74 釣れた 大漁だ
みみ子は考えた。
いくら考えても、良い考えが浮かぶとは限らない。
しかし、みみ子は、とっさの判断に自信が無い。
まったく無い。
だから、無駄と思っても、考えておく事にしている。
考えないよりも、いくらかましに思えるからだ。
「渡り門の鍵を持っているのかいないのか、門をくぐる前に分かれば良いのに」
新会員の入会審査は緊張する。
慎重に対応しているが、ダメだったらどうやって説明しよう。
いつも悩む。
ダメで元々、凭浜高司尊に、愚痴半分で相談した。
高司尊は、しばらく思案した。
『拳山植通尊より未の方角、そなたのいう南南西に九真野代尊が座すなり。
彼の樹が知るらし。公仁常立尊という大樹のあるといふ。
静息なる虫をつかふらし。
虫は人に取り憑きて、人の行いを伝えるといふ。
良き心も悪しき心も、すべからく伝ふといふ。
静息ならば、別けることあたうやもしれぬ。尋ねてみるも良かろう』
樹の間にも、付き合いの濃い薄いがあるらしい。
凭浜高司尊は、公仁常立尊がどこにいるのかを知らない。
たまに居場所を変えることがあるのだという。
九真野代尊なら知っているかもしれない。
「得難き消息をいただき、ありがたきことにございます。
いざ、早速に、いってきまーす」
一反羽衣に乗って、高速移動した。
九真野代尊を探すのに、少し手間取った。
近くに、同じような樹がなん柱か存在していた。
そっちは、軽く挨拶だけして、そそくさと通り過ぎた。
渡り門も見つけたが、今回は見過ごすことにした。探索班に教えておこう。
九真野代尊を見つけて、公仁常立尊の在処を尋ねた。
ずっとずうっと北だという。
伝わる様子から、黒天狗支部よりもさらに北のようだ。
明日にしよう。
翌日、みみ子は家でゴロゴロした。
北というだけで、詳しい場所は分からない。
雲が晴れてから移動した可能性もある。
そういう樹らしいから、厄介だ。
ゴロゴロしていたら、三日ほど過ぎた。
気分を変えようと会館に行った。
ちょうど小型電気自動車が門から出てきた。
ジジババ友の会所有の車だ。
みみ子が音無結絵にと買ったが、どちらも免許証を持っていないため、友の会の物になった。
結絵は、異世界では、もっぱら一反羽衣に乗っているので、会員が地球で使っている。
屋根には、黒い玉の発電装置が目立っていた。
ジジイが三人乗っている。
全員が、黒天狗支部製の織蜘蛛外套を着ていた。気に入ったようっだ。
桃太郎は、おかま帽をかぶっているせいか、映画の金田一耕助風。色は茶系である。
風魔大太郎は、体格が良いこともあってジェダイの騎士風。色は、くすんだ深緑色。
はぐれ雲は、正体不明の怪しい浮浪者風になっている。濃いネズミ色だ。
「どこに行くの」
みみ子は声をかけた。
「見回りです」
「事件の現場近くを見に行きます」
「犯人が諦めてなければ、釣れるかもしれないだろ」
三人は、それぞれに車の屋根を指差した。
「危ないことはしないでね。新たな事件になったら、やーよ」
「気をつけます」
「三人いるから、滅多なことにはならないですよ」
「返り討ちにしてやるぜ」
三人とも毎日のように身体を使って活動しているから、見た目はジジイだが動きは良い。
心配な発言もあるが、大丈夫だろう。
「いってらっしゃい」
みみ子は見送った。
会館の門を通ろうとして、ふと、嫌な予感に教われる。
去ってゆく車に、みみ子は無事を祈った。
幾日かが経った朝、みみ子が門のそばで木の苗を植えていると、視線を感じた。
目を上げれば、覗き込んでいる人物と視線があった。
斜め向かいの金棒引き、覗垣夫人だった。
「おはようございます」
「お、お、お、おはようございます。
庭いじりですか。良いですね。何を植えているのかしら」
挨拶をすると、ここぞとばかりに話しかけてきた。
「庚申木というらしいです」
「まあ、大きくなるのかしら、花は咲くのかしら」
「どうなんでしょう。頂き物なので、詳しくは分かりません。楽しみです」
「分からない物を植えるのですか。そういうものですか」
覗垣夫人は、納得しがたい様子だったが、離れていった。
夫人の後ろ姿を見送っていると、視界の端に男が見えた。
見かけた覚えがないから、近所の人ではない。
やれやれ、またおかしな噂でも流れているのだろうか。
気にしてもしょうがない。
みみ子は植えた苗木に水をかけた。
インバネス風? ローブ? マント?
