9 仲間を異世界に連れて行ったら、近所で事件が起こったらしい
登場人物
空原 みみ子 異世界の入り口を見つけた婆さん
谷戸 晴美 妖エネルギー研究会で知り合った弓道婆さん
「神の岩保存会」では趣旨が違うが、無難で良いかもしれない。
ノートに候補を書きならべて、みみ子はひとまず保留にした。
そろそろ出かけようかと思っているところに、電話があった。
「忘年会は、いつにしようか」
学生時代から長い付き合いの友人だった。
いつの間にやら、そんな季節だったか。
「今のところ、動かせない予定は無い。隠居ババアだからね。
みんなの予定がまとまったら、早めに連絡をくれたら、こっちは大丈夫」
「みみ子の家でOK?」
「OK。鍋の用意をしておく? それとも出前?」
「そこも相談しておく」
いよいよ出かけようとしていると、電話が鳴った。
もう相談がまとまったのか。早いなと思って、受話器を取る。
「はい、空原」
「<妖エネルギー研究会>でお会いした谷戸です。突然で恐縮ですが、今日か明日なら伺えます。
そちらのご都合は、いかがでしょう。無理でしたら、また連絡します」
悪くないタイミングだと思ったみみ子は、さっそく最寄りの駅前で待ち合わせた。
小振りなリュックを背負ったみみ子を見て、谷戸晴美はたずねた。
「不思議現象が起こる場所まで遠いのかしら」
「いえいえ、すぐ近くよ。行きましょうか」
「うちから近いのに、この駅は降りたことが無かったわ」
駅前の商店街もすぐに終わり、何の変哲もない住宅街を、二人はお散歩気分で歩く。
パトカーが追い抜いていった。
お目当ての家に着き、みみ子はとっとと庭の奥に進んだ。
「ここは空原さんのお宅なの?」
「まあ……、そうかな。前の住人がまだ住んでるけどね。手続きは終わってる」
「へえー」
建物の蔭から大岩が見えると、晴美は足を止めた。
「あらまあ、こんなところに大きな岩が。
由緒ありげに見えるけど、この岩で不思議現象が起こるのかしら」
「うーん、とりあえず、こっちに来て」
みみ子は晴美をつれて岩の横に回った。
晴美を岩の門に向けて立たせ、向きを見定める。
「えーとお、手を前に出した方が良いかな。
そのままゆっくりと前に進んでみて」
「ん? 岩に突き当たると思うけど」
「良いの良いの、それで良いの」
「あ……あ……ああ……、あああ、何これ!」
無事に通過した。
「ご感想は?」
「ふんぎゃっ」
晴美は、とりあえず、意味不明な一声を上げた。
「参ったわねえ。ギミックにしては大掛かりすぎる。
暗くて見え難いけど、広いし。雲で覆われているけど、空がある。
間違いなく不思議だわ」
「でしょでしょ。地球じゃないみたいなのよ。
いわゆる、異世界!」
晴美は、凭浜門守に紹介されて呆然とし、
凭浜高司尊に紹介されて、魂を飛ばしたようになった。
「お茶とコーヒーとどっちが良い?」
みみ子に聞かれ、晴美はペットボトルのお茶をがぶ飲みした。
一息ついた後、晴美は、改めて周囲を見回した。
「驚いたわねえ。そのまま薫さんに話したら、心療内科か神経内科、
もしくは脳外科あたりに連れて行かれるわ」
薫さんとは、晴美の夫のことである。
「この世界の知的生命体は、樹形生物みたいなんだけど、
意思疎通が可能だなんて、たぶん、おいそれとは信じてもらえないよねえ」
みみ子の声に、美春は同意した。
「そうよねえ。うっかりしゃべれないわ。ボケ老人にされる」
みみ子は、白い龍に誘われてからのことを、ざっくりと説明した。
「信じるか信じないかは、あなた次第」
その一言を付け加える。
「概ね信じる。信じるしかない。それで、雲消しは、はかどっていないと。
科学的なアプローチはどうなの?
ほら、どこかのオリンピック開会式を晴れにするために、ロケット弾を何発も打ち込んだことがあったじゃないの」
「ロケット弾って買えるの? いくらするんだろ。
一般人には無理そうだよ。誰か作ってくれないかなあ
ファンタジーからSFになってきたね」
年寄りでも腹は減る。山道のような所を歩いたからには尚更である。
二人そろって異世界から帰還した。
美春は、注連縄を張った場所に行き、「これは?」と聞いた。
「作った。いかにもな感じになってるでしょ。
万一、何かしら不測の事態が起きても、岩が撤去されないようにね」
「良く出来てる」と言い、柏手を打った美春は、ざっと拝んだ。
信心深くなくても、注連縄があるとつい拝んでしまうのは、日本人の性だろうか。
食事をしようと駅に向かった。
歩きながら、みみ子は愚痴を言った。
「早まったかなあ。前の持ち主に、好きなだけ住んでいいって言っちゃった。
自宅まで離れているから、通うのがめんどい。
体力のあるうちに、近くに引っ越そうかなあ」
駅からの距離は変わらないが、自宅から岩まで直接通うには、ちと遠い。
「自転車は?」
「ちゃんと乗れない。道路は怖くて走れない」
そんな話をしていると、車がどんどん増えてくる。
「住宅街なのに、交通量が多いのね。これは危ないわ」
晴美の言葉に、みみ子は首を傾げた。いつもは静かな町だ,
「何かあったのかしら」
人のざわめきらしきものも聞こえてくる。
通りすがりの喫茶店に入り、ランチを食べながら、店の人に聞いてみた。
「事件らしいですよ。
私も詳しいことは分からないんですけど、この先の病院で、何人も死んだとか殺されたとか」
病院なら死人が出ることもあるだろうが、殺されたとなると話は別だ。
事件だ。
帰宅してテレビのニュースを見たら、大事件だった。
男が医者や看護師や外来患者を襲って、大暴れしたという。
男は「ヤブ医者! 人殺し!」と叫んでいたらしい。
死者も重傷者も出て、大騒ぎになっていた。
その男も、人殺しになったということだ。
警察車だけでなく報道関係の車もあって、あの交通量になったわけだ。