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87 樹の種


葛葉が操縦するボートは、順調に空を飛び、西へ向かった。


やがて見えてきた場所には、大きな(いつき)亡骸(なきがら)があった。

燃えるように真っ赤なキラキラの塊だった。

空から見てもよく目立つ。

今まで通った通り道から外れていたから気がつかなかったが、近づけば、一目瞭然だった。


葛葉は、少し離れた場所にボートを下ろした。

地面に降りて、ゆっくりと歩み寄る。

しばらく見上げていたが、意を決したかのように、コーンと一声吠えた。

悲しげな鳴き声が山に響いた。


優美な樹の亡骸は、生前の姿そのままなのだろう。

みみ子が見ほれてしまうほど美しかった。


葛葉の鳴き声が、沁みるように亡骸を覆ってゆく。

別れの挨拶だった。

乾いた音を立てて、赤く光る塊は静かに崩れた。


枝ごとにバラバラになり、小山に変わった。

もう元の姿を忍ばせるものはなくなった。


みみ子は、枝の一つをボートに乗せたが、それはほんの一部でしかない。

とても全部は乗せきれない。

元の場所を囲むように周囲に寄せて、中心部へ行ってみたが、命の気配は無い。

根だったと思える部分もすっかり死んでいた。

復活することがないことをしっかり確かめた。


「葛葉、付いてきてね。お前のご主人様を調達しに行こう。

このまま空飛ぶボートに乗って行くよ。付いておいで」

みみ子自身は、一反羽衣を呼び、それに乗って南の海を目指した。

すっかり日が暮れ懸かっていたが、善は急げだ。


行き先は、大蛇の島である。


葛葉も気持ちを整理できたのか、ボートで後を追う。

みみ子が何をするのか分からなくても、葛葉のための行動だと分かるのだろう。

いわれた通りに、後ろから追いかけた。


夜の海は暗いが、空には二つの月と満点の星空があった。

使い魔のフーちゃんが、ふよふよと先導する。


やがて、星空を切り抜いたような大樹のシルエットが見えて来た。

少し見ない間に、立派に育っていたようだ。

スピードを落として島に近づいて行った。


どこからか黒い塊が渦を巻くように近づいてくる。

渦巻きながら形を変え、みみ子の前で、妖艶な美女に姿を変えた。


「オババ様、ようこられた。おかげで阿斯訶備比古遅(あしかびひこぢ)様は、お健やかにお育ちなさっておる。

オババ様もお変わりなきようで、何よりじゃ」

玉藻は、阿斯訶備比古遅の使い魔の筆頭である。

鬼に襲われた時に、次代の種を護って島まで逃げてきた。


初めて出会った時は、恐ろしげなガラガラ声で、おぼつかない言葉遣いだった。

千年の間の苦労が報われぬことに、パニックになっていたのだろう。

すっかり落ち着いて、姿形も物腰も優美になっている。

言葉も滑らかだ。


「玉藻も元気そうね。夜分にごめんなさい。

阿斯訶備比古遅様にご相談があるのだけれど、夜が明けてからの方が良かったかしら。

気が()いて、つい来ちゃった」


玉藻は、うっすらと笑って答えた。

(さわ)りなし。オババ様であれば、お喜びであろう」

「さあれば、参るとしよう。

葛葉、あの台地に行くから、ゆっくりと付いておいで」

みみ子は葛葉に命じて進んだ。


島の中央に一段高くなっている台地に向かって、葛葉の乗るボートを従え、みみ子は大樹に近づいた。



伸びやかに張り出した枝に触れ、望みを伝えた。

「主をなくした使い魔を拾いました。

このままでは哀れです。

どうか、新たな主を与えてやって欲しい」


『船のにのる骸が元の主か。宇気穀倉尊(うけのたまつくらのみこと)であるらし。

よう知らせてくれた。宇気穀倉尊無しでは地が豊かになることはない。

もちろんである。 新たなる尊の種を授けようほどに、しかと育てて欲しい。

そこな使い魔。残っただけあって、従う心も育てる力もあるようだ』


