72 二つ目の支部ができた
新会員になった軽間弟子は、仕事の合間にちょくちょく会館を訪れた。
人なつこいので、会員にかわいがられている。
「若い子は良いねえ」
と、ジジイに人気だ。
「私って、若いですか。うふふふ」
調子にのっている。
そんなある日、
「会長、かいちょう、カイチョー」
みみ子が会館に行くと、呼び止められた。
「軽間さん、何かな」
「あたしにはお姉ちゃんが居ます。
還暦は過ぎているけど、社長です。頑張ってます。
だけど、年には勝てず、近頃お疲れ気味なの。
養いの実を持ち帰って食べさせたらだめかなあ」
「良いですよ。真ん中へんの黒いのを残さず食べるように言ってね。
あと、出所がジジババ友の会だというのは内緒」
「わーい、サンキュー。
お姉ちゃんも立派にババアだから、友の会に誘いたいけど、仕事を辞めてからじゃなきゃ駄目かなあ」
「う〜〜ん、社長さんかあ。どういうお仕事なのかな」
「吹けば吹っ飛んで、どぶに転がり落ちるような、ちっさな会社。
お姉ちゃんが友達と始めた。出版社とは名告っているけど、隙間産業?」
出版業というのは水商売みたいなものだ、と言った人が居る。
大手になればともかく、案外に不安定で、現れては消える。
電子化に押されてちょっとした団体の会報やPR誌や業界誌などの需要は減った。
新規の取引も少ない。
個人の自費出版も、大手が手を出し始めた。
はっきり言って、軽間出版はじり貧であった。
続いているのが不思議だ。
「お姉ちゃんも隠居すれば良いのに。
でも、私の他に社員が二人居るからねえ。ジジイとババアだけど」
そこまで言って、ハッとした顔をした。良いことを思いついたとでもいうように。
「入会審査って難しいのかな」
「人による。簡単といえばいたって簡単。無理な人はどうやっても無理。
やってみるまで、どっちか分からない」
「どっちなのかは、やってみなくちゃ分からないの?」
聞かれて、みみ子は答えた。
「そうねえ、ただの推論なんだけど。
生まれてから言葉を覚えるまでの間、日本語に囲まれていれば、合格の可能性が高い。と思う」
「それなら、大丈夫そう。方言はへいき?」
「たぶん」
「よっしゃあ! ついでに社員の分の養いの実も欲しいの」
軽間弟子は、ポケットから大きめの袱紗、もしくは小風呂敷のような布を出した。
「かまわないけど、それは何?」
「異世界で見つけた謎植物。物を包むのに便利かなと思って採ってきた」
花なのか実なのか、波打つ幅広の葉の中からまっすぐに伸びたな茎の先に付いていたという。
よく見ると、真ん中あたりが少し膨らんで、安定して物を包める形状である。
それ以外は布切れにしか見えない。
軽間は、いくつかの実を入れて、端を結んだ。便利だ。
ちょうど良いかと思ったが、少し変だと首を傾げた。
結構な数の実を入れたのに、そんな風に見えない。
「そんなに入れたら重いでしょ」
みみ子も不思議そうに首を傾げた。
「あれっ、重くない。重くないです。入れたわよね」
軽間は、慌てて結び目の隙間からのぞいた。
「ちゃんと入ってる。なのに重くない。さすが異世界の不思議植物。
地球の風呂敷も便利だけど、バージョンアップ風呂敷。年寄りの味方だね。
蔓草っぽい模様があって、おしゃれな感じもするから使いやすいね。ふふふ」
ちなみに、色は鮮やかな緑である。
唐草模様ではなく、蔓草模様である。念のため。
見た目は小さいのに、やたらにたくさん入る事が分かって、誰かが大風呂敷と言い出した。
なし崩しに、その名前が定着してしまった。
数日後に、軽間の姉はやってきた。
軽間兄子。兄に子と書いて、えこ。
必要に迫られて、節約生活を余儀なくされている。
人なつこくて軽い妹の弟子とは違って、迫力のある婆さんだった。
「会社をたたむ決心をしました。隠居します。
あの実は美味しい。気に入りました。うちの社員も虜です。
ですが、はっきり言って、ジジババ友の会は、悪い噂しか聞きません。
あれらの噂の信頼度は低い。どれも疑わしい。
しかし、社員を危険にさらすのは憚かられる。
そこで、まずは私が敵情視察する事にしました。
入会審査をお願いします。たのもー」
軽間兄子は入会した。妹の弟子よりも異世界にはまった。
