78 電話のやり取りは礼儀を忘れずに
鷹白からジジババ友の会に連絡があった。
光果発電装置に目をつけて、鷹白に業務提携を申し出た会社があった。
アイディールという会社だ。
「私は、気に入らなかったので断りました」
事の次第を説明された。
黒雷電業を案内した後、納品書が一枚消えていた。
そいつらが盗んだのなら、直接交渉に出るかもしれない。
納品書には、連絡先の電話番号が入っている。
光果発電装置が殺された事と合わせて、しきりに謝っていた。
会館の一室が事務用の部屋になっていて、主に音無恭子が使っている。
猿が事務処理用のアプリケーションソフトを作ったので、処理は、かなり簡略化されている。
特に判断を要するもの以外は、入力するだけで済んでしまうが、恭子は事務所善とした部屋が落ち着くようで、好んで使用している。
みみ子も、たまにやって来る。そこで連絡を受けた。
「静息虫からの情報にあった件でしょうか」
話を聞いていた恭子は、心なしか不安をのぞかせた。
「そうかもね。どっちにしろ、信用できない所とは関わらない。
有能だと自慢する技術者も、ほんとに有能なのか疑問だわね。
初めて訪問した初対面の人間を前にして、説明も聞かずに勝手に動くなんてね。
賢い人はやらないわよ」
まずは、相手を知る事が肝要だ。
件の技術者は何も知ろうとせずに、自分本位で突っ走った。
いかにも頭が悪い。
郷に入っては郷に従え。と言うではないか。知らんのか。
馬には乗ってみよ、人には添うてみよとも言うではないか。
光果発電装置には、寄り添って仲良くしないと。
そんな話をしていると、ジジイが三人やって来た。
「ちょいと黒天狗支部に相談したいんだ。
電話を借りたい。短縮で入ってるんだろ。何番だ」
はぐれ雲のグレさんが電話に近づいた。
短縮番号を探していると、電話が鳴った。
はぐれ雲は、かまわず受話器を取る。
「俺だ」
この番号にかかってくるのは、知り合いしか居ない。
会員か縁の深い人間だけである。
「俺だよ、俺。てめえは誰だ」
傍若無人な対応である。
「だから、俺だって言ってんだろうがよ。てめえが名告りやがれ。
知らねえな。何がオレオレ詐欺じゃい。寝ぼけてんじゃねえぞ、こら」
はぐれ雲は、受話器を叩き付けた。
「グレさんの声が分からないんじゃ、間違い電話でしょう。
私が支部にかけます」
桃太郎が交代しようとしたら、またもや電話が鳴った。
「はい、桃太郎です」
桃太郎は首をひねって、手に持った受話器を見つめた。
「鬼退治は、とっくの昔に終わっています。
猿は別の部屋でパソコンをいじってると思います。代わりますか?
