70 支部と本部は情報交換をする
世間様からはこそこそしながらも、会員は楽しい異世界ライフを送っていた。
拳骨山隠れ里支部は、殿の友人であるサバイバル好きの千々石夫妻が移住してきた。
元木こりや地元の爺さん婆さん、糸館夫妻の知り合いの中から、物好きも来て、支部が充実してきた。
支部は彼らに任せる事にした。
山の民を自称する木こりだった爺さんが、領主におねだりした。
「ちょいと頼みがあるんだがなあ」
「言ってみるが良い。民の望みを叶えるのも領主のつとめである。
なんなりと申してみるが良い」
態度は偉そうだが、良い領主を目指す糸館なのであった。
「うちに、ひ孫が生まれた」
「それはめでたい」
「女の子だ。ついては、伐採して空いた所に桐を植えても良いだろうか。
嫁に行く時、タンスにしてやりたい。
腕のいい家具職人だった領民がいる事だし、作ってやりたい」
「えっ、今から植えて間に合うの? タンス」
糸館は、思わず素が出てしまう。
「おお、桐の木は成長が早い。女の子が年頃に育つ頃には、桐も大きくなる。
昔は、女の子が生まれると桐を植える家も多かったと死んだ親父から聞いた」
「いいね、それ良いね。
でも、ひ孫さんは喜んでくれるかなあ。
おしゃれな北欧家具じゃなきゃ嫌だ、とか言わない?」
「おいらのひ孫だぞ。……言っても良いじゃねえか。
桐で北欧風でも何でも作ってやらあ」
ということで、ついでに何本かの桐を植えた。
育つと、大きな薄紫の花を咲かせる。白い花のが混じっているかもしれない。
紫色の花が咲く植物には、たいてい白い花のものがある。
どちらにしろ、きれいな景色になるだろう。
支部は支部で異世界探索を進め、南に実の生る樹を発見した。
梨降比売という。
うっすらと黄色味がかった実を枝いっぱいに付けていた。
『人の身に病あらば癒し、人の身に歪みあらば正し、
生きるのが易くなる』
養いの実だという。
食べてみると、凭浜の桃生比売の実とは少し風味が違うが、効果は同じだ。
すごく美味しいのも同じだ。隠れ里の食料になった。
廃村にあった田んぼと畑も、手入れをして使えるようにしたので、食料の心配はなくなった。
異世界を通じて凭浜から運んでもらうという手もあるが、何かあった時も安心だ。
山の手入れは、引き続き定期的に見てもらうよう依頼してある。
次に空き地ができたら、果樹を植えたいという要望があがった。
桃栗三年 柿八年 柚のばかやろ十八年
それを確かめたいらしい。
「良きに計らえ」
領主は鷹揚である。
まずい事をしそうになったら、誰かが止めるだろうと思っている。
バカ殿の面目躍如だ。
荒れていた異世界に、順調に草は生えてきていたが、木も芽を出し始めた。
樹に聞くと、それらは樹ではないという。
ただの木だから、邪魔なら抜いてもかまわない。
育って使えるようなら、切り倒して利用してもいいとのこと。
ただし、せっかく生まれるのだから、無駄にはするなと言う。
地球でいうなら、人間と動物のような関係らしい。
会員にはしつこく言い聞かせている事がある。
異世界は地球とは違う。
異世界の主は樹である。
地球人は、何事も樹とよく相談して、迷惑にならないように。
樹の了承を得られない事はしないように。
それが、ジジババ友の会の鉄則である。
それを守るなら、基本的に自由にしても良いが、会としてのまとまりも欲しい。
そこで、支部には、月一程度の定期報告はしてもらう。
本部からも、情報を流す。
本部の居間で、みみ子が支部からの報告を読んでいると、養生院の藪小路副院長から相談された。
先月隣町の緑山病院に担ぎ込まれた患者がいるという。
緑山病院は、藪小路が以前院長をしていた病院で、現在は息子が跡を継いでいる。
その息子から、養生院に転院させたいという話があった。
何十年も自宅に引きこもっていた五十三歳の男だ。
最近、面倒を見ていた両親が、年老いて相次いで亡くなった。
一人残されて、周囲が気づいた時には、男は衰弱して餓死寸前だったという。
栄養補給をして、餓死は免れたが、長年引きこもっていたせいで、身体が動かない。
廃用症候群に近い。満足に歩く事ができない。
「おふくろのとこなら、そういうのが得意なんじゃないの。
頼むよ。引き受けてくれよ。うちじゃあ、これ以上はできない」
月見養生院に引き取った。
男の身体は良くなっているが、気力がない。
簡単なリハビリも、全然やる気がない。
「風魔さんも困っちゃってねえ。
そこで、お堂のキラキラを見せに連れてきても良いかしら。
あれを見ると気分がいいじゃない。何かのきっかけになるかもしれない」
「良いわよ。還暦前だけど、何十年前から隠居なのは間違いない。
様子を見ながらだけど、異世界に連れて行って、門守命か高司尊にその人の気持ちを見てもらうってのも、ありかも」
「そうね。樹さんになら、心を開くかもしれないわね。
今度、散歩に誘って、連れて来るわ。
車椅子に載せてしまえば、どこに連れて行こうと思うがままよ」
藪小路は、悪い笑顔で帰っていった。
「そうそう、門の前を掃除した方が良いわよ。散らかってきているから」
最後に、一言よけいな事を言いおいた。
みみ子は、よっこらしょっと立ち上がった。
掃除は苦手だが仕方がない。
汚れていると、ご近所様からの評判が落ちる。
これ以上、落としたくはない。
門を開け放って、掃き掃除をしていると、通りかかった初老の女が、ふと立ち止まった。
奇妙な表情をしている。
心ここに在らずという様子なのに、気になるものを見つけてしまったという感じもある。
女は、開いている門から、脇目も振らずに敷地に入っていった。
堂々と入ったから、ほうきを持ったまま、みみ子は見送ってしまったが、見覚えがない。
会員には、該当する人物は居ない。
みみ子は追いかけた。
お堂周りの草取りをしていた桃太郎も、気づいて立ち上がった。
女は迷いのない足取りで、渡り門に着き、姿を消した。
二人も、後を追って異世界に行った。
門をくぐってすぐの所で、女は、腰を抜かしたように膝をついていた。
女の目の前を、葉陰小人草が、走り去っていった。
「ふへ〜〜。草が走った」
女がなさけない声を上げた。




