7 神の岩をセットで演出する
登場人物
只野 郁子 以前みみ子の同僚だった。名目上、画材商の社長。
空原 みみ子 年金生活の婆さん。
山本老人 異世界への門がある土地の地主。
美術制作会社のスタッフ
門の岩を通って異世界から帰還して、荒れた庭を目にし、
郁子は少しずつ落ち着きを取り戻していった。
荒れ果てた庭を眺め、大岩の周りを歩き回ると言った。
「岩を撤去したいという息子さんの気持ちも分かりますね。
こうやって見ると、ただの邪魔くさい岩にしか見えませんもの。
ありがたみが無いんですよ。
注連縄を張るとか、由緒ありげな風情を演出するとかしたらどうでしょう」
「なるほど、撤去したら罰が当たりそうに見えれば、手を出し難いか。
良い考えだ。で、具体的にはどうすれば良いんだろ」
郁子は、しばし考えると、ポンと手を打った。
「お金を出す気はあります?」
二人はいそいそと山本家のチャイムを鳴らした。
「神秘の神岩の演出計画?」
山本老人は、目を丸くした後、ゆっくりとうなずいた。
「全くかまいません。
そもそも、この土地は空原さんにお譲りするつもりですから。
あの岩に手出ししにくくなるなら、さらに安心です。
ありがとうございます」
それを聞いた郁子は、やる気満々で拳を握った。
只野郁子は一応社長だ。掃除しかしていないにしても。
彼女の会社は、画材商である。
名前だけの専務である母親と実際に運営している夫を含めても、社員は四人。
主な取引相手は設計事務所。建築模型の材料が主力商品だが、
テレビや映画の美術を担当する会社とも少々取引があるらしい。
そんな中に適任の人材が居るという。
昔気質の職人で凝り性なため、うっかりすると予算を超える。
前社長とともに会社を立ち上げた人物というわけで、むげにもしがたく、
そのため近頃は持て余されている。
会社同士が近所なので、たまにぶらりと立ち寄ってお茶を飲む。
「今度つれてくるわ。暇そうだし。
見てもらってから、見積もりを出してもらえばいいわよね」
「うん、いいわよ」
みみ子があっさりうなずくと、山本が口を挟んだ。
「その費用は、こちらで出します。
それから空原さん。土地を買ってください。
売買契約の準備をしています。一億を用意でき次第売ります」
みみ子はじっと山本老人を見た。
「こちらはいつでも良いですけど、息子さんの方は大丈夫ですか。
文句を言ってきませんか」
「だからです。文句を言う前に片付けたい。
息子は嫁の言いなりです。嫁は悪い人間というわけではないけど、
価値観が全く違う。話が通じない」
息子夫婦は、アメリカに留学中に知り合ったという。
妻は中国からの留学生で、中国の大国意識と、アメリカの金権主義というか合理主義というかが混ざった考え方のようで、日本古来の話には、鼻で笑う態度なのだと言う。
「話をするだけ無駄です。
息子は、しっかり自立しているし、この土地は私が受け継いだものです。
売っても問題はありません。
むしろ、空原さんにお願いできない方が心配です」
次週、小切手と実印を持って来ることになった。
不動産売買の手続きは、山本老人が手配する。
「お願いばかりで恐縮ですが、行き先が決まるまで、しばらくの間この家に住んでいていいでしょうか。
なるべく早く引き渡したいのだけど、この年で引っ越しというのも大変で。
正直に言うと、そこのところは気が重いのですわ」
「あら、気が済むまで住んでください。急ぎませんから。
なんなら、ずっと居ても良いですよ」
年寄りは、急激に環境を変えると、体調を壊すことが多い。
恨まれたくないみみ子は了承した。無理なことはしたくない。
住居ならある。
みみ子も、ちょいちょい様子を見に来るつもりだが、息子は納得しないだろうな。
余計なことを言ったかもしれない。色々と難しい。
◇ ◇ ◇
幾日かして郁子から連絡があった。
「先輩、ばっちりです。話をつけました。
下見と見積もりは、いつが良いですか」
例の美術スタッフと予定をすりあわせて大岩に行くことになった。
「ほうほう、これですか。
神々しい神の岩にすればいいんですね。
ふむふむ、周りの木にも手を入れても良いかなあ。
どーん、がつーん、びしーっ、って感じでやりますよー」
ガタイの良い丈夫そうな爺さんだった。
本当の出入り口に案内したが、そこでは目立たないと言い、
セットのメインは、通りや家に向いた岩の広い面を使うことになった。
本物の門の目くらましにもなるし、見栄えが良い。
「じゃ、それで」
作業で出入りすることになるからと、山本老人に引き合わせた。
作業の日程、出入りや搬入について打ち合わせ、話がとんとん進んだ。
後日、予定の日数を少々オーバーして、神の岩(笑)は完成した。
さすがに本職。なかなかのできばえだった。
近くにあった木は植え替えられ、小さくて短いが石段まである。
古色を付けた太い注連縄が、存在感を出している。
思わず拝みたくなる。
「バブルの頃のテレビは、予算が使い放題で面白かった。
うちは弱小だってのもあるが、近頃は面白みのねえ仕事が多くてね。
イベント会場のセットは、縛りが多い。
また何かあったら声をかけてくれ、つっても俺は肩叩きされてるからなあ。
ところで、ここで何をすんの?」
「考え中」
みみ子は考えた。
面白いこと……か。
そうだ。みんな面白いことがしたいんだ。
あの世界に青い空を取り戻すことを、面白いと思う人が居るんじゃなかろうか。
はて、とみみ子は首をひねった。
どこかに居た。雲を消すのが好きな人。
「おお!」
世の中には、不思議なことがままある。
以前、友人に誘われて競馬場に行った。
ちびちびと小銭で馬券を買って楽しんだ。
場外馬券売り場と違って、競馬場なら百円単位で馬券が買えた。
パドックで次のレースに出る馬を眺め、買う馬券を決めた。
しかし友人たちは決めかねて、競馬新聞とにらめっこをしていた。
手持ち無沙汰になり、ぼうっとしたまま、オッズを表示する電光掲示板に目をやると、
一カ所、やけに明るく光る場所がある。
みみ子が買う予定の馬券ではなかったが、面白そうだったので、そっちにした。
結果、穴馬券が的中した。
たった一度の経験だったが、不思議現象は心に残った。
そんなことがあって、「妖エネルギー研究会」を知ったとき、入会してしまった。
本部の講習会に出席すると、変な人の宝庫だった。
霊媒体質だという若い男性会員が居た。
彼が言うには、霊媒師の団体や霊能力者のセミナーとか除霊講座とか、その手の集いはいくつもあるらしい。
彼は、いくつか渡り歩いていた。
それらでは効果が無かったが、「妖エネルギー研究会」のやり方で簡単に除霊できたと喜んでいた。
たちの悪い霊も多く、前に参加した会では、除霊されたふりをした霊があった。
振り向いたら目の前に居て、吃驚した、という話を聞いた。
他にも、エネルギーの滝をイメージして滝行をする人、魂を取り出して大きさや状態を調べる人、物体にエネルギーを入れたり抜いたりする人、色々居る中に、エネルギーで雲を消す人が居た。
脱会はしていないので、みみ子は今も会員である。
雲を消す人を誘ってみようかと思った。
久しぶりに本部の集まりに参加しよう。