場の出口へと駆け出す。

 「おいッ、わかったから急に引っ張るなッて、この怪力女!」

 彼女に手を引かれ、エルスは足をもつれさせながらも、なんとか出口へと辿り着く。

 彼がその腕に受けた傷は――もう完全に癒えたようだ。

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