第3話 はじまりの依頼
第1章 ファスティアの冒険者
#1 冒険者の街
エルスは店の呼び込みを始め、幾人かの旅人は足を止めて商品を購入してもらうことができた。彼の目論み通り、割高にもかかわらず魔道具類は即座に完売し、謎の角や不気味な目玉の売れ行きも好調のようだ。
「毎度ありィ! オッサン良い人だな! あ、そこのキレイな姉さん! 目玉おひとつ、どうだいッ?」
意外と彼には商才があるのか、並べた商品は次々と売れ、商品棚には隙間が増えていく。その度にエルスは店内の商品を掴み、カウンターの隙間へ並べる。
だがほどなく、それらの商品もすぐに完売してしまった。これなら、さきほどの失敗の取り返しも可能かもしれない。
「――さぁて、問題はコイツらだな」
エルスは、次々と売れていく商品たちの中で最古参となってしまった、二本の杖に目を遣る。杖に付いた目玉のような奇妙な装飾が、彼を見つめ返すかのようにギョロリと動いた気がした。
「悪趣味なデザイン以外は、ワリと良さげなんだけどなぁ。コレ」
「ほんとだ。かわいいね」
杖と見つめ合っていたエルスは、不意に聞こえた少女の声に反応し、慌ててそちらへ顔を向ける!
「うわッと! いらっしゃい! おッ、そう言うお客さんも可愛いねッ!」
目の前の少女は腰のあたりに細身の長剣を差し、装飾が施された金属の胸当てと短めのスカートを身に着けている。幼さの残る可愛らしい顔立ちに大きな茶色の瞳、赤いリボンで結った長い茶色のポニーテールが印象的だ。
体型は小柄で年齢よりも幼く見えるが、それは彼女が人間族とドワーフ族の混血ゆえか――。
「――って、おまえアリサじゃねぇかよッ! こんな所で何やってんだ?」
カウンターの向こうに立っていたのは、エルスの旅の相棒であるアリサだった。
「もー。お客さんに、そんな乱暴な言い方しちゃダメだよ?」
「おッ、客だったのか! じゃ、何か買って行ってくれるのか?」
「ううん。買わない。お金ないもん」
「ああ……、知ってる。そうだよな……」
唐突に現れたアリサとのじゃれ合いに緊張の糸が切れたのか、エルスは大きく溜息をついた。
「そうだ、おまえも少し手伝ってくれよ! この杖をどうしても売りたいんだ!」
「うーん、ちょっとだけならいいよ? もうすぐ次の依頼人さんの所に行かなきゃだから」
「よし! じゃあ、早速それ持って――その辺の、羽振りの良さそうなオッサンのとこに可愛く売り込みを……」
「あっ。やっぱりやめよっかなぁ。なんかアヤシイもん」
「なッ、怪しくねェよ! ほれ見ろ! こんなに黒光りしてて、目玉もいっぱい付いてて、なんかよく分からないけどカッコイイ模様とかが入ってるんだぞッ!」
「――ほうほう。これは確かに、興味深い代物ですねぇ」
力説するエルスの大声に引き寄せられたのか、男の涼しげな声が二人のやり取りを遮った!
「おッ、いらっしゃい!」
エルスは、杖を興味深げに覗き込んでいる背の高い男へ、笑顔を向ける。
男は若い紳士で、長い紫色の髪をオールバックにまとめ、肩より長い部分を三つ編みにして黒いリボンを付けている。髪と同じ紫色をした目の右側には片眼鏡を掛け、上質な礼装に身を包んだ姿は高貴な家の執事か学者のようにも見える。
耳は長く尖っており、その特徴から彼がエルフ族であることも窺えた。
「どうだい兄さん! なかなか良い杖だろ? 真っ黒でギンギンしてて、目玉とかも付いててさ! この辺の装飾も結構細かいぜ?」
「ふむふむ。確かに確かに。こういった珍妙で悪趣味な杖なら、南のランベルトスの好事家に高く売りつけるのも一興ですねぇ」
「わぁ、お詳しいんですね」すかさずアリサは相槌を打つ。
「ええ、これでも色々と手広くやっていますからねぇ、お嬢さん。では、折角なので……」
エルフの紳士は杖に手を伸ばす――すると、遠巻きに店を眺めていた男が、勢いよくカウンターの前に割り込んできた!
「おおっと! 待ちなエルフの旦那ァ! コイツは俺が貰ってくぜ!」
割り込んだ商人らしき風貌の男は有無を言わさず、その図太い腕で奪い取るように二本の杖をガッシリと掴んだ!
