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86 ペットを見つけた男と飼い主を見つけた捨て犬


風魔が、白狐の葛葉に導かれて公園で拾った子犬を持って、ジジババ友の会の本部会館に来た。

車椅子の庭騎の膝から子犬を抱き上げてみると、思った以上に衰弱している。


本部でだべっていた養生院副院長の藪小路に、子犬を見せて事情を話した。

「まずは水分と栄養の補給かしらね。お皿はどこ?

冷蔵庫に牛乳があったわね。冷たいままじゃダメよ。レンジでチンして。

少しだけ暖めて」


よほど喉が渇いていたのだろう。お腹もすかしていたようだ。

弱々しげになめ始めた牛乳を全部飲んだ。

「おお、よしよし。養生院で飼うわけにはいかないな。病人が居るし。

友の会で飼ってもらうか。ん? おっ前はどうしたい?」

風魔は子犬に話しかけながら持ち上げ、自分の手が汚れているのに気がついた。

養生院スタッフとして、清潔を心がけなくてはならない。


子犬は、ずいぶんと汚れている。手を洗う前に、子犬もきれいにしなくては。

「タオルをもらっても良いか。こいつを拭いてやりたいんだが」

「これを使ってくれ。濡らした方が良いよね。バケツも要るな」

たまたま居た熊山が、気軽に立ち上がって持ってきた。


お腹がいっぱいになって落ち着いたのか、子犬は警戒心もなくうとうとし始めた。

風魔は、何の気なしに子犬を庭騎の膝に置いた。

眠そうにしているから、椅子の上では心配だ。何かの拍子に落ちたら危ない。

濡らしたタオルを持って戻ってくると、庭騎がそうっと子犬をなでていた。

子犬は膝の上で、くつろいで眠っている。

死にそうになっていたのを分かっているのかいないのか、案外図太い。


風魔が子犬を拭くと、キャンと鳴いて怖がった。

力を入れすぎた。

庭騎がタオルを奪い取り、そっと優しく汚れを落としはじめた。

子犬はされるままに落ち着いた。


「さーて、つれて来たは良いけど、うちのアパートはペット禁止。

ここで飼ってもらえるでしょうか」

「あ〜、今は無理だな」

風魔の提案は、即座に却下された。


会館に住み込んでいる桃太郎が留守だ。

ちょいちょい泊まり込んでいるはぐれ雲も地図屋の山川も、遠征に出ている。

「夜は、警報装置のスイッチを入れて、完全に戸締まりをする。

犬を放し飼いにして、警報装置に引っかかったら大騒ぎだ。

御近所様に叱られる。

うちには、婆さんがかわいがっている人見知りの猫が居るから、俺んちも無理だ」

熊山も引き受けられないと首をふる。


見つけたのは葛葉だが、知らん顔してうずくまっている。

「葛葉に面倒を見る気はないようだ。

しょうがないですね。捨て犬の保護団体か保健所か。

運が良ければ、良い飼い主に巡り会えるでしょう。

衰弱しているし、早く居場所を探さないと行けませんね」


<保健所>のところで、庭騎がぴくりとなった。

保健所で保護された犬の多くが殺処分になることを知っていた。


「……うちで、……僕のうちで飼う」

庭騎が、自信なさそうに声を出した。

彼としては、ありったけの勇気を出した。


しかし風魔は、簡単に結論を出さなかった。

車椅子の庭騎の正面にかがんで、真剣に話しだした。

「犬を飼ったことがありますか」

「子、子どもの時に……」


「生き物を飼うのが、どういうことか分かりますか。

その子が生きるために責任を持つということです。

食べ物と安心できる居場所を与え、病気になったり怪我をしても見捨てないということです。

人間と一緒に生きるために、しつけをしなくてはいけません。

他人に迷惑をかけたら、飼い主が責任を取らなくてはなりません。

その覚悟がありますか」


「…………でも、………………一緒に居たい」


まだ頼りない庭騎の言葉に、風魔は厳つい顔をほころばせた。

「良いでしょう。今日で退院ですね。養生院で犬は飼えません。

退院手続きをしましょう。

手助けはしますから、困った時は相談してください。

では、早速ペットショップに行きましょう。首輪を付けなくては。

庭騎さんの家には庭がありますか。あるなら、外で飼うのが良いでしょう」

「庭……ですか。ある。あります」


