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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

女傑シリーズ

龍装の乙女と白銀の翼竜

作者: 汐葉匠実

投稿4作目です。良ければご覧いただければ幸いです。




https://ncode.syosetu.com/s5817g/




↑今までの作品はこちら。世界観は共通ですが、それぞれ独立した話となっております。


「お疲れアンネ、今日も罰掃除?」

 

 訓練場からの帰り道、アンネは後ろから呼び止められた。


「うう~、鍛錬終わってすぐだったから体もうヘロヘロだよ~」


 声を掛けてきた同期の男性騎士候補生、ジャックに対しアンネは振り向き、首肯しながらそう返す。その様子は明らかに疲れていますとアピールするようにぐったりとしている。


「そんな調子だと、また教官殿にどやされるよ。」


「そうはいってもジャック、私の場合明らかにおかしいじゃん!遅刻一回の罰で建物全体の掃除なんて明らかに横暴だよ~」


「ほう、誰が横暴だと?」


 ジャックに愚痴を漏らしていると、アンネの背後より声が掛かった。


「ひえっ、ケルビス教官!?」


「何がひえっ、だ。そんなことより私には、自分の遅刻は悪くなく、処罰を与える上官は横暴だと言っているように聞こえたのだが、アンネ?」


「あはははははは……そ、そんなこと言っておりませんよ教官。」


 教官の突然の登場に驚き、とりあえずその場を取り繕おうとするアンネ。しかし、それが許されるはずもなく、


「いくら年少者、いくら特殊待遇だからといって、そんな腑抜けた態度を取り続けられたら他の者に示しがつかん!見習いとはいえ、もう少し騎士団に所属しているという自覚を持つんだ、アンネ!」


「す、すみません……」


「ふんっ、いつまでも小言を言っていても時間の無駄だからな。とにかく2日に1度は朝の訓練に遅刻するその遅刻癖を直すんだ、分かったな!?」


「はいぃ……」


「では私はこれで失礼する。二人とも、今日も一日訓練ご苦労だったな。」


 ひとしきり注意した後、二人に労いの言葉を掛け、ケルビスはその場を後にした。そして彼の姿が完全に見えなくなるのを見計らい、アンネは大きな大きなため息をついた。



「本当、あのお叱りさえなけりゃ良い教官様なのにな……」


「いや、いまのは明らかにアンネが悪いよ。」


「ええっ、ジャックまで教官の味方ぁ!?」


「そりゃあ、2日に1回遅刻するのは駄目だよ。むしろ掃除だけで済んでいる分軽いと思うよ。」


「そんなぁ~」


 ジャックからも注意を受け、ますますげんなりするアンネ。そうこう話している内に二人は訓練場の出口までやってきた。


「アンネ、今日この後時間ある?良かったら一緒にご飯でもどう?」

 ジャックは少しいつもより上ずった声でアンネに声を掛ける。


「ごめん、今日はパス!」

 しかし、アンネは断りを入れる。


「そっか、残念。」


「先約あって……明日なら全然空いてるよ!」

 アンネとてジャックの気持ちが分かっていないわけではない。それに自分も誠実で優しい彼を憎からず思っている。しかし、それでも優先したいことがあるのだ。なので、代わりの日程を提示する。


「あぁ、あの子か、だったら仕方がない!じゃあ明日、また訓練終わりに声掛けに行くよ!」

 アンネの事情を把握したジャックはそう言って嬉しそうに去っていった。



 ジャックと解散したアンネはそのまま町を西に進んでいく。その足取りは、さっきの説教を早くも忘れてしまっているかのように軽やかなものだった。


 ほどなくしてアンネは、家2軒分はあろう大きな小屋にたどり着いた。そして勢いよくその扉を開け中に駆け込む。



「シルフィード!」

 名を呼びながら、アンネは中にそのまま駆け込み、勢いよく小屋の主に抱き着く。


「やっと会えた~、昨日ぶり!ちゃんとご飯は貰えてる?窮屈してない?」

 抱き着いてその頭を撫でまわしながらアンネは尋ねる。


「クルルルルルルルゥ!」

小屋の主——白銀の翼竜は嬉しそうに鳴き声を上げる。



 そう、この白銀の翼竜シルフィードこそ、アンネが騎士団預かりとなっており、特殊な待遇を受けている理由なのである。




 シルフィードとアンネの出会いは6年ほど前にさかのぼる。当時テスリア帝国の小さな農村に住んでいた彼女は、ある日村のすぐ近くの森の側で、傷ついて倒れている小さな竜を見つけた。当時より心優しかった彼女は村の人間たちに見つからないよう、竜の傷が治るまで、毎日看病しご飯を食べさせた。


