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80 食材の管理は気をつけましょう


夕日丘病院は、邪気に侵されているいる気配が無かった。

それでも、邪気祓いはした。


しかし、しばらくした頃、またもや、回復しなくなった患者が出た。

ジュースにしない実を食べていた患者だ。

今度は、すかさずジュースに切り替えた。


回復した。


これはもう、食べ残しが原因だと判明したようなものだ。




「部長先生、お世話になりました。命拾いをしました。ありがとうございます」

小さな老婆が、深々とお辞儀をした。

散作(さんさ)さん、退院おめでとう。リハビリも良く頑張りました。

良かった良かった」

赤塚は、満足そうにうなずいた。


「散作さん、息子さんから連絡がありました。

お迎えが少し遅くなるけど、待っていて欲しいとのことです。

あわてて一人で帰っちゃわないようにって、念を押されました」

看護師が言った。


それを聞いた老婆、散作しぐれは、ポンと手を打った。

「そうだ、先生。お願いがあるんですけどねえ。

あたしらが食べた美味しい実があるでしょ。

あんまり美味しいから、息子夫婦にも食べさせてやりたいんですけど。

少しばかりで良いので、譲ってもらえないもんでしょうか」

老婆のくせに、あざとくおねだりした。


「あれ美味しいよね。十個あれば良い?

小山君、持って来てあげて」

「部長先生、まずいですよ。一人にだけあげるのは問題です。

他にも欲しがる人が出てきます。せめて料金をもらわないと」

看護師が止めた。


「お金は払います。分けてください。

小山さ〜ん、お願い」


「こんなに言ってるんだからさ、事務局に値段を聞いてやってよ」

「分かりました。聞いてみます」


その結果、ジュースにしてもしてなくても、同じ価格で納入している事が判明した。

納品しているのは「あすなろ食品加工」

本来は缶ジュースを作る会社だ。

今回は、加工が間に合わなかった。それでも欲しいという要望に応えた特別措置だ。

納入価格は、一個240円。お得意様価格だという。


「あら、良心的な値段ね。百個ほどもらって知り合いに配りたいわ」

「散作さん、やめてくださいね。

欲しいと言ってる人がチラホラいますから、バレたら収拾がつかなくなります。

部長先生からの、退院のお祝いという事にしてください。

散作さんも、言いふらさないでくださいね」


「かあさーん、おまたせ。さあ、家に帰ろう」

お迎えが来たようだ。


「荷物持ちが到着したようだから、養いの実を持ってきてあげて」

「ダメですよ。部長先生から言ってください。

養生コースができてから、食材管理がますますうるさくなったから、私が行っても断られます」

「そうなの? じゃあ今から話をつけよう。一緒に行きましょう」


連れ立って栄養管理部に行くと、バタバタしていた。

「養いの実を十個出してくれないか」


「すいません。無理です。

昨夜泥棒が入りました。食材保管室が荒らされています。

食材が盗まれました。養いの実も、ごっそりとやられています。

急遽臨時の入荷を依頼しましたが、あすなろからの連絡待ちです」

赤塚教授の要請に、管理責任者があわてて答えた。


そこに電話が鳴った。

「はい夕日丘病院栄養管理。おっ、あすなろさん。どう? 間に合いそうかな。

うん、うん、そうなの? うん、よかった。よろしく頼むね」


受話器を置いた栄養管理部の責任者が、ほっとした様子で、赤塚に報告した。

「時間が無いので、養いの実の生産者が、直接ここに持ってきてくれるそうです。

もう少ししたら、届くようです」

ちらりと時計を見て、胸をおろした。


「食材以外の被害は?」赤塚が質問した。

「経理の金庫も高価な医療器械も、カルテや患者さんの個人情報も無事だと確認できました。

被害は食材保管室だけです。間抜けな泥棒で助かりました」


そうやっている間にも、新しい食材が届けられてきた。

泥棒が手をつけたかもしれない物を、患者に食べさせるのは抵抗がある。

もったいないが、総入れ替えだ。


「どうしますか。もう少しで届くらしい。待ちますか」

「はい、待ちますよ。チャンスですから。

茅太郎、今のうちに退院手続きをしてきて」

散作しぐれは、落ちついて息子に指示を出した。


養生コースを取り仕切る赤塚に取って、食材の安全はおろそかにできない。

その場に残って、指示と確認をしている。



しばらくした頃、搬入口からじいさんとばあさんが入ってきた。

それぞれに養いの実が入った箱を持っている。

「お待ちどうさま。大変でしたね。多めに持ってきましたよ。

他の食材が間に合わなくても、これさえあれば何とかなるかと思って。

お代はいただきますけどね」


働き盛りの大人でも、一日に二個も食べれば栄養が足りる。

腹持ちも良い。

いざとなれば、養いの実があれば生きていける。


重そうな箱を軽々と持って、空原みみ子が言った。

みみ子は、小柄なくせに子供の頃から力持ちだ。

高校生になった妹が、居間で寝落ちしたときなど、お姫様抱っこで二階の寝室に運んだ。

配送所で短期のアルバイトをした時は、見込まれて正社員に誘われた。

一升瓶が六本入った木箱を持ち上げたせいだろう。

最近、体力が絶頂期に近い。


「車にまだ積んであるけど、要ります?」

箱を置いたみみ子は、たずねた。


「はい、はーい。欲しいです」

すかさず手を挙げたのは、散作しぐれだ。


『どちらさま?」

「本日退院する養生コースの元患者です」


「じゃあ、食べた事があるのね。なら安心。

真ん中あたりの黒っぽいのは必ず食べてね。残しちゃダメですよ」

「もちろんです。あそこが、一番美味しいのに、残すなんてとんでもない」

「分かってますねー。オーケー、売った」


ジュースにしたのも、元はといえば、種と間違えて捨てられる事を危惧したからに他ならない。

ちゃんと食べてくれるなら、売る事はやぶさかでない。


「また食べられて、うれしいです。果樹農家の方ですか。

追加で注文したいときは、何処で買えますか」

「あ〜、隠居が趣味でやってるので、今のところ、病院関係以外には販売してないのよ」


「隠居の趣味ですか。良い趣味ですね。混ぜて欲しいな。私も隠居です。

この病院のおかげで命拾いをしましたから、これからは悠々自適、好きな事をしたいわ」

「ほほう、農業がお好き? 植物とか」

「ええ、生き物は全般に好きですね。そうじゃない物も、うふ」


「生き物じゃない物?」

「笑わないでくださいよ。未確認生物っていうのかしら、不思議で怪しい生き物。

昔から、そういうのに興味があるの。妖怪とかも面白そうよね。

おかげさまで元気になったから、探しにいこうかしら。

あら、果樹栽培とは、かけ離れちゃった」

しぐれは照れて、頭の後ろに手をやった。


「ジジババ友の会に入りませんか」

唐突に桃太郎が口を出した。

仲間の匂いを感知したと思われる。


「へえ、そんな会があるのですか。楽しい会ですか」

しぐれが無邪気に反応したので、みみ子の方が驚いた。


「ジジババ友の会をご存じないかしら。

結構な悪評が世間を騒がせましたけど」

「世間の噂は、あまり気にしたことが無いの。

知らないとダメなのかしら」


「そういう方なら、楽しい会だと思います。向いてます」

桃太郎は、良い笑顔で親指を立てた。


「あらまあ、渋くて良い男だこと」

しぐれは、うれしそうに笑った。


それに気づいた赤塚教授が、こっそりと呟いた。

「うらやましい。私も言われてみたい」



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