会社の整理をした後、二人の社員も入会した。
のっぽの爺さん、花笠真人。
でっぷりとした婆さん、黒柿とめ。
その二人も、無事に入会した。
彼らは、北に行きたいという。全員が東北出身者らしい。
故郷の近くで渡り門を探したいのだという。
異世界は広い。どこに行こうと勝手である。迷子にだけはならないでほしい。
探すのは大変だ。
かくして元軽間出版の一行は、羽布に乗り北を目指したのであった。
大風呂敷に食料と飲み物を入れているから、大丈夫だろう。
彼らは、北の渡り門を発見した。当初の望みを果たした。
拳骨山と同じようにして地球の場所を特定した。
不動産屋の不藤が現地に飛んだ。
渡り門の岩は、山の中にあった。
昔、修験者が修行したと伝わる山の近くだった。
国有林が多い地帯で、幸いな事に、珍しく数少ない民有地だった。
ジジババ友の会は、岩だらけの山を買った。
山小屋風の建物を建て、ジジババ友の会支部『黒天狗支部』が誕生した。
実のところ、黒天狗山は支部のある山ではない。
隣に聳える大きな山の名前である。
修験者が修行する山として、古くからある有名な山だ。
その山は、山頂にある神社だか寺だかの管轄らしい。
名前をパクった形だが、会員以外は使わない。
分かりやすくて良い。異議を申し立てる人間は居ない。
渡り門を守るのは、三黒釜門守命。
近くに居る大樹は、天鳴釜尊。
さんざん探しまわったらしいが、養いの実を付ける桜桃比売を見つけた。
赤い実だが、効果は同じだった。
軽間姉妹と元社員の幼なじみを含めて、地元の会員ができた。
順調である。
身体が元気になった軽間一派は、隣にある修験道の山で修行も始めたらしい。
無駄に元気いっぱいだ。
黒天狗支部は、地球での修行ばかりではなく、異世界の探索にも余念がない。
木の実に 齧りついている大きな蜘蛛を発見した。
草も食べているから草食だろう。
その蜘蛛は、巣と子供たちを守るために布を織る。
大きさは、巣に応じて大中小様々だ。
「織蜘蛛」と名付けた。
織蜘蛛の布は、しなやかで手触りもよく、やたらめったら丈夫だ。
大事な物を守るためである。
物理的な衝撃も物の怪の攻撃も、ぽよよ〜んと跳ね返す。
伸縮性が半端ない。
普通の手段では切る事もできないが、ゆっくりゆっくり気を込めて刃物を入れれば切れる。
黒天狗支部では、織蜘蛛布を使って衣類を作れないかと模索した。
通気性は悪くなくても、吸湿性は無い。むしろ水さえもはじく。
細かく切るのも大変なので、作ったのは袖無し外套。
袖無しでゆったりしているので、サイズをあまり気にしなくてもいい外套だ。
織蜘蛛布は巣を守るためだから、色はどれも地味だ。
土や枯れ葉とまぎれる茶色系、薮で目立たないくすんだ深緑、どこにあっても目立たないネズミ色。
本部にもいくつか送ってきた。
「金田一耕助みたいじゃん」
「いや、ジェダイの騎士がこんなのを着てなかったか」
「ハリーポッターでも似たようなのを着てる魔法使いがいたよな」
「こっちのは、ローブというよりインバネスに近いだろ。襟付きだ」
「とんびっていうんじゃなかったか」
爺さんたちには好評だ。
流行とかファッションを気にしないなら、コスプレっぽいが、使い心地は悪くない。
拳骨山支部では、
「縞柄だったら、紋次郎の合羽みたいだったのに」
バカ殿が、多少の不満を漏らしたが、だいぶ違う。
試着したところ、着心地は抜群だった。
何かがぶつかっても怪我をしないのが良い。ぽよよ〜んと跳ね返る。
羽布で飛び回る時に着れば、安心感がある。もし落ちても怪我をしないだろうと思われた。
本部と拳骨山支部の分も、少しずつ作って、送る事になった。
材料が材料なので、加工には時間がかかる。
西を探索していた会員から、報告があがった。
千年前の鬼が渡ったと思われる渡り門は、すっかりなくなっていた。
門守は死んで、折れて崩れたのだろう。
いくつにも分かれたキラキラの残骸になっていた。
渡り門を守っていた樹の亡骸は、ところどころが真っ赤に光るキラキラだった。
もったいないので、回収して本部のお堂に収納した。
地球側から位置を推定したところ、大規模な石切り場になっており、山ごと形がなくなっていた。
正確な位置も、もはや不明だった。




