第4話 出会いの酒場
第1章 ファスティアの冒険者
#1 冒険者の街
ファスティアの街は日々、成長し続けている。元々は酒好きのドワーフ族の農夫が、農地の一角に建てた小さな酒場が始まりだった。やがて、その周囲に家が建ち、店が建ち――付近のダンジョン探索を目当てに集まる冒険者からの評判が評判を呼び、現在の規模にまで巨大化したのだ。
「さてッと、どうすッかなぁ。もう一仕事するか、アリサの働きぶりでも見に行くか……」
エルスは人混みにまみれた大通りを往きながら呟く。この辺りはまだ整備されておらず、テントや急ごしらえの木造建築物が多く建ち並んでいる。いたる所で野ざらしの建築作業が行われ、街路に石も敷かれていない。その為、人混みが流れる度に、そこら中で砂埃が巻き上がっていた。
大通りはすべて、中心部にある巨大な酒場へと繋がっている。その構造ゆえに、目的なく大通りを歩いていると自然と酒場へと誘われるのだ。
「それにしてもッ! すッげぇ人だぜ! 毎日毎日、どこから来てんだ?」
エルスも人々の群れに圧され、少しずつ酒場の方へ流されてゆく。そんな彼の耳に、気になる噂話が飛び込んだ。
「おい、聞いたか? ロイマンの奴が……」
「仲間を集めてるんだってな……」
「奴の冒険仲間に潜り込めりゃ大儲け……」
ロイマン――その名を聞いたエルスは人混みを掻き分け、路肩で話している男たちに詰め寄った!
「ロイマンだって? なぁ、オッサン! そいつはどこで仲間を探してンだ?」
「んあぁ? 何だニィちゃん? 奴なら例の酒場だぜ」男の一人が、大通りの終着点を指差す。
「おめェのようなヘッポコチンチンが行っても、どうせ相手にされねぇぞ?」
「――よし、あの酒場だなッ! オッサン、ありがとな!」
エルスは少年のような笑顔で礼を言い、人波を泳ぐように酒場の方へと駆け出した!
「聞いちゃいねェ……ったく、変な野郎だ!」
「アコガレの勇者様のサインでもオネダリに行くんだろうさ! ブハハハハ!」
男らはエルスの背中を指差しながら大笑いしている。しかし、そんな声など気にも留めず、彼は目的地へ突き進んだ。
「いいぞッ……! あのロイマンの仲間に入れりゃ、魔王だって楽勝だッ! なんか今日は運が良いぜ!」
街の中心に鎮座する、通称『ドワーフの酒場』と呼ばれる巨大な建造物――。
石材やレンガを組み合わせた多角形の外壁には幾つもの入口があり、いつでも冒険者たちを歓迎している。屋根には巨大な革布がテントのように張られており、その面積は街の施設の中で最大だ。
「――ふぅ、やっと着いた! よしッ! 待ってろよ、ロイマン!」
エルスは石畳で整備された大通りを抜け、ようやく酒場へ辿り着く。自らに気合いを入れ、意気揚々と店内へ飛び込んだ!
