71 飛び入り押し掛け新会員
「ふぇへ〜〜、草が走った」
無断侵入の女は、混乱していた。
それはそうだろう。ここは、異世界だ。世界の常識が違う。
「大丈夫ですか」
みみ子は、驚かせないように、落ち着いた声をかけた。
女は振り向いた。
「異世界人?」
「地球人です」と、みみ子。
「では、そっちのが異世界人?」
「地球人です」桃太郎も言った。
三人の地球人が出会った。
一人と二人の間を、風吹葛がふわふわひゅるりと通り過ぎた。
「……」
「……」
「……」
「大丈夫ですか」
動かない女に、みみ子は再度同じ言葉をかけた。
「地球に帰れるんでしょうか」
「もう帰りますか。少しゆっくりしていけば良いのに」
せわしない人だなあと、みみ子は思った。
「帰還できる系ですか。行ったり来たりできる系?」
「系?」
「ほら、なろ説……あすなろネット小説によくあるじゃないですか。異世界転移」
「ありますね。行ったり来たりできる系です。現実ですけどね」
「ウッソー」
「落ち着きましょうか。あなたは何故ここに?」
「白い蛇を追いかけて。ウサギじゃなくて蛇だけど、ここは不思議の国かしら」
「私は、空原みみ子といいます。こっちは桃太郎さん。
あなたは、アリスさんなのかしら」
「いいえ、軽間弟子です。弟に子と書いて『おとこ』。女です。
鬼退治があるんですか」
「鬼は千年前に退治されました。安心して下さい。
それより、白い蛇ですか。そっちが気になります」
みみ子の問いに軽間弟子は、瞬きをして周囲を見回した。
「白い蛇を見かけて追いかけたんです。
ほら、白い蛇は縁起が良いといいますよね。
お金持ちに成れるとも聞きますし、捕まえたら良い事がありそうじゃないですか。
あっ、居た。幸運の白蛇」
軽間が指差した草むらから、白くて細長いものが飛び出て、くるりと宙返りした。
宙返りしたあと、近くの草むらに消えた。
みみ子はびっくりした。
「あれは白蛇なの? 白い布のきれはしに見えるけど」
「ああ」桃太郎が反応した。
「たぶん、それです」
流星号の実物大レプリカを飛ばそうとした時だ。
ボートと違って形が複雑だ。
上手く飛ばすためには羽布を隙間なく貼らねばならない。
手こずっていると、はぐれ雲がはみ出した羽布を切った。
切れ端を捨てるのもはばかられて、お堂の隅にまとめて置いた。
そのうちの一本を、誰かのいたずらだろう、キラキラの枝に蝶結びにした。
桃太郎が、お堂の掃除をした時、枝に結んであった切れ端が消えていた。
それかもしれないことを、桃太郎がみみ子に説明した。
「一反羽衣じゃなくて羽布よね。でも勝手に動いてるわよ」
「変ですね」
二人の会話を理解できない軽間は、目をぱちくりさせながら、視線を行ったり来たりさせた。
ゆっくりと立ち上がり、羽布の切れ端が消えた草むらに忍び寄る。
そして、飛び込んだ。
「捕ったどー」
叫んでみたが、くたりとなった羽布の切れ端をつかんで、不思議そうな顔をした。
「あれっ、蛇じゃない」
ようやっと気づいたようである。
「蛇だと思っても、捕まえるんだ」
みみ子のあきれた声に、軽間は振り向いた。
「田舎育ちですから。家の近くには、マムシもシマヘビもアオダイショウもいました。
怖がっていては暮らせませんでしたからね。白蛇なら、捕まえるでしょう」
得意顔である。
入会資格があるのかどうかは不明である。
しかし、むこうから飛び込んできたのだから、追い返すのも違う気がする。
みみ子は、門守命に紹介した。
この世界で、樹をないがしろにされては困る。危険でもある。
知らなければ、樹に害をもたらす可能性がある。傷つけるとか、枝を折るとか。
「軽間さん、こちらが門守命、渡り門を守る樹さんです。
幹に手を当ててください」
お約束のひと騒ぎがあって、ジジババ友の会の説明をした。
「ええーっ、私は入会資格がないみたい。やだ。入りたいです」
軽間は、還暦には少し足りない。仕事も姉の手伝いではあるが、正社員の扱いになっている。
仕事で、取引先を訪ねた帰りだったようだ。
「そちらから飛び込んできましたからねえ。
こういうのは初めてなので、他の会員にも相談しますけど、しょうがないっちゃしょうがない。
うむむむ、どう思う桃さん」
「良いんじゃないでしょうか。仕方がありません。
ジジババ友の会といえども追い返す権利は無いと思います。空原さんと同じ状況です」
桃太郎に指摘されて、みみ子は思い出した。
そもそも異世界を見つけたのは、白い龍を見かけて追いかけたからだった。
そのまま他家の敷地に無断侵入した。
やった事は同じだ。
軽間は羽布の切れ端を、蛇と間違えた。
みみ子が見た龍も見間違いだったのだろうか。
今となっては、確かめようがない。
それはともかく、軽間を追い返す訳にも行かないし、勝手に出入りするのを止められない。
幸い、本人もジジババ友の会に入会を希望している。
それなら、入会してもらった方が安心だ。
他の団体を立ち上げられたりしたら、とっても面倒な事になりそうだ。
「よござんす。会員の皆さんには、私から説明しましょう。
ようこそ、異世界へ」
「わーい、ゲームみたい」
軽間は、羽布の切れ端を振り回して喜んだ。
時間があるとの事なので、凭浜高司尊に引き合わせ、桃生比売も見せた。
養いの実を食べて、軽間は感動した。
食べるのが大好きなのだが、贅沢な食事には縁遠い。
日頃は質素な食事を余儀なくされている。
「これが食べられるだけで、幸せだわ。
絶対に入会したい。入会したら追い出されないように頑張る」
拳を握って、力強く宣言した。
勝手に出入りするという選択肢を思いつかないのは、喜ばしい。
「異世界に行ったのは、秘密にしてください。くれぐれも気をつけてくださいよ。
異世界に行ったなんて口走ったら、頭がおかしいと思われますからね。
あなただけではなく、ジジババ友の会そのものも理性を疑われてしまいます。
ちなみに、私は詐欺師と罵られました」
「……確かに」
軽間は理解したようで、何よりである。
帰還して、軽間に会館を案内した。
そこに居た会員とすぐに仲良くなった。
軽間は、人懐っこい。人気者になりそうだ。
お堂にも案内した。
軽間は、キラキラにはしゃいだ。美しいものは、食べ物と同じくらい好きだ。
「さっきの羽布は、この辺に結ばれた居たものだと思います」
桃太郎が、枝の一つを指差した。
「羽布って、これ?」
軽間は、ポケットから白い布切れを出した。
まだ持っていたらしい。
「戻ってるかい?」
枝に近づけると、羽布の切れ端は、自主的に枝に巻き付いた。
羽布から一反羽衣に進化したかもしれない。




