73 狙われた光果発電装置
「親分、てえへんだ!
アキラ君が、さらわれた」
みみ子が渡り門を通って地球に帰ったとたん、養生院の看護師白亥点子が叫んだ。
「誰?」
疑問は二つある。
親分て、誰だ。
アキラ君って、誰だ。
「親分、いやさ会長。事件ですってば。
ぼうっとしている場合じゃないですよ」
親分とは、みみ子のことらしい。
しかし、アキラ君に心当たりがない。
「アキラ君て、誰」
だから聞いてみた。
「鷹白社長の所に貸し出していた光果発電装置の一つです。
担当の人が、アキラ君という名前をつけて、たいそう可愛がっていたんです。
車ごと盗まれました。担当の人は号泣してます」
自動車泥棒の被害にあったらしい。
借りている物だからと、セキュリティは万端に備えていたはずだ。
路上駐車はしないと約束している。
必ず、行き先の警備が整っている駐車場に停めている。
それでも盗まれたとあれば、はじめから狙われての犯行かもしれない。
盗みやすい高級車は、もっと他にもあるはずだ。
「どうやって盗んだのかな」
運転するのは慣れた運転手だ。
車の制御とカーナビを含めた外部との情報のやり取りは、別系統にしてある。
昔あったように、ハッキングして外部から車を動かす事はできないはずだ。
さらにいえば、充電する必要がないから、車と外部が接続する事はない。
ハッキングする機会が無い。
盗んでも、使用者以外には動かせないのだ。
「力ずくの犯行だったらしいです。
出先の駐車場のセキュリティを破かれて、レッカーされたみたい。
真っ昼間にですよ。信じられない」
真っ昼間に堂々とされると、案外、周囲は泥棒と気づかない。
こんな話を聞いた。
住宅街のとある屋敷にトラックが来て、次々と家財道具を運び出して去った。
近所の人が何人も見ていたが、堂々とやっているので、急な引っ越しだと思っていた。
その家の人が旅行から戻って、家が空っぽなのに気づき、大騒ぎになった。
泥棒が、こそこそしているとは限らない。
堂々とやっている方が、たちが悪い。
もちろん盗難届を出した。
手口がが荒く強引なことから、今後の危険も予想される。
同じ手口の犯行が流行ったらたまらない、と警察も鼻息を荒くした。
すかさず警察が捜索をしたが、盗難車に付けてあったGPSが途中で消えた。
そればかりか、その後相次いで光果発電装置を搭載した車が二台強奪された。
どちらも荒っぽい手口だ。
屋根に黒い玉が付いた車は一目で分かる。
それを目当てに、捜索は続いた。
そんなある日の夜、とある場所から強烈な光が放たれた。
すかさず警察が出動したが、明るすぎて原因が分からない。近づけない。
近くの自衛隊にも出動準備が言い渡された。
溶接用の遮光マスクを調達し、光源にたどり着くと、廃車置き場だった。
光は強烈だが、近づいても害は無いようだったので、光源に遮光できる物をありったけかぶせた。
すぐ近くには、盗まれた電気自動車が発見された。
念のために持ち主に連絡を入れると、担当者と婆さんがすっ飛んできた。
担当者に同行した婆さんは、遮光マスクを借りて、全員に目をつぶるよう指示した。
「何をする気ですか」
警官の問いに、婆さんは平然と答えた。
「光を止めます。危険はありません。まぶしいだけです。任せなさい。
一組しかないなら、私にだって簡単です」
後半は一部意味不明だったが、任せてみると、光は消えた。
「アキラくーん」
担当者が黒い玉と何かの装置を抱きしめて号泣した。
同じ会社から盗難届が出ていた他の二台も、同じ装置が付いていると聞いた警察は、必死に捜索した。
またあんな騒ぎが起こっては困る。
その甲斐があって、後から盗まれた二台が港で見つかった。
タクシーの屋根に付いている社名表示灯に似た物が付いている車があった。