まだ明るい時間帯であるが、酒場内は客で溢れかえっていた。もちろん、客の大半は冒険者だ。酒場にはどの街でも基本的に、冒険者たちが請け負う『依頼』を張り出す為の掲示板が設置されており、昼夜を問わず人の出入りが途切れることはない。冒険者にとって酒場は、仕事の玄関口とも言える重要な施設なのだ。
たくさんのテーブルが乱雑に配置され、要所要所には飲み物を提供するカウンターや、様々なショーを行う為の舞台も設置されている。 充満する酒や煙草の独特な匂いが鼻を刺激し、怒声や笑い声、グラスの割れる音などが絶え間なく店内に響いている。それらはすべて、良くも悪くもファスティアが持つ活力そのものを象徴していた。
「ロイマンは……、ロイマンは――どこだ?」
エルスは辺りを見回し、探し求める勇者の名を呟きながら進む。まるで長年の夢を叶えてくれる、希望の光を探し出すかのように。
「――居た! アイツに間違いない!」
壁際の、一際目立つ大舞台付近。その一角のみが奇妙なほど静まり返っている。酒場の荒くれ連中も、その空間の中心に座する大男の存在感に圧倒されているのだ。
この男を表す称号は数知れず。
最強の戦士、救国の英雄、国を持たぬ君主、伝説の冒険者・レジェンズの一人。
そして――魔王を討伐した者にのみ与えられる、最も誉れ貴き『勇者』の称号。
あらゆる称賛をその身に受ける男、ロイマンがそこに居た。
場に漂うただならぬ緊張感に圧され、エルスは思わず固唾を呑む。なんとか呼吸を整え、真っ直ぐに彼の座るテーブルへと近付いてゆく。エルスが歩を進めるにつれ、周囲のどよめきや嘲笑が徐々に大きくなる。彼はロイマンのみを見据えて進み、その正面で立ち止まった。
あの頃よりも老いてはいるが、目の前の男は確かに、幼きエルスの生命を救った恩人だった。
人間族の中でも特に大柄な肉体は強靭な筋肉に覆われ、その上には鈍い輝きを放つ白銀の鎧を纏っている。逆立った黒髪には多くの白髪が混じっているが、逆にそれがロイマンという男の歩んできた冒険者としての生き様を物語っていた。
そして、彼の傍らには巨大な剣――魔王の剣・魔剣ヴェルブレイズが在った。
ロイマンは数人の飲み仲間と酒を酌み交わすばかりで、目の前でじっと立ち続けるエルスには見向きもしない。取り巻きの数人がチラリとエルスに目を遣り、下品な笑みを浮かべたのみだった。
「なあ、あんたがロイマンだろ? 俺はエルスだ! 頼む、俺を仲間に入れてくれ!」
エルスの開口一番の言葉に一瞬で場の空気は凍りつく――そして、直後に大爆笑が巻き起こった!
「ギャハハハ! 何言ってんだ? あの小僧!」
「聞いたか? とんでもねェ馬鹿が来たぞ! ウヒャハハハ!」
「アハハハッ! ねぇ身の程知らずの坊や? イイ子だからサインでも貰って帰りな!」
周囲からは口々に、エルスに対する罵声が飛び交う。しかし、そんな雑音など一切届いていないかのように、彼は目の前の男に真剣な眼差しを向け続けた。
やがてロイマンは周囲を制するように小さく片手を挙げ、ゆっくりとエルスの方へ目を向ける。その眼光が放つプレッシャーに弾き飛ばされそうになりながらも、エルスは彼の黒い瞳を見つめ返した。
「そうだ。俺がロイマンだ。小僧、仲間にしろと言ったな? 悪いが俺は子守りは請けない主義なんでな。他を当たれ」
それだけ言い捨てるとロイマンは何事も無かったかのように目を閉じ、再びグラスを傾け始めた。
「待ってくれ! 昔、あんたに助けられた! 魔王に襲われた俺を! それから俺は、あんたを目標に冒険者になったんだ!」
込み上げる感情のまま必死に言葉をぶつけるエルスとは対照的に、周囲の酔客からは冷ややかな笑いが起こっている。
「フッ……。魔王だと? 小僧、夢でも見たか? 俺は助けた奴の顔なんざ覚えていないんでな。憧れるのは勝手だが――俺の酒が不味くなる前にそろそろ消えな」
「違う! あれは夢じゃないッ! 夢なんかじゃ――ッ!」
エルスは、悔しさから強く唇を噛み締める。悔し涙をグッと堪えた彼の視界の隅で、酒場の照明を反射して魔剣が妖しく煌めいた。
それは紛れもなく、かつて魔王が振るい――父らの命を奪った、あの忌まわしき魔剣だった。
エルスは真っ直ぐにそれを指差す。
「その剣ッ! それは魔剣ヴェルブレイズだろ? 俺はあの時、確かに助けられたんだよ!」
「何?」ロイマンの、グラスを揺らす手が止まった。
「小僧……。何故、俺の得物の銘を知っている? 誰に聞いた?」