 すると、竜の傷が治るころにはすっかり竜はアンネに懐いてしまい、結局村の人間に見つかってしまった。しかし、アンネの後ろついてまわるその愛くるしい姿を目にした村人たちはすぐに竜のことを受けいれ、シルフィードと名付け、村総出で育てるようになったのでる。


 その後、村を訪れた行商人伝いにシルフィードの話は帝都の騎士団達の耳にまで入った。竜が人間に懐くなど今まで前例がなかったが、そのままの状態にしておくのも危険と判断した各騎士団は、一旦シルフィードを騎士団預かりとすることを決め、村を訪れた。


 しかし、ただ連れて行こうにも一向にシルフィードがアンネから離れようとしなかったため、アンネもついでに騎士団預かりとなり、現在に至る。これが、アンネが騎士団預かりとなっている経緯である。



 そして、アンネが特殊待遇を受けているのは、


「シルフィード、お散歩行こっか!」


「クルルルゥ!」


 そう、このお散歩にあるのだ。


 ばさりと翼を広げたシルフィードの背中には人一人が乗れる鞍が付いていた。アンネは颯爽と飛び乗り、そのまま小屋の裏口から小屋に併設された広い空き地に出る。シルフィードはアンネを背中に乗せたまま勢いよく飛びあがった。そして一気に帝都の城壁よりも高いところまで飛翔する。


「相変わらず良い景色、それに気持ちいい!」


「クルルッ、クルゥ!」


 二人とも非常に上機嫌のまま、高度を下げ帝都の町の様子が目に映る高さで、帝都周辺を飛び回り始めた。そう、アンネは騎士団訓練生の身でありながら、シルフィードとともに帝都の上空警備の任を受けているのである。


 アンネが普通の村娘でありながら騎士団に入隊できたのも、遅刻を繰り返しても軽い罰だけで済んでいるのも、訓練生の身でありながら他の訓練生以上に給与をもらっているのも、帝都の上空警備を行うことができるのがアンネとシルフィードだけだからである。


 無論、シルフィードに正規の騎士を搭乗させることも試みたのだが、シルフィードがアンネ以外をその背に乗るのを激しく嫌がったのである。そのためアンネを乗せるほかなく、特例措置として騎士団側が便宜を図っているのである。



 帝都外縁をゆっくりと監視しつつ飛び回っていると、少し離れた平原で何者かが魔獣に襲われているのをアンネは目撃した。


「シルフィードあそこ!」


「グルゥ!」


「行くよ!」



 持っていたグレイブを脇にしっかりと抱えて魔獣の群れに突撃する。魔獣の種類はゴブリン、数は多いが一体一体は強くない。


 まずは突進の勢いそのままにグレイブを左右に振るい通り道上のゴブリン達をその刃で切り裂き、その柄で殴打する。その間シルフィードはその牙で目の前のゴブリン達を食いちぎっていく。


 そして群れを通り過ぎたら反転してもう一度突撃、というのを何度か繰り返すと、あっという間に数十匹はいたゴブリンの群れが残り5匹にまで減っていた。


「はぁっ!」


「グルルルル、ガウ!」


 アンネはシルフィードから降り、二手に分かれて残りを蹴散らしていく。そうして到着から数刻でゴブリンの群れを壊滅させたのであった。



 襲撃後、襲われていた人達に話を聞いたところ、彼らは商人であり、帝都へ戻る道の途中、森の茂みに潜んでいたゴブリン達に襲撃されたとのことだった。

 

