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77 株式会社鷹白と黒雷電業


『株式会社鷹白』に対して、熱心に業務提携を望む『アイディール』という会社が接触してきた。

お互いに利益になる提携にするために、相互に見学会をしたい。

『アイディール』からの申し入れがあった。

了承した。


まずは秘書ともう一人を連れて、鷹白が見学に行った。

「世界に打って出る」というだけあって、社員も国際的だ。

いろんな人種が働いていて、英語が飛び交っていた。



次に、アイディールから与根国と他に二人が見学に来た。

いくつか質問された。

それを想定して、資料を用意してあったが、出番が無い。

少し調べれば分かるような質問ばかりだ。

まじめなふりして質問をしているが、あまり熱心には見えなかった。


黒雷電業も見学したいという要望だったので、今後の参考になるならと了承した。


与根国に付いてきた二人の内一人は、技術者だった。

鷹白ビル内にある黒雷電業の事務所を案内する。

ごく普通のオフィスだ。

隣の部屋に移動すると、窓の近くにどでかい扇風機があった。


「いらっしゃいませ。黒雷電業の教重(おしえ)と申します。

現場に入るには、必ずこちらで研修してもらいます」

黒雷の社長が、一行を扇風機まで案内した。

「これは、新入社員のテストと練習にも使います。羽根が厚くて重くなっています。

出力によって回転数が変わるので、一目で出力が分かるようになっています」


「ん? 何の練習ですか」

与根国から質問が出た。


「発電装置の取り扱いです。できないと入社試験は不合格です。

合格しないと、現場への立ち入りも禁止になります」

「我々も、合格しないと現場を見学でいないのでしょうか」

アイディールの技術者の質問だ。

「おっしゃる通り。現場には、資格の無い人間は近づけません。

安全第一です。警備も万全にしてあります」

教重は、力強くうなずいた。


「是非、現場を見たいです」

アイディールの技術者は、一歩前に出た。

前に出たが、何をどうすれば良いのか、まだ説明を聞いていない。

見慣れぬ小さな装置を、じっと観察していた。

「それで、どうすれば良いんでしょうか」


「待ってください。じゃあ、私がやってみせましょう」

鷹白が名乗りを上げた。


窓際においてある黒い玉を付けた小さな装置と扇風機が、配線で繋がれている。

間のスイッチが入った。

ゆっくりと扇風機の重い羽根が回る。


「やあ、久しぶり。元気にしてるかい」

鷹白が、装置に向かい、優しい声で話しかけた。


扇風機の回転が速くなった。大きな羽根が勢いを増して、ブンブンと回る。

部屋の空気がかき乱されるが、部屋の中の物は固定されていて、物が飛ぶという事は無い。

「ありがとう。ゆっくりしていいよ」

鷹白が装置から離れると、扇風機がだんだんと遅くなった。


「音声操作ですか」

与根国の問いに、鷹白は首を横に振った。

「交流です。挨拶とお願いかな」


与根国は吹き出した。

「ぷーっ、面白い冗談ですな。わっはっは」


「冗談なんかではありません。

良い交流ができれば、機嫌を良くして、変換効率が上がります。

この子たちと仲良くできない人は、入社できません」


アイディールの三人は、ぎょっとして顔を見合わせた。

鷹白も教重をはじめとした黒雷電業の社員たちも、みんな真面目な顔をしている。

からかわれているのだろうか。騙されているのだろうか。

疑心暗鬼にとらわれた。


「そんなに怖い顔じゃダメですよ。リラックスして。

ずいぶん緊張してますね、そんな事では黒雷くんがびっくりします。

ゆっくり深呼吸しましょう。ダメだな。ラジオ体操でもしますか」

ニコニコ笑顔の教重は、アイディールの三人に言った。


技術者は、だんだん顔が赤くなっていく。

「ラジオ体操って……」

おちょくられていると思ったのか、怒りが湧いてきたようだ。

握りしめた拳が、かすかに震えている。

つかつかと発電装置に近づき、手を伸ばした。


「あっ!」

「あっ、待って!」

鷹白と教重が止めようとしたが、相手にしていられないというように無視した。

技術者の手が発電装置に触れようとしたその時、扇風機が止まった。


「あ、あ〜〜」

「死にましたね。……黒雷君」

教重と鷹白の叫び声を聞いて、隣の事務所から社員たちが飛び込んできた。


事務所の中がしーんとした。社員全員が棒立ちになっていた。

そして、涙を流す人が一人、すすり泣く声が一つ。


「えっと、何が……」

与根国が慌てて何か言おうとした。


静まりかえった事務所に、電話の着信音が鳴った。


「はい、黒雷電業です。

お世話になっております。

ただいま教重は来客中でして、お急ぎでなければ、折り返し連絡いたしますが。

はい。

はい。

分かりました。伝えておきます。

あのう……、いただいたお電話で申し訳ありませんが、実は、黒雷君が死にました。

不測の事態が起きました。

……、はい、すびません。……はい。

ずびびび、はい、よろしくお願いします。

守れなくて、ごめんなさい」