フローリングやタイルの床は、犬にはつらい。

滑らないように歩けば、爪を立てて床に傷がつく。

畳や絨毯は、痛みが激しくなる。

まめに手入れをするつもりがないなら、地面で飼うのがお互いのためにも一番良い。

排泄場所は、一度決めると変えるのは難しい。

臭いを嗅いで、同じ場所に排泄する。

庭に犬小屋を置けば、いろいろと手間もかからない。

たとえ大きな屋敷だとしても、犬にとっては、ただの大きな小屋だ。

外国の家なら土足だから問題にならないことも、日本家屋では面倒が増える。


庭騎は引きこもっていたくらいだから、人間不信だろう。

子犬は生まれたばかりで捨てられたから、人間を信じていないだろう。

お互いの距離を測るまで、急接近で密着しない方が良いかもしれない。


それに、子犬が庭に居れば、庭騎は部屋に引きこもってばかりは居られない。

少なくとも、庭には出ることになる。

一人と一匹が、部屋に閉じこもることは避けられる。


「引き取ると決めたなら、ほったらかしはダメですよ。良いですね」

庭騎は、しっかりとうなずいた。

「子犬は大きくなります。しっかりと見ていてください。

首輪がきつくなったら、大きな首輪に変えないと首が絞まって死にます。

食べる量も増えますから、様子を見て餌を増やさないと飢えて衰弱します。

責任を持って、ちゃんと見てくださいね」


実際に、ペットは生き物だということに無頓着な飼い主が、たまにいるのだ。

長く生きて来たから、風魔は知っている。

昔々のことだ。友だちの近所の家に子犬が来た。

しばらく経つと、近くを通るたびに、キャンキャンと必死に吠えるようになった。

子どもだったその友だちは、どうすることもできない。

近所だというだけで、全く付き合いが無い。

どうしたんだろうと思っていると、ある日、犬は死んでいた。

どんどん大きくなっていたのに、首輪を変えていなかった。

窒息死だったらしい。

その友だちは「苦しかったろうなあ」と泣いた。


生き物を飼うには、覚悟を持ってもらわなくてはならない。

風魔はくだくだと言いながら、内心しめしめと思った。

子犬を生かそうとしたなら、庭騎は生きなくてはならない。

自分のことだけでグルグルしてはいられない。

自分以外の誰かのために動くことは、ほんとうは楽しい。

本人の生きる力にもなる。


「良い名前を考える。……クズなんてかわいそうな名前じゃなく」

おとなしくうずくまっている葛葉を見て、庭騎の目に力が入った。

「葛葉」が「クズ」に聞こえていたのだろう。怒っていた。


外出する時は心配だから車椅子に乗せているが、庭騎も養生院の中では歩けるし、自分の身の回りのことはできるようになっている。

リハビリの成果は出ているのだ。



退院してから、庭騎はみるみる元気になった。

「は〜〜、私の努力はなんだったんでしょう。一匹の子犬に負けました」

後日、風魔はうれしそうに言った。


「無駄じゃなかったんだと思うわよ。

時間とタイミングが必要だったんじゃないかしら」

みみ子は慰めたが、要らぬことだったかもしれない。


「それにしても、葛葉って面倒見が良いのね。

捨て犬の飼い主を見つけてやるなんて。

……あっ、逆か」


時系列を考えると、順番が違う。

無気力な庭騎と出会う→葛葉が姿を消す→捨てられた子犬へ風魔と庭騎を案内する


子犬の飼い主を捜したのではなく、庭騎のペットを探してきたと考えた方がつじつまが合う。

「そうか、順番が逆でも良いのよね」

みみ子は、腕を組んで片手を顎にあてた。名探偵のポーズを気取ったつもりである。


「よし、葛葉、行ってみよう」

渡り門を通って凭浜別館へ行く。

別館には、空飛ぶボートが一艘置いてあった。

「ちょうど空いてたか。良いね。葛葉、船に乗ろうか」

長距離移動をする予定だ。葛葉をずっと抱いて行くのはしんどい。


葛葉を船に乗せ、操縦桿を指差した。外装から続いている羽布が巻いてある。

葛葉は、みみ子の指示に従って操縦桿を咥えた。

「お前の主人が居た場所に行ってみようか」


ボートは空を飛び、西へ向かった。



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