 礼を渡そうとしてくる商人に騎士団の仕事ですから、と断りを入れ帝都まで商人を護衛したのち、アンネは偵察任務という名のシルフィードとの空中散歩を再開する。



「ゴブリン相手とはいえ、今日も大活躍!やったねシルフィード!」


「グルルゥ!」


アンネの喜びに合わせてか、シルフィードも上機嫌に鳴き声を上げた。



 こうしてしばらく散歩を楽しんだ後、小屋へ戻りシルフィードを寝かしつけ、アンネはそこから騎士団の本部に赴き報告をするのであった。


 アンネは大体2日に1度、訓練後にこうして夜遅くまで偵察任務を送っているのである。多少の遅刻は働いている分許してほしい、というのが彼女の言い分であった。



 そうしてアンネの遅刻癖も、日々の偵察任務も、ジャックとの関係も変わらないまま数か月が過ぎた頃、南の砦からスーベア軍侵攻の知らせが届いた。


 スーベアとは、テスリア帝国の南に隣接する国家で、今年はかなり大規模な飢饉に遭った国である。食料を求めて帝国を攻めてきたのだ。



 すぐさま帝都では討伐軍が編成され、早馬ならぬ早竜としてアンネも参戦することとなった。



「二人とも、くれぐれも気を付けてね。絶対に生きて帰ってくるんだよ。」


「任せといてって!戦争に出るって言っても私の仕事は伝令役なんだし!」


「グルルルゥ!」


ジャックの心配の言葉にアンネもシルフィードも自分は帰ってこられる、と気軽な様子である。


「じゃあジャック、行ってくるね。小屋の掃除よろしくね!」


「グルルルルルルゥ!」


「あぁ、二人ともいってらっしゃい。」


「うん、シルフィード!」


「グルゥ!」


 ばさっと一際大きく羽ばたき、二人は空高く舞って行った。その行く先がどうなってるのか、戦争とはどのようなものかも知らぬまま……


「これは一雨来そうだな。二人とも雨に濡れてなければいいけど。」


 二人を見送ったジャックはそう言って帝都へ戻っていった。



 討伐軍に先駆け、伝令役として砦に到着したアンネとシルフィードが見た景色はまさに地獄だった。高い砦の壁にはすでに橋が架かり、多くの敵兵が砦の中にまで入り込み、帝国軍は絶体絶命のピンチに陥っていた。シルフィードの上のアンネはその光景に絶句してしまっていた。


「グルルルルルルゥ」


「……分かってる、分かってるよ、シルフィード。でも怖い、怖いよ。戦場がこんなに恐ろしいなんて、帝国軍がこんなに負けちゃってるなんて信じられないよ。」


 ここに来てアンネは気軽な気持ちで戦争に来てしまったことを激しく後悔していた。訓練生はおろか、帝都の並みの騎士団員であれば簡単に倒せるアンネは自分の実力を過信してしまっていたのだ。そして帝国軍の強さもかけらも疑っていなかったのだ。


 どうせ到着したら帝国軍は戦いを有利に進め、自分もすぐに役目を終えて帰れるだろうと、そう高をくくっていたのだ。


 しかし目の前の景色はどうだ、自分よりもはるかに強そうな屈強な騎士たちが簡単に敗れ去り、本陣も崩壊寸前、こちらの姿に気づきもしていない。


 何をすれば、どうすればよいのか。アンネは頭が真っ白になりパニックになってしまった。すると突然シルフィードが動き出した。


「グルルルルルルゥ!」


「……はっ!な、何々?どうしたのシルフィード?」


 ようやく正気を取り戻したアンネは同時にシルフィードが動き出した理由を悟る。スーベア軍の兵士たちがシルフィードに向かって大量の魔法を放ってきたのである。


「くぅ……これじゃよけるのがやっと、砦の本陣にも向かえないし、本軍にも向かえない!」


 色とりどりの魔法の雨を右へ左へ動き回りながらなんとか回避していくシルフィード。しかし、無尽蔵ともいえるほどに降り注ぐ魔法の前には流石のシルフィードでも厳しく、


「キャウ、クゥワアアアアアア!」


 

 ガシュッ、という音とともにシルフィードの腹部にある、竜の弱点である逆鱗に氷の矢が深々と突き刺さってしまった。そして、次々魔法がシルフィードの体に襲いかかる。



「クゥウウウウウウ!」


「シルフィード、シルフィード!?」


 シルフィードは、アンネには魔法の手が及ばないよう、その身を盾にしつつ緩やかに砦の北側、敵の攻撃が来ない平原に滑り込むように着地した。アンネは着地の勢いでその背から飛び、ちょうどシルフィードの目の前に落下した。