「ええッ! ちょっとオッサン、今その兄さんと交渉中で――」
「ってぇことは、まだ売れてねぇんだろ? じゃあー、俺が買った!」
「はっはっは! ワタシのことなら気になさらず! 是非、そちらのお方に売って差し上げてください!」
突然の乱入者に戸惑うエルスに対し、エルフの紳士は何が面白いのか手を叩きながらゲラゲラと笑っている。
「え……? ああ……。じゃあ兄さんとオッサンで一本ずつってのは――」
「二本だ! 二本とも俺が買った! 商売ってのはなぁ? 決断の速さが肝心なのよ、ニィちゃん!」
商人の気迫に圧されつつ、エルスが申し訳なさげに紳士の方へ目を遣ると、彼はにこやかな笑顔で『どうぞ』とばかりに小さく手を差し出した。
「――わかった! じゃあ両方ともオッサンのもんだ! 毎度ありィ!」
「ガッハッハ! 良い手土産が手に入ったぜ!」
商人は上機嫌で料金を支払うと、杖を乱暴に抱えて去ってしまった。行く先には隊商の荷馬車が待機している。どうやら彼も、そこに所属する商人のようだ。
「なんだか今の人、すごい勢いだったねぇ」
一連の流れを静かに見守っていたアリサが、思わず感嘆の声を漏らす。
「アレはランベルトス行きの隊商ですねぇ」
紳士は、荷馬車と周囲の商人らを観察しながら言う。
「あの御仁、かの街の名が出た途端に入って来られましたから!」
「なんか申し訳ない! 兄さんの方が早かったッてのに……」
「はっはっは! ワタシとしては興味深いモノが拝見できたので、それで満足ですよ」
涼しげに笑う紳士は、エルスの耳元へそっと顔を近づける。「……それより、お気をつけ下さいねぇ? さっきの杖、なかなか興味深い術式が刻まれていましたので――」
「え? それは、どういう……」
その含みのある言葉に、エルスは彼の方へ目を遣る――が、謎の紳士の姿は忽然と消えていた。
「うおッ? 消えたッ……? な……、何だったんだ? あの人……」
「すごいねぇ。どうやって消えたんだろ?」アリサは口元に指を当てつつ、自分の足元を見つめる。
「あっ、もしかして小さくなったとか?」
そう言うと彼女は、何かを思いついたかのように足踏みを始めた。
「おまえ、急に何やってんだ……?」
「んー。小さくなっただけなら、まだこの辺りに居るかなって。えいっ!」
「やッ、やめとけよッ! ほら、無駄に動くと腹も減るし、やめとこうぜ。なッ?」
エルスがなだめると、アリサも満足したのか顔を上げて小さく頷いた。
「うん。やっぱり居なかったみたい。それじゃ、わたしも次の依頼人さんの所に行くね?」
「おまえ、たまに変なことやるよなぁ……。とりあえず、ありがとな! お陰で助かったぜ!」
「わたし結局、何もお手伝いしてないけどね」
「おまえと話してたせいで結果的に売れたんだし、良いんだよ!」
「そっか。じゃ、またあとでね。エルスもケガしないように頑張ってね?」
アリサは小さく手を振ると、目の前の人混みの中へと消えて行った。
「怪我なんかしねぇッて! タブンな……」
呟きながらエルスは軽く身震いをする。商品を壊した事実は取り消せない上に、許して貰える保障はない。とはいえ、あの杖を買ってくれた気前の良い商人のお陰もあり、売り上げの方は絶好調といえるだろう。
料金箱へ目を遣ると、銅貨や銀貨の山に混じって数枚の金貨の姿も見える。
「ふう、これだけ稼げば、ぶッ壊したアレの件も許してもらえるかなぁ……」
「なーに? 何か壊しちゃったのかしら?」
「うわァァッ!」
背後から耳元に突然聞こえた艶かしい女の声に、エルスは思わず飛び退いた!