エルスの脳裏に、あの忌まわしき日の記憶が蘇る――。
『どうだい、凄いだろう? これが魔剣ヴェルブレイズ、本物の魔王の剣だ』
『神の奴隷どもめ! この魔剣ヴェルブレイズに灼かれ、滅ぶがいいッ!』
「――魔王メルギアス! その剣の、前の持ち主からだッ!」
「ほう……。どうやら只の勘違い小僧ってわけじゃ無さそうだな。お前、あの時手を焼かせてくれたチビか」
「小僧でもチビでもないッ! 俺はエルスだ! 頼むよッ! 仲間にしてくれ!」
「チッ。さっきから軽々しく仲間仲間と吠えやがって。それに、お前があの時のチビなら尚更御免だ。また巻き添えにされちゃ敵わん」
「巻きぞえ――ッ? まさか、あの時? 教えてくれロイマン! 俺はッ――俺は、あの時……」
「五月蝿えぞ! いい加減に落ち着きやがれ!」
怒声と共に、ロイマンはグシャリとグラスを握り潰した!その拳には余程の怒気が込められていたのか、飛び散った酒とグラスの破片は地に落ちることもなく、光の粒子と化して虚空へ消えてしまった……。
これには流石のエルスも、周囲の客らも度肝を抜かれ、沈黙する。
しかし、その雰囲気に臆することもなくこちらへ近付いて来た男が、その沈黙を再び、どよめきに変えた。
フードを目深に被り、全身黒ずくめの衣装を纏った長身の男がロイマンの前で立ち止まり、小さく頭を下げる。
「俺の名はラァテル。仲間入りを希望する」
ラァテルと名乗った謎の男は、エルスには一切目もくれずにロイマンへ視線を向けている。
「なッ……! おい、おまえ! いきなり出て来て何だよッ! 俺が先にロイマンに……」
思わず抗議の声を上げるエルスだったが、ラァテルは微動だにしない。
「おい! 無視するんじゃねェ!」
「ロイマンに用がある。貴様との会話は時間の無駄だ」
「なッ! なんだとオォォ――ッ!」
まるで大切な宝物を横取りされた子供のように、激しい怒りを露にするエルス。しかし、ラァテルは彼を一瞥したのみで、すぐにロイマンへ視線を戻した。エルスは理性をなんとか保ちつつも、そんなラァテルの横顔を睨みつける。
「フッ……」
さきほどから目の前で勝手気ままに繰り広げられる光景に、ロイマンがゆっくりと立ち上がった。彼の座っていた椅子がガタリと倒れる。
「フッフッ……、ハッハッハッハッハッ!」
立ち上がるや、突如大笑いを始めたロイマンに、周囲は騒然となる。彼の一挙一動に、皆が注目しているのだ。
「いいぞ! こいつぁ面白い! ここの連中は腰抜けばかりだと思っていたが、この俺に問答を仕掛ける奴が二人も居るとはな!」
ロイマンは壁際へ向かい、壁掛けの内装品から二本の剣を手に取る。そして、すぐに踵を返した。
「まあ良い。新しい仲間を探しているのは事実だ。少しは見所のあるお前等に、チャンスをやろう」
「チャンス?」
「ふん。なるほどな」
ロイマンの行動から意図を察したラァテルとは対照的に、エルスは疑問の声を上げる。
「なんだ? どういう意味だよ?」
「察しろ。時間の無駄だ」
「ぐッぐぐッ……、ラァテル! イチイチ腹立つ野郎だなッ!」
じゃれ合う二人の目の前でロイマンが腕を振り下ろすと、『バリッ!』っという大きな音と共に二本の剣が床に突き立った!
「そこまでだ。エルスにラァテルと言ったな? その剣で勝負しろ。闘いぶり次第では、勝った方を仲間にしてやる」
「おッ! なんだ、そういうことか! よしッ、勝負だラァテル!」
興味なさげに目を閉じるラァテルに対し、エルスは意気揚々と床に刺さった剣を引き抜き、得物の感触を確かめる。造りはしっかりしており、先端こそ鋭利であるが刃自体は止められている。どうやら、調度品として造られた模造刀のようだ。
「どうせ貴様では勝てん。やるだけ時間の無駄だ」
「おい、青二才。一つ教えてやる。俺の仲間になるってことは、俺の指示に従うって意味だ。解るか?」
「――良いだろう。承知した」
ラァテルが剣を引き抜いたのを確認し、ロイマンは背後にある大舞台を指差した。
「ここで闘れ。剣での刺突と魔法は禁止。先に剣を落とした方が負けだ。良いな?」
「なんだよ、なんか細けぇルールが多いな!」
「ルールの無い闘いは只の殺し合いだ。理解したか? 行け」
「ヘッ! わかったよ! 望むところだッ!」
エルスは気合いを入れながら――ラァテルは静かに、二人は闘いの大舞台へと上がった!
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