袖無し外套をまとった三人のジジイが車に乗って出かけるようだ。
意気揚々と出発した。
見送っていると、二つほど先の角から車が現れて、尾行するように後についていった。
あれはもしや。
釣れた魚だろうか。
だとしたら、大漁かもしれない。
いつもは車の少ない静かな住宅地に、二台目三台目と現れて、後に続いた。
三人のジジイは、夜になって帰ってきた。
「いやあ、びっくり」
「車ごと突っ込んできた」
「いっひっひ、わっはっは」
「えっ、どういうこと。大丈夫だったの」
「街道に出る前のところにコンビニがあるだろ。
ティッシュが切れていたんでな、買いによったのよ。
ティッシュはボックスに限る。ポケットティッシュは、年寄りには使いにくい」
はぐれ雲のグレさんは、何があってもマイペースだ。
「車を停めて、グレさんが車を降りたところに、後ろから来た車が突っ込んできました。
あれはわざとです。
見通しが良い場所です。明らかにこっちに向かってハンドルを切ってました」
桃太郎は憮然としている。それが普通だ。
「見たよ、見ましたよ。
後部座席の二人が、ドアに手をかけて飛び出す気満々で構えてました。
ぶつけたら、即座に襲ってくるつもりだったんでしょう」
風魔大太郎が、やれやれというように首を振った。
「怪我はないようですね。良かった。ぶつかる前に逃げられたのね」
「いやいや、ぶつかった」
「みごとに吹っ飛びました」
「相手の車がね」
三人のジジイは、ニカッと笑うと、そろって外套を翻した。
見栄を切る三人衆である。
みみ子は唖然とした。意味が分からない。
「織蜘蛛、すげえぜ」
「身の安全を確保できました」
「ぽよよ〜ん とね」
はぐれ雲にぶつかった車が、はじき飛ばされた。
後ろに続いてきた二台の車が巻き込まれた。
三台の車が玉突き状態でグチャグチャになったという。大事故だ。
警察で事の経緯を説明しても、なかなか信じてもらえない。
それはそうだ。人間と自動車がぶつかったら、勝つのは自動車。
それが世界の常識である。
「それでよ、百聞は一見にしかず。やってみりゃあいいじゃねえかと言ったのよ。
白バイでもパトカーでもかかってこいや、ってね」
グレさんは楽しそうだ。
「しつこく説明して、実証実験をしてもらいました」
「三人の誰でもやってみせると言ったのですが、マネキンでした。残念」
その結果、外套を着せ、車にくっつけて置いたマネキンが勝ってしまった。
マネキンが単体だと、ふわりと浮いて軽く転がった。マネキンに損傷は無い。
スピードが遅ければ、たいした事になならないが、勢いよくぶつかるとぶつけた方が吹っ飛ぶ。
実験結果から、かなりのスピードで突っ込んだ事が分かった。
織蜘蛛布の、良い検証ができた。
警察、ありがとう。
「それで、こんなに遅くなったのね」
「うんうん、事情聴取って時間がかかるのな」
「また警察に呼ばれるかもしれません」
「どっちが加害者か被害者か、訳が分からんようになったからなあ」
「あいつらは何者なんだろう」
桃太郎とはぐれ雲と風魔は、外套をひらりと翻した。