しかし、タクシー用の車体ではない上に、社名表示灯の位置がおかしい。
警察に見破られた。
危うく海外に密輸される所だった。
密輸業者は捕まった。
盗まれた車は戻ってきたが、光果発電装置は、どれも死んでいた。
正確にいえば、装置に使われた苔雷が死んでいた。
単純な植物細胞だから、盗まれたときのショックで死んだのだろう。
苔山雷垂彦の見解も同じだった。
車には、三台とも無理矢理こじ開けた形跡があった。
光果発電装置が死んだら、車は動かせない。役に立たない。
こじ開けたなら分かったろうに、後から盗まれた二台をどこに運ぶつもりだったのだろう。
発電装置の苔雷を生きているものに入れ替えて、車を修理した。
担当者は「アキラ君じゃない」と涙した。
そして、「ごめんね。君はアキラ君二世だよ」と抱きついた。
「デンデンじゃない。くすん」
「ユリアちゃん、ごめんね。二代目は、もっともっと大事にするからね」
苔雷が代わると、感じが違うらしい。
密輸業者は捕まったが強奪犯は捕まらない。
正体不明のままだったから、警戒をさらに厳重にした。
電動車に付ける発電装置の新たな契約は、一時保留にした。
鷹白社長は、電気を売る方にシフトした。
それまでも、自社ビルの屋上に設置した光果発電装置から余った電気を売っていたが、拡大を図った。
自社ビルの屋上と最上階を、すべて発電用にした。
屋上で発電し、最上階は警備と予備室として、他の階と切り離した。
エレベーターも階段も、関係者以外は使えない。
自社のビルを使い切ったら、使えそうなビルの最上階と屋上を手に入れるつもりだ。
そのための準備は始めている。
ジジババ友の会への入金が増えた。
暴利をむさぼらないように釘を刺したが、高城社長は言う。
「安過ぎるのは問題です。上手く既存の発電をつぶさないように調整します」
もっともなので任せた。
みみ子をはじめとした会員は、そういう事ができない経済音痴ばかりだ。
強奪事件の後、警戒は強めた。
光果発電装置が狙われた可能性が高い。
電気自動車を狙うなら、もっと盗みやすいのがあるはずだ。
世間におおっぴらに発表していないが、便利なのがばれたのだろう。
「ばれるのは、時間の問題だったけどねえ」
便利な物は目をつけられる。それは仕方がない。
しかし、いきなり強奪されるとは思わなかった。
交渉してきたなら、条件によっては応じたかもしれない。
こういう手段に出たのは、特許申請されていない事に気がついた上での暴挙だろう。
現物を入手し、解析などして、元から手に入れる。
自分たちで特許を取ってしまえば、丸ごとぼったくれる。
そういう魂胆だったのだろうと思われた。
だが、それは無理だ。
発明者でさえ、特許申請できない代物なのだ。
「諦めてくれると良いんだけどなあ」
おそらく、みみ子の思いは通じない。
乱暴な犯行なのに、警察は犯人を捕まえられていない。
「もしかしたら、外国から来たスパイだったりして」
ぽつりと、みみ子がつぶやいた。
日本には、スパイ防止法が無い。
狙われているなら、ヤバいかもしれない。
「スパイかあ。だったら、ドンパチやっちゃう?」
「地球に、物の怪を召還しちゃうか」
「羽布を使って、空から襲撃ってのはどうよ。へりになら負けない」
危ない発言をする会員がいる。
日本で、ドンパチはできない。銃刀法がある。
法律は守ろうね。
天津聳地嶺の裾野は、びっしりとあった光果がすっかり減って、新しく草や木が生えてきている。
穏やかな風景になったのは良いが、光果の残りは少ない。
真似藁稭が良い仕事をしていた。
山頂の白陽玉別比売に相談に行った。
『そなたらには、雲を払ってもらいし恩義もある。
ぼちぼちで良ければ、光果を生らすほどに、良きように使うが良い』
交渉が成立した。