「シルフィード、シルフィード!」


「キュゥ……」


 駆け寄ったアンネがどれだけ呼びかけてもシルフィードは弱弱しい返事しか返さない。



「待っててシルフィード、手当するから!」


 涙声になりながら必死にけがの手当てをしていく。しかし、どれだけ手を尽くそうとも貫かれた逆鱗から流れる血は止まらない。


「どうして? どうして!?」


 流れる涙をふくことも忘れて、必死に腹の傷を止血しようとする。それでも一向に止まらない。必死に必死に、愛竜の名を泣き叫びながら血を止めようとしていると、ふとアンネの頭の中に声が流れ込んできた。


(もう大丈夫、大丈夫だよ、アンネ。もう何もしなくて大丈夫。)


「シルフィード、シルフィードなの!?」


(やっと声が通じたね、アンネ。)


「ねぇシルフィード、私たち、帰れるよね?」


(うん、帰れるよ、帰してみせる。)


「私たち一緒にまた飛べるよね? また一緒に遊べるよね? 夜のお散歩も一緒にできるよね?」


(……)


「けが、なおるよね……?」


 泣きじゃくりながらシルフィードに尋ねるアンネ。


(ごめんね、アンネ。もう怪我は治らない。もうすぐ消えちゃうと思う。)


「そんな! そんなのやだよ!」


(もう私の体は戻らない……でも、大好きなあなたと一緒に飛ぶことや戦うことならできる。)


「そんなのいらない! 私は、私は……!!」


(でもこのままだとあなたも帰れなくなっちゃう。そうしたら、ジャックが悲しむでしょ? だから、お願い。)


「ごめんね、ごめんね、シルフィード……私があの時止まらなければ…」


(そんなことは気にしないで。それにあなたと初めて会った時の恩返しもできた。わたしはそれで充分。)


「いや、いやぁ……」


(いやいや言わないの。それにこれならあなたと一緒に戦えるんだから。私はこれからも、あなたと一緒にあなたの大切なものを守りたい。)


「ぐずっ、うん。」


(だから、私の力、受け取ってくれる?)


「うん、私頑張る。大切なこの国、大好きな帝都の皆、それに……ジャックも皆守ってみせる!」


 涙をぬぐったアンネの目には今までとは違う、決意の炎が宿っていた。


(それでこそ私の大好きなアンネ……使い方は使えば全てわかるよ。それじゃあ、だいすきだったよ、アンネ……)


 そういうとシルフィードの体がみるみる消えて行き、その身があったところには一つの鎧が鎮座していた。


「私も大好きだったよ、シルフィード。」


 ぽつりと一言つぶやいた後、アンネはその鎧に触れる。すると、鎧は光となってアンネを包み、次の瞬間にはアンネの身を覆っていた。シルフィードの体と同じ白銀色に煌めくその鎧は、まるで人間が龍を纏ったような形をしていた。


「うん、わかる。わかるよシルフィード。行こう!」


 そう言って地面を軽く蹴って飛び上がると鎧の背中から一対の大きな翼が生え、羽ばたき、空を駆け上がった。


 そして、再び砦の上に舞い戻り、


「お前たちは倒す!帝国には足一歩たりとも踏み込ませない!」


 と、大きく声を上げ、スーベア軍の真っただ中に飛び込んでいった。



 数刻後、討伐軍が到着したときには戦いはすでに終了していた。砦は大きな被害を受けながらも守り切られ、兵たちも多くの犠牲は払ったが最悪の状況は免れていた。


 そしてスーベア軍はというと、その本陣を中心に壊滅していた。逃げおおせたごく少数を除いて皆切り伏せられていた。そして、その大量の亡骸の山の頂上には不思議な鎧を着た少女がぽつんと1人佇んでいた、ただ声も上げず静かに涙を流しながら……




 白銀の竜騎士アンネ。テスリア帝国最強の武人の一人にも数えられる彼女は、その後も帝国守る戦には必ず出陣し、多くの帝国兵を救ったが、帝国が攻める戦においては一度たりとも出陣することはなかった。まさに帝国の守護神とも呼べる女傑である。


 そして彼女の身にまとっていた鎧は彼女の死後、帝国に寄贈され、彼女の愛した翼竜の名を取り、龍装シルフィードと名付けられ、現在も帝国宝物庫に保管されている。ちなみに彼女は訓練生時代から仲の良かった騎士と結婚し3人の子を産んでいる。


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