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82 思春期


黒雷電業から鷹白を通してSOSが入った。

光果発電装置のお世話係の育成が、難航しているという。


取り扱い方法をビデオにまとめ、丁寧に説明しているが、上手くいっていない。

何がいけないのだろうと考えた。

(株)鷹白でやった講習会は、すんなりいった。

黒雷電業の社員は、その講習会の受講者たちだ。


違いといえば、講習会では、ジジババ友の会の会員が直接指導したことだろう。

講習会場には、なじみの気配があって、苔雷が安心していたのかもしれない。

友の会会員は、気を練ったり、自在に操ったりできる。

友の会の中でブームになったこともあって、ほとんどの会員が、一通り熱心に取り組んだ。


そんな友の会会員の生講義は、初体験だと吃驚し過ぎて大騒ぎになる。

常識を覆される。非常識の洗礼を受ける。

異世界の常識に、すんなり投げ込まれる効果があるのだろう。

直接指導に行ってもいいが、他の方法も考えておきたいところだ。


新人育成に取り入れるには、非会員にとって、そのやり方は敷居が高い。

気功やら合気やらで気を扱えるようになればできるだろうが、それまでが大変だ。

それに、若い人は暇な年寄りとは違い、すぐに成果を知りたいだろう。

もっと取っ付きやすく、成果が目に見える形はないものか。

その方が、やる気が出そうだ。


「何か、良い手はないかしら。

苔雷君がビビリなのは困ったところだけど、いちいち出張するのも面倒よね」

めんどくさがりだから、できるだけ任せられることは任せたい。


「あれはどうかしら。トンガリちゃん」

華京園阿比子が言うのは、異世界の草だ。

不用意に茂っているところに突っ込むと、トゲトゲを出す。

刺さると痛い。

だが、気をつけて、なだめすかしながら近づくとおとなしいものだ。

仲良くなって機嫌が良いと、可愛らしい花まで咲かせることがある。

花は、色も形も様々で決まっていない。

その時の気分によるとしか思えない。


「トンガリちゃんは、わりと丈夫ですわよ。

植木鉢でも育ちますのよ。我が屋敷でも、元気に育ってますことよ」

阿比子がそんなことをしていたとは。みみ子は初耳だった。

いろんな花を咲かせて、楽しんでいるという。

同じ花にはならないらしい。


苔雷に慣れるまでの訓練に、使えるかもしれない。

花を咲かせたら楽しいだろう。

みみ子は、植木鉢とシャベルを持って異世界に出かけた。

生えている場所を教えてもらうために、阿比子を連れてきた。


「あの辺ですわよ」

「あっ、みっけ」

走り寄ろうとしたみみ子の腕を、阿比子が、がっちりつかんで引き止めた。

「会長、落ち着いて」


危なかった。あのまま飛びついたら、トゲにやられるところだった。

みみ子はゆっくり近づいた。

「大丈夫、怖くないよ〜。優しくするからねー。

お水も肥料もたっぷりあげるしー、怖くない怖くない」

怪しい笑顔で、周りの土ごとスコップで掘り上げた。


「会長、たくさん捕まえましたわね。

そんなに必要なのかしら」

「私も育てて、花を咲かせたい。負けないぞ」

「何故、悔しがっておられるのかしら。おーほっほっほ」

阿比子の余裕を感じさせる高笑いが出た。


みみ子は「『トンガリちゃん』じゃなくて『思春期坊や』って名前に変えない?」と提案した。

「とんがっているのが成長して、落ち着いた大人になる。良いと思うけどなあ」

みみ子は押してみたが、阿比子には却下された。

「あら、可愛い名前だと思いませんこと。私が名付けましたの。

青臭くとんがっているのを育てるのが、醍醐味ですわ。おっほっほ」


みみ子が丹誠を込めた結果、後日判明した事があった。

阿比子が言うところのトンガリちゃんは、花の後にできた種を植えると、性質が固定する。

次からは同じ花が咲く。

花は色も形も大きさも様々で、美しいものから不気味なものまで千差万別だ。

やがて、専門の育種家が生まれ、様々な面白(おもしろ)植物やトンデモ植物がブームになる。

花を咲かせるまでは、かなりの根気が必要なのだが、それもマニアには楽しいらしい。