「ど……、どーしたのよ? そんなに驚かなくても……」
エルスが振り向くと、取引を終えたのか依頼人の女店主が立っていた。
「いやぁ――えっと……。あッ、お疲れさまッス!」
「ありがと。それより……、あらっ?」
店主はエルスの傍らに置かれた料金箱の中を覗き込む。箱の中で珍しく金色の光がキラキラと輝いていることに気付くと、彼女の表情もみるみる輝き始めた。
「まぁ……。もしかして、ちゃんとお店やってくれたの? それに、こんなにたくさん……」
「え? そりゃ、依頼を受けたからにはキッチリやる主義っていうか――罪滅ぼしッていうか……」
「すごいわぁ……。これ、間違いなく当店で最高の売り上げよ? それにウチで価値がある物なんて、あの精霊石のアミュレットくらいしか……」
「うぐッ! ほら、あれッス――なんか変わった杖! 目玉とか付いてたアレが、それはもう奪い合いの大人気でさ!」
「あ、それって降魔の杖のことかしら? この辺りに二本置いてあった……」
「そうそう! そこにあった変な杖ッス!」
「そっかぁ。アレ、ついに売れちゃったのね」
しみじみと店主は呟き、エルスの背筋には冷や汗が流れた。
「――あれッ……? もしかして、売りモンじゃなかった、とか……?」
「あっ、違うの。実はアレ、ちょっといわく付きの代物でね。弱小店の弱みっていうか、仕入先で無理矢理押し付けられて扱いに困ってたのよ」
「そ、そうなんッスか……」
「ずーっとお店に並べておいても全然売れないし、モッタイナイけど処分しようかなって。そんな邪魔モノを大金に換えてくれて、本当に助かったわぁ」
「いやぁ、それなら良かったッス! これ以上やらかしちまったらと思うと――」
「あ、そうだ! さっき、何か壊しちゃったって言ってなかった?」
「おお……ッと! そ……、それは……。あの……」
やはり失敗は隠せない。エルスは震える手で恐る恐る、虹色の砂粒が入ったビンを店主の前へ差し出した。
「実は……、その精霊石のアミュレット的なヤツを……、つい握り潰しちまって……」
「ええっ!」店主は手で上品に口元を覆いながら大口を開け、驚きの声を上げた。
「これが、あのアミュレットなの?」
「ご、ごめんなさいッ! 手持ちが無いンで、せめて今回の報酬分で弁償します! 足りない分は何とか頑張るんで……、神殿騎士に突き出すのだけはご勘弁を――ッ!」
「ちょっ、待って、一旦落ち着いて。ね?」
店主は、何度も頭を下げつつ目の前で力いっぱい謝罪の気持ちを示すエルスを慌ててなだめた。
「えっと……。多分それ偽物ね。だから気にしないで。ねっ?」
店主はアミュレットのなれの果てが入ったビンを手にし、それを小さく傾けながら眺める。
彼女が傾ける度に、埃のような不揃いの砂粒がビンの中でコロコロと転がった。
「――こんなことだろうと思ったわ。固めた塗料か何かの塊でしょうね、これ」
そう言うと彼女は、興味なさげにビンを商品棚に置いた。
「まあ、こうして眺めている分には綺麗だし、閉店まで並べておきましょ」
「えーっと……? ニセモノ……?」
「そっ、偽物。本物の精霊石なら握ったくらいで粉々になんてならないもの。太っちょのオークや、逞しいジャイアントが踏んづけたって、ヒビひとつ入らないわ」
「そうなんだ……。よッ、良かったぜ……」エルスはホッと胸を撫で下ろした。
「それにしても、あそこも代替わりしてからはダメねぇ。ランベルトスの商人ギルド。あのいわく付きの次は、偽物を掴ませてくるなんて……」
店主は妖しい手つきでエルスの手を取り、売り上げの中から金貨を一枚拾い上げると、彼の掌に載せた。
「はい。それはともかくお疲れさま。これは報酬ね?」
「おおッ! こんなに? 良いんスか?」
依頼状に記載された金額よりも多い報酬に、エルスは思わず歓喜の声を上げる。
「イイのよ。居てもらうだけのつもりで、売り上げなんて期待してなかったし。たくさん頑張ってくれて、ありがとね?」
「こちらこそッ! ありがとうございまッス!」
「あなた、きっと商人に向いてるわ。よかったら明日からも一緒にどう?」
「いやぁ。せっかくだけど、俺にはやることがあるんで!」
エルスは得意げに、腰に差した剣を指差す。「この剣でさ!」
「そっか、残念。でも夢があるなら仕方ないわね。冒険者生活、頑張ってね?」
「はいッ! それじゃ、お疲れさまッス!」
エルスは元気よくお辞儀をすると店を飛び出し、意気揚々とファスティアの活気の中へ飛び込んでいった!
お読み頂きありがとうございました。
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