83 物喰らい探索隊
長期遠征の準備は、時に失敗を犯しながら着々と進んでいった。
失敗も、大事な試行錯誤。
新しくボートを購入した。
しかし、公園の池でデートに使うような小さなボートでは、二人くらいしか乗れない。
遠征の荷物を載せたら余裕が無い。長期遠征には向かない。
大きめの船に買い代えた。
幸い、拳骨山隠れ里にある拳山門も、黒天狗支部にある三黒釜門も大きい。
特に三黒釜門は、かなり大きい。
運びさえすれば、ちょっとしたクルーザーくらいは楽に持ち込める。
周囲に邪魔なものがないので、列車も行ける。
もちろん、列車は自重した。
ビーコンは市販のものではなく、詳しい人を捜して、特注で作る事になった。
持っていくものを厳選したが、やってみなくちゃ分からない事もある。
そんなことをあれこれやと準備しているうちに、あすなろ食品加工の新工場が完成した。
病院やホスピスには、全部ジュースでまかなえるようになった。
とたんに、夕日丘病院で回復が遅れていた二人の患者が、順調に回復し始めた。
これで安心だ。
死亡した患者の死因も、ほぼ分かったようなものだ。
やはり、真ん中の黒い部分を食べ残したと思われた。
夕日丘病院の赤塚教授が成果を残している事で、養生コースが系列病院や交流のある病院でも話題になり始めた。
養生ジュースと使ってみたいという問い合わせが増えた。
生産体制が整った事で、ジュースに余裕ができ、応じる事ができる。
ジュースの出荷は順調だ。
風早と佐藤は、早くも工場拡張の算段をたて始めた。
新工場も視野に入れているらしい。
地球の事は、適材適所に丸投げし、遠征隊は出発した。
本部からは、桃太郎とはぐれ雲と山川谷男。
拳山隠れ里からは、千々石夫妻。
黒天狗支部からは、軽間兄子と弟子の姉妹。
打ち合わせの為に凭浜会館の朝堂に集合した。
三艘の空飛ぶ船に乗って、大空に飛び立った。
先頭は桃太郎たち三人が乗っている本部の船だ。
異世界の澄み渡った空を行く船は、どんどんスピードを上げて西へと向かう。
根漕山を軽く飛び越え、天津聳地嶺を過ぎ、たちまち拳山植通尊を眼下にとらえた。
拳山隠れ里支部では、のんびりと南方面を中心に探索していた。
さらに西を詳しく知る会員は、まだほとんどいない状況だ。
全員が、冒険にわくわくしていた。
しばらく進んだところで、操船していた山川が「止まれー!」と叫び、自らも船のスピードを落とした。
桃太郎が振り向いて、後続する二隻に合図を送る。
「おい、どうした。何かあるのか」
はぐれ雲が周囲に目を走らせてたずねた。
「地形がおかしい気がする」
山川は、ゆっくりと慎重に船を進めた。
他の仲間も、それに習った。
「わっ、すごい。地面が切れてる」
前方の大地が途切れて、大きな裂け目が口を開けていた。
「ほう。でもさ、空を飛んでるんだから、関係なくね」
はぐれ雲がのんきに言っている。
だが、裂け目に近づいてみれば、そうはいかないと分かる。
下から不規則に強い風が、吹き出したり渦になったりしていた。
気がつかずに、うっかり進んでいれば、風に巻き込まれるか吹き飛ばされるかしたかもしれない。
船の外側は、念のために下ばかりではなく羽布を貼ってあるが、裏返ったらどうなるか分からない。
全方位で浮かぶとは限らないのだ。
突然近いところから風が吹き上がり、本部の船が大きく揺れた。
「うわっ、あぶね」
三人は船にしがみついてこらえた。
ようやく安定したところで、ほっと息を継ぐ。
「まずいなこりゃ。見える限り裂け目が続いている。
でかいぞ。何処まで続いているんだろ」
はぐれ雲が言った。
「もしかして、これが物喰らいの穴?
もう着いちゃったのかしら。近すぎるよね。
遠征の準備が無駄だったかなあ」
黒天狗支部の軽間弟子が、周囲の仲間に声をかけた。
「これは穴というより谷です。大渓谷です。
トレジャーハンターなら、お宝を探して飛び込むのかもしれませんが。
私たちがしたいのは探索です。冒険です。
ここは違う気がします」
拳骨山隠れ里支部の千々石克子が疑問を呈した。
トレジャーハンターといえば、なにやらかっこいい響きだが、ぶっちゃけ盗掘屋だ。
ジジババ友の会では、盗みも非道も御法度である。
鼠小僧のように、「盗みはすれど非道はせず」なんて事はいわない。
今回の目的は、物喰らいの穴だ。
悪しき汚れも、世に仇なす不要の物も、すべて飲み込む穴である。
宝探しではない。
谷に降りるなら、別の準備も必要になる。
年の功で無茶はしないのだ。
「近くに樹さんは居ませんかね。聞けば、何か知っているかもしれません」
桃太郎が提案した。
周囲は変哲の無い異世界の景色だ。
まだ復興途中で、目印になるような物が見当たらない。
最初のビーコンを設置した。
迷子防止だ。
桃太郎が、近くをうろついていた物の怪玉を見つけてお願いした。
苔雷を紹介し、時々かまってやって欲しい。
できれば、仲良くして欲しい。
これでビーコンの動力は、ばっちりだ。
近くに樹が居ないかを探すとともに、谷がどこまで続いているのかも確かめたい。
手分けして、探す事にした。
復興が進んでいないのか、土地柄なのか荒れ地が多い。
樹は間もなく見つかった。
樹の周りは生き物が元気だ。草木が茂っていれば、そういう所に樹が居る。
樹は、誉茂通岩留彦と名告った。
『人が訪れるのは、久方ぶりであるな、もう無いことと思っていた」
伝わってくる想いとは違い、淡々と応じた。
裂け目は北東から南西へと斜めに続いているらしい。
「裂け目の向こうに行くには、どうするのが良いでしょう」
桃太郎がたずねた。
『南西に行くのが良いだろう。そちらの方が近い。
やがて海に出る。そなたらは陸をも船で渡っているらしい。
ならば障りなく裂け目の先に行けるであろう』
ジジババ友の会一行は、樹のそばで一夜を明かした。
阿斯訶備比古遅の災難から始まった雲の災難と、その後の経緯で知っていることを聞かれた。
誉茂通岩留彦は、事情をあまり知らずにいたようだ。
たいそう驚いた。
天が塞がれて、世界は間もなく終わると考えていたらしい。
阿斯訶備比古遅を継ぐ存在が無事に育っている。
世界は続くと伝えると、喜んだ。
翌朝、南西を進み海に出た。
すぐに大きな陸地がある。
海に向かって大河が水の流れを押し出していた。
大河から離れ、どこまでも続いていそうに見える大陸を北上した。
第一号ビーコンの真西、電波が届く地点に、二つ目のビーコンを設置した。
困ったことに、物の怪玉が見つからない。
さんざん探して、見つけた時は疲れてしまっていた。
二日目はそこまでだ。
そのままビーコンを設置しながら、西に向かうことにした。
ビーコンを中心に、周辺の大まかな地図を作る。
山川谷男が張り切っているので、そこはさけて通れない。
もちろん<物食らいの穴探索隊>にとっても必要だ。