ボートに近い枝が徐々に光って、大きな種になった。

葛葉が前に進み出て、種を咥えた。

種は、なんなく枝から離れ、葛葉に渡った。


葛葉は、種をボートの座席に置き、島の大樹 阿斯訶備比古遅に向かってコーンと鳴いた。

おもむろに身を伏せて、(かしこ)まった姿勢を取った。


「ありがとうございます」

みみ子もほっとして礼を言った。


『否、礼を言うのは、こちらである。

主を失った使い魔は、正気を失くして物狂いの妖怪になることもある。

そうなれば、厄介になことになったと思われる。

重ねて礼を言おう」


気にかかっていたことが片付いて、みみ子は肩の荷を降ろした。

とたんに疲れを感じる。

これから海の上を飛ばして帰るのが、おっくうになってしまった。


「玉藻、泊まっていって良いかな。今から帰るのがめんどくさい」

「ほほほ、おばば様が望むなら、いかようにも。寝所を用意いたしましょう」



夜が明けるのを待ちかねていたのだろう。

張り切った葛葉に急かされて、本土に戻った。


葛葉が操るボートは、間違いなく赤い亡骸の地に降り立った。


種を大事そうに咥えた葛葉は、宇気穀倉尊が居た場所から少しだけ離れて、散乱する赤い亡骸をよけて土を掘った。

その穴に種を置き、土をかぶせる。


「そっか、その場所が良いか。

種を育てるなら水が要るね。汲んでこよう」

みみ子の言葉に、葛葉は首を横に振った。


葛葉は、種の周囲に散らばる赤いキラキラを丁寧に避けてボートに乗せてゆく。

乗せきれない分も集めて積んだ。種からいくらか離れた場所に山になった。

熱心な様子なので、好きにさせた。

自分でやりたいのだろう。みみ子はそう思ったからだ。


「これは凭浜に運んでいいのかな」

亡骸を指して、みみ子が聞くとうなずいた。

とても一度には運びきれない。何度か往復することになるだろう。


種の回りをきれいに整えた葛葉は、周囲を踊るように飛び跳ねる。

見ていると、やがて辺りに霧が生まれ、種を中心にすっぽりと地を覆った。

産屋だろう。規模は小さいが大蛇の島で見た光景だ。


葛葉は、みみ子の前でお辞儀をすると、身を翻して霧の中に消えた。


「やれやれ、これは全部私が運ぶの?

ちっ、しょうがないな。誰か暇そうな奴に手伝ってもらうとしよう」

残された亡骸の山を前に文句を言うみみ子は、苦笑いだ。

種が芽を出せば、この地が豊かになるらしい。

楽しみが増えた。



地球の本館にあるお堂には、全部は入りきれない。

今は海の底になっている東側で最初に見つけた青みがかったキラキラと、大昔に鬼が出入りした西の派手めなキラキラで、お堂はすでに埋まっている。

凭浜別館の倉に入れてしまおう。



運びながら考えた。

こんなにきれいだし、凭浜高司尊も好きに扱ってかまわないと言っているのだから、なにかに使えないだろうか。

キラキラしい枝は、ただ置いておくだけでも美しいが、それだけではもったいない気もした。

なにせ宝石のように美しいのだ。加工できれば、装飾品にだってできる。


手始めに、運んできたばかりの真っ赤なキラキラを手に取った。

たくさんあるのだからと試しに金槌で叩いてみてが割れない。

傷さえ付かない。

刃物で削ろうとしても削れない。

とっても硬い。

あれこれいじっているうちに、ふと気を流してみた。

形が動いた。

しめしめ、である。


単に気を流すだけでは、わずかに形を変えるだけだ。

強くイメージを描きながら、頑張って流してみた。

面白くなってしまって一心に気を流し続け、ふと我に返った。


赤い狐ができていた。モデルは葛葉である。

ずっと連れていたから、姿をイメージするの容易い。完璧である。

「う〜む、緑色のキラキラを見つけたら、狸を作ろうか」

アホなことを思いつき、安易な発想に恥ずかしくなった。



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