社員は泣きながら、電話を終えた。


「何が起こったんでしょうか。

死んだとは、穏やかじゃないですね。何が起こったのか説明していただきたい」

お通夜のような雰囲気の中、アディールの与根国が発言した。

技術者は固まったままだ。


「テスト用発電装置の黒雷君が死んだのです。いえ、彼に殺された」

鷹白は、技術者をにらんだ。


「装置ですよね。それが死んだとは、意味が分かりません。

分かるように説明してください」

与根国が、横目で技術者を見ながら疑問を口にした。


「説明の途中で勝手な事をして、装置を殺した。

残念だが、彼は信用できない」

鷹白の言葉に、教重が深くうなずいた。


「まるで装置が生きているような言い方ですね。

彼は優秀な技術者です。言いがかりはやめていただきたい。

そもそも、ちょっと触っただけじゃないか」

与根国も黙ってはいなかった。


「生きてますよ。

だから、優しくしないと機嫌が悪くなるし、優しくすると機嫌良く働いてくれます。

楽しくなると張り切ってくれます。

悪意や害意を感じるとショックで死んでしまいます。

この子たちは繊細なんです。特に、悪意や害意に敏感です。

彼は、この子に悪意を持っていた。もしくは害そうとした。そうですよね。

以前、発電装置を取り付けていた電気自動車が盗まれました。

ショックを受けて、その子たちは死にました。

盗まれた三台の車に付いていた装置が、みんな死にました。

人間が、自分勝手にこき使おうとしても、無理なんです。

この子たちは、生きているんです。私たちの仲間なんです」


「私の可愛い子供たちです」教重が、ぽつりと言うと、

「良い相棒でした」

「よくできた仕事仲間だった」

「私の大事なペット」

「俺のダチだったぜ」

社員たちが、それぞれに思いを口にした。


「人見知りの少ない黒雷君と交流ができたら、発電の現場を見てもらう予定でした。

ですが、ここまでのようです」

教重は締めくくった。


「待ってくれ。装置を見せてほしい。

構造を見て解析できれば、修理できるかもしれない。預けてくれ」

技術者が、性懲りもなく装置をつかもうとした。

発電装置は小さいから、片手でつかめる。


「それこそ冗談でしょう。

殺した犯人に、我が子の遺体を預ける親が、何処にいますか」

教重が、装置をかばうように立ちはだかった。

押し殺したような低い声には、恐ろしい迫力があった。


言い返そうとした技術者の前に、鷹白が立ちふさがった。

「さあ、本社の応接室にお茶を用意させます。お疲れさまでした。

装置は借りている物ですから、返却しなくてはなりません。持ち出し禁止です」



応接室でお茶を飲んでいるうちに、アディールから来た三人も落ち着いてきた。

「驚きました。バイオテクノロジーですか」

お茶を飲み干した与根国が、口火を切った。


「光果発電装置が生き物なのかという意味なら、そうです」

バイオテクノロジーという言葉は、広範囲に使われている。

醗酵食品やら品種改良から、高度な遺伝子操作まで。

納豆もクローン生物も、みんなバイオテクノロジーだ。

便利な言葉なのだろうが、意味が広すぎる。


「今回は、それを知らなかったために、大変ご迷惑をかけました。

今度は、生物学に詳しい人間を連れてきましょう。

分野としては、どうなりますでしょう。

微生物ですか。バクテリア方面ですか」


「聞いた話ですから、私も詳しくは知りません。植物らしいですよ。

ですから、大量生産はできないんです。地道にコツコツやっています」

「なるほど、なるほど。見本を分けてもらえたら、専門家に培養させましょう。

そうすれば、事業を拡大できますね」


「それはどうでしょう。

見本をお渡ししても、すぐに殺されてしまいそうです」

いやみを言う鷹白であった。先ほどの事で、へそを曲げている。


鷹白は、姿勢を正した。

「私も油断があったのでしょう。まさか制止したのに無視されるとは思わなかった。

それは別にしても、御社と我が社の業務提携はお断りします。

やはり提携できる部分が無さそうです」


「急いで結論を出さなくてもいいではありませんか。

人材交流をして交流を深めながら、これから先の事を考えましょうよ。

今回の事は、本当に申し訳ない。

彼は優秀故に、独自の判断で先走る事はありますが、本来、できる人間です。

海外で、もまれた経験があり、我が社でも活躍してくれてます」


「はっきり申します。彼は鷹白の社風には合いません。

専門分野も違うし、うちの技術部門では使い切れません」


「ですから、次回は生物の専門家を……」

「やはり、黒雷電業だけが目当てでしたか。それなら、はじめからそう言って下さい」

「はじめから黒雷電業に交渉していたら、応じてくれましたか」

「はい」

「そんなばかな。信じられない。黒雷電業は金の卵を生む鶏だ。嘘はいけません」


「要するに、あなたは、私を信用する気がない。そういう事ですね。

嘘ではないんだけどね。お互いに信用できない相手と組むのは無理ですな」




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