そう、めんどくさいことは、はまると面白いのだ。


それはともかく、トンガリちゃんは、光果発電装置のお世話係育成に役立った。

応募者の選定にも使われた。

トンガリちゃんに認められたら、お世話係に採用され、本格的な育成に入る。


それを聞いたみみ子は、にっこりと良い笑顔になった。

「よっしゃ。これで光果発電装置の処遇は、鷹白さんと黒雷電業に、ほぼ丸投げできる」

るんるんと鼻歌を歌うみみ子であった。

隠居なんだから、お仕事をしなくても良いはずだ。

誰にも文句は言わせない。きりっ。


まもなく養生ジュースの新工場が完成する。

そうしたら、風早退屈爺さんと佐藤さんに丸投げしよう。

そんな事を考えながら会館でゴロゴロしていると、タイミング良く訪問者があった。

散作しぐれ、夕日丘病院の元患者。小さな婆さんである。


「外観は、落ち着いた良い会館ですね。中に入ると吃驚しますけど。

何をしているのかさっぱり分からないけど、なんだか楽しそうな雰囲気があります。

私もお仲間になりたいわ」


みみ子は、しぐれを門の脇に植えた庚申木まで連れて行った。

公仁常立尊にお願いしてもらった木だ。

そこから生まれる静息(しずめやすみ)に、しぐれが異世界に渡れるかを鑑定してもらう。


散作しぐれは、めでたく会員になった。


「なるほどねえ。

人の身に病あらば癒し、人の身に歪みあらば正し、生きるのが易くなる。ですか。

ずいぶんと良いものをいただいたみたいねえ。生き返った気分になるわけだ。

実際に生き返ったのかもしれないわねえ。自分でも、もう終わったと思ったもの。

養いの実は、すごい。改めてお礼を言わせていただきます」

桃生比売と会ったしぐれは、感慨深く呟いて、たおやかな樹に深くお辞儀をした。


「散作さんも会員になったからには、規約を守ってくださいね。

この世界の事は、秘密です」


「そういえば……」

ふと思い出したように、しぐれが言った。

「夕日丘病院で、養いの実を一つ三万円で買い取りたいと言ってきた人がいたっけ。

病院には内緒で売って欲しいって。

あたしゃすっかり気に入ったんで断ったけど、そんな高値でも欲しい人が居るのねえ」


「欲しいなら、言ってくれれば相談に乗るのに。

何故、夕日丘病院には内緒なのかしら」

みみ子は首をひねった。


「ほんとにねえ。秘密だと知っていたのかしら。

養いの実が異世界のものだったとは驚きましたが、何故秘密なんですか。

すばらしいものなのに。

あっ、もしかして、養いの実で世界征服……」

「無いから。世界征服なんて野望は持ち合わせてないから」

みみ子は、食い気味に否定した。


「私はね、臆病なのよ」

みみ子は、事の経緯を説明した。


この世界に渡って来れる人と、来れない人がいる。

来たことが無い人、来れない人に言っても、おおむね信じてもらえない。

頭がおかしいか、騙そうとしているとしか思われない。

どっちも、生活に支障が出る。

詐欺師と言われるのは、真っ当に生きている人間にとって、つらい。

無事に年を取ったからには、平和に穏やかに余生を送りたい。


理由は、もう一つ。

千年前に、樹を生む大樹が襲撃され、殺されかけた。

犯人は、地球人らしい。

そのせいで、千年もの間、厚い雲に覆われてしまった。

雲を払ったことで感謝され、養いの実をはじめとして恩恵を受けているが、同じ轍は踏みたくない。

できる限り、この世界を守りたい。


「というわけで、秘密です。

特に、世界征服を狙う人には、ご遠慮願いたいのですよ」


「良かったわ。さすがにジジババ友の会というだけの事はあります。

世界征服って、あれですよね。中二病というんでしたか。

思春期にかかる病気ですね。うふふ」


しかし、人類の今の発展は、壮大な思春期のおかげでもある。

様々な技術に支えられた人類の暮らしは、幾多の挑戦と試行錯誤の結果だ。

いわば思春期の足掻きででいている。

思春期が無ければ、現在の便利な生活も無かったかもしれない。


「若い人には頑張って欲しい。

年寄りは、できるだけ若い人の邪魔をせずに、楽しくやりましょう」



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