いえ、犬と雉は居ません。何を言ってるのかなあ。切りますよ」
みみ子は、はぐれ雲と桃太郎に聞いた。
「何の電話だったのかしら。何処からかかって来たの?」
「アイなんちゃらとか言ってたが、忘れた。聞いたことのない名前だったぞ」
「変なことばかり言うので、聞きそびれました。同じ所からの間違い電話でしょうか」
この電話番号は、何処にも公開していない。関係者しか知らない。
聞き覚えの無い相手なら、間違いだ。
「二度も間違えたんなら、もうかかってこないでしょう。
そんなことより、黒天狗支部に何の相談だったの」
無茶ぶりしないか少し心配だったので、みみ子は聞いてみた。
「あの外套は袖無しだろ。防御を完璧にするのに、手首の辺りに巻く物が欲しい。
手っ甲みたいになってりゃなお良し。と思ってな」
「端切れがあったら、譲ってもらおうと思いまして」
「俺はよう、脚絆が欲しい。この間、ついうっかり材木に脛をぶつけて痛かった」
大工名人も、尻馬に乗った。
また電話が鳴った。
「俺が出る。もしもし名人だ。間違いなく名人だ。
知りもしねえくせに、難癖をつける気か。容赦しねえぞ」
名人も怒って電話を切った。
「さっさと黒天狗支部に電話するぞ。
いかれた間違い野郎にかまっていられるか」
黒天狗支部と詳しいやり取りをした。
三人のジジイが、代わる代わる要望を伝えて満足した。
音無恭子も、軽間弟子とおしゃべりして楽しんだ。
恭子は気分が良かった。楽しかった。
電話で話をした支部会員の爺さんに、声がきれいだと言われた。
「声フェチのおいらが言うんだから、間違いない」
若くて美人の声だと絶賛されて浮かれていた。
黒天狗支部との長電話を終えてしばらくした時、電話が鳴った。
「は〜い、恭子よ〜ん。お・ま・た・せ。うふっ」
いい気分のまま、調子に乗った。
電話は、切れた。
「コホン、そうだわ、大家さんに相談しなくちゃいけない事があるんだったわ」
恭子は、何事も無かったかのように話を始めた。
「何かな」
「養生ジュースの需要が、じわじわ増えてきているのよ。
近々足りなくなるかもしれない。増産しましょうよ」
「ああ、だいじょぶ。退屈ジジイがやる事を見つけて動いた。
さすがの風早当太よね。良い読みをしてるわ。
新工場建設が始まっている」
事態に先手を打てた事に、みみ子は得意顔になった。
「間に合うかしら」
恭子は、そうそう楽観的になれない。
「そんなに急に?」
「夕日丘病院の養生コースが、健闘しています。
外科にも頼られて、大手術をした患者さんの術後管理にも重宝されているようです。
欲しいと言うホスピスからの問い合わせがいくつもあって、納入しています。好評です。
急速に需要が増えてきています」
「う〜む。足りなくなったら、月見養生院と丹生養生院の分は、養いの実を送ろう。
自分のところでジュースにしてもらおう。
間に合うでしょう。間に合うんじゃないかな。間に合うと良いな」
もし間に合わなくても、それ以上、他に手だてが無い。
工場建設には時間が必要だ。
製造ラインの設計と注文。新しい従業員の募集。
急ピッチで進められた。
光果発電装置が利益を上げるようになっている。
養生ジュースの売り上げが増えれば、資金に問題はない。
肝心の原材料が無料だから、経費は加工費と輸送費だけである。
音無恭子は、様々な連絡に忙しくなっていた。
そんなある日、電話が鳴った。
「はい音無です」
「もしもし、KS財団の加藤と申します。
KS財団では、優秀な研究機関に支援をしています。
研究資金、各種申請の事務、運営など、あらゆる形で支援します。
この度、KS財団の支援対象に音無研究所が選ばれました。
おめでとうございます」
「……」
「もしもし、大切なお話です。音無研究所の代表者の方に取り次いでいただきたい」
「……」
「もしもし、聞いてますか。代表者の方をお願いします」
「はいはい聞いてます。
当研究所は小さな研究所です。細々とできる範囲で運営しています。
支援や援助を必要としておりません。
どうぞ、そちら様を必要としている研究所を支援してください。
我が研究所は、無理せずぼちぼちやっていきますので。失礼します」
「待ってください。もったいないですねえ。
我が財団が支援すれば、大々的に販路の拡大ができます。
大研究機関に発展できますよ。みすみすチャンスを見逃すのですか。
詳しい資料を送りましょう。届け先の住所を教えてください」
「小さくて良いのです。道楽でやっていますので」
音無恭子は、電話を切った。
『音無研究所』は、一応ジジババ友の会の下部組織という事にしてある。
実質、音無結絵一人だけの組織(?)である。
黒雷電業との取引で、ジジババ友の会の名前を出さないためだけにある。
外部から支援なんかされても困るのだ。
音無姉妹は、楽しくやっている。
「あれ? 何故KS財団とやらは、音無研究所を知っているのだろう」
恭子は忙しい。
電話があった事は、忘れてしまった。




