理想たかく
「いよいよ旅立つのですね、神のご加護があらんことを」
僕らは天命をうけ、理想郷の捜索に乗り出した。教えだの神の救いだのを信じ、戒律を守れるほどできた人間ではないのだが、一度冒険をしてみたかったので、そのことを思えば酒も我慢できた。船に乗り、陸から陸を渡った。最初は大きかった集団も、度重なる事故や病気でだんだん小さくなっていった。
「ついにここまで来たか」
登山の知識のある僕の出番だった。理想郷はこの山の中腹にあるという。何の根拠があってのことかは知らされていない。まあ元々理想郷など信じていない自分には関係なかった。ここまで高い山に登るのは、初めてであった。
登山そのものは順調だった。着実にゴールにたどり着きつつある。しかし、食料は尽きかけていた。各々の食料が残り一食ずつとなったころ、目的のポイントにたどり着いた。建物であったであろうがれきが雪に埋もれていた。そこにいた面々は肩を落とした。理想郷は滅びてしまっていたのである。
「神に見放された我々に生きる必要などない、ここで死んでしまおう」
長旅に疲れ切っていた彼らはみなその場から飛び降りてしまった。
「山頂は、あと少しか……」
登山の係として全員の食料を預かっていた私は、山頂を目指した。一歩一歩、ただ、ひとりで。中腹が目的地であることに不満があったので、彼らの死は好都合だった。
「寒い、ここまで来たのならまあ当たり前か」
今着ている防寒装備では耐えられなくなっていた。食料には余裕があった。山登りにはあまりに多すぎる人数で理想郷を目指したためだ。そうこうしているうちに、山頂にたどり着いた。
「あいつらもバカだよ、死ぬならもうちょっと個性的な死に方をしないと、あんな死に方、物語で幾らでも見ているではないか。」
私は違う、この山の絶景くらい拝ませてもらう。ああ、やっと人生に折り合いがつく。絶壁に足を踏み出し、さかさまの重力に包まれた。
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