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【SS】戦場で

作者: ろん



 広大な湿原に、南北から同時に鐘の音が響き渡る。怒声、発砲音、剣戟の響き——およそ六時間に渡って一帯を満たしていたそれらの音が、置いたコップの水面のようにゆっくりと静まる。代わりに聴こえてくるのは、手負いの兵士達がザッ、ザッと自陣に引き返していく音だけだ。


——


 流れ弾が当たったのか、都合よく平らに欠けた岩の一部に、俺は腰をおろす。


「おつかれ。何人殺った?」


 別の場所から持ってきた岩を尻に敷きながら、同期のレイズがそう聞いてきた。


「単騎で四人。連携を合わせれば六人くらいかな」

「おいおい、平和主義者かよ。こっちは単騎で二桁いってるぜ」


 鼻高々に報告した後、レイズは支給品のレーションを二つ、投げ渡してきた。


「ほらよ。テントから一個多めに持ってきた」

「お前なぁ……やっていいことと悪いことがあるぞ。長期戦になったらどうする」

「いいんだよ。百人分の昼飯を用意したところで、実際にそれを食えるのは六、七十人だ。俺やお前の隊には関係ない話だけどな」


 それだけ自分達は優秀だと言いたいのだろう。しかし、この同僚には少しばかり残念なお知らせがある。


「南アルテナ軍、エレト連隊、第一小隊第二班、レイズ班長!」

「お、おう。どうした急に叫んで」

「貴殿に問う。昨年末に世界戦約機関で廃止された、戦地でのイクセプト動員を禁止する条約の名前を述べよ」

「述べよ、って……『軍用イクセプトの動員・および育成を禁じる条約』に決まってるだろ。補給部の連中ときたら、あれが廃止されてから今日まで、毎日必死こいてイクセプトを育てまくってたらしいからな。まあ他国も同じだろうけど」


 その完璧な回答ぶりに、俺は思わず溜め息をついた。


「そこまで知っていながら、どうして分からない」

「え?」

「戦場をイクセプトが闊歩するようになったってことは、戦死者の数も今までの比じゃないってことだ。ただでさえ財政難なのに、本部に俺たち全員分の飯を用意する気があると思うか?」

「おい、まさか……」


 その時、後方のテントから配給官の怒鳴り声が響く。


「おい、レーションが足りてないぞ! 誰だ、二つ以上持っていった野郎は!」


 青筋をむき出しにした剣幕に、レイズの顔からサッと血の気が引いた。


「マジかよ、無くなるの早すぎだろ」

「お前の他にもコソ泥がいたか、俺たちが本部の想定以上に『優秀』だったかのどちらかだな」


 分かりやすく頭を抱えるレイズ。

 いやいや、泣きたいのは今日の昼食にありつけなかった連中だと思うぞ。


「うぅ、飯が減らされてるなんて……上が勝手に、軍用イクセプトなんて金食い虫を育ててるからだろ? とばっちりもいいところだ」

「まあ金はかかるし、ついでに命もな。うちではまだ聞かないけど、他国じゃ調教師が犠牲になることも珍しくないらしいぞ」

「……そこまでして育てなきゃ駄目か?」


 次の瞬間、ずしり、ずしりと大地が鳴動する。俺を含め、その場にいた全員の首が羅針盤のように北を向いた。


 帰還したのは、一匹のイクセプトだった。隆々とした二本の足を交互に動かし、低い唸り声を上げながら、ゆっくりと前のめりに歩いてくる獣の姿を前に、一同は息を呑む。


 ただし、その背面に生える巨大な翼を目の当たりにしたところで、「なぜこいつは空を飛んで帰って来なかったのか?」などと野暮な疑問を抱く輩はいなかっただろう。その答えはちょうど、彼の肩と足の中間部分に、誰もが理解できるような形で配置されていたからだ。


 ——つまり、腹が異様に膨れている。


 奴はお気に入りの場所を見つけたらしい。俺とレイズが座っている場所だ。イクセプトなので当然だが、一切周りに注意を呼びかけることもなく、気の向くまま地面に身を横たえた。「身を横たえる」というのはあくまで奴の視点であって、俺たちからすれば、突然頭上から巨大な肉塊が落ちてきたという表現になる。


 レイズ共々、急いで脇に飛びのく。戦地の緊張感もあって流石にタイミングは余裕だったが、もう二十年ほど歳を重ねて反射神経が鈍っていれば、最悪の事態を迎えていたかもしれない。数秒前まで腰かけていた平たい岩は、奴のふくよかな腹に砕かれていた。


「レイズ。確かにこいつらは金食い虫だ。でも、少なくとも戦時中の費用面で、俺らにかかってもこいつらにはかからない物がある。それは……」

「『食費』だろ。見れば分かる」


 裏側に大量の北アルテナ兵を溜め込んでいる黒い皮膚は、文字通りはち切れんばかりの様相を呈し、内部からは時折、ガスと胃液が流動する凄まじい音が轟く。それはまるで引き伸ばされて薄くなった皮膜のおかげで、外界にも容易く届くようになった兵士達の断末魔を、わざとらしく掻き消すかのように。




——




この世界には二種類の動物がいる。

人間と、それ以外。後者は特に侮蔑を込めて「イクセプト」と呼ばれている。人間の爪の先に乗るような個体から、人類史上最大の建築物を余裕で上回る個体まで、その大きさに関わらず、人間をのぞく全ての生き物がこれに含まれる。


とかくこの世界の人間は、自分たち以外の生き物にまるで興味がない。それを最もよく表している言葉が「軍用イクセプト」という言葉だろう。この地上に何万種類も存在するイクセプトをおおまかに分類する唯一の単位が、「兵器として使えるかどうか」という一点だけを理由にしている状況は、大昔から変わっていない。


人間であるか、そうでないか。

もし人間でないなら、兵器になり得るか、そうでないか。


そんな世界を彩る三色のうち、二色が狂おしいほどに交わる場所がある。




戦場だ。




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