表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/90

66 現代の退屈男


渡り門が二つ見つかった。

一つは、複数の会員が興味を持ったので、地球側からの調査中である。

駅前の不動産屋に頼んだ。


もう一つは、とりあえず放置だ。

近畿地方の山の中なのだが、近くに由緒ある山岳信仰の神社がある。

そこがエネルギースポットだという噂が流れ、マニアがうろついている。

うっかりすると人目につく。

手が出しにくい。


どうやらエネルギースポットが流行っているらしい。

結構な人出である。



凭浜別館に建物を増やす相談が始まった。

植物を抜きにして異世界は語れない。

虫殿があるなら、不思議植物資料館はぜひ欲しい。

うなずける意見だが、建物の名前が決まらずにもめている。


大蛇の島では、阿斯訶備比古遅が日々刻々と大木になっていた。


黒い光果で埋まっていた天津聳地峰の裾野に、少し地面が見える場所ができた。

光果発電装置の注文が増えたので、せっせと集めた成果である。

そんな地面からワラが生えた。

稲が枯れてワラになった訳ではない。

はじめからワラが生えた。小さな群れを作って生えた。


電動車ばかりではなく、貸し出した光果発電装置で、電気を売るようになっていた。

鷹白社長は、思った通りに抜け目が無い。


落ちた光果を拾い尽くす日は、遠くないだろう。

そうなっても需要が続くようなら、白陽玉別比売(しらひたまわけひめ)に直接頼もう。


さて、ワラである。

久しぶりに光果と蔕の組み合わせを探してみたみみ子だった。

相変わらず見つけるコツが分からない。

やっとできた一つに喜んだ拍子に、手から取り落としてしまった。

光果はワラの中に転がった。

あわてて探して拾い上げると、幸いな事に蔕が付いたままだ。

ほっとして、次の組み合わせを探した。


合わない。合わない。合わない。

うまくいかなかった蔕を、何気なくポイとその辺に放り投げた。

思いついてやり方を変えてみる。

蔕の方を持って、黒い玉の方を探してみた。

合わない。合わない。合わない。

黒い玉をポイポイ放り投げる。


やっと組み合わせができた。

ふと周囲を見ると、ワラの群れの中から、組み合わされた光果が出てきた。

拾って確かめてみると、ちゃんとできている。

誰かが間違って忘れていったのだろうか。

と、そこに、もう一つ蔕が付いた光果が、ワラの中から転がり出た。


みみ子はにやりと笑った。試してみよう。

適当に拾った黒い玉と蔕をワラの群れに放り投げて、しばらく待った。

蔕つきの光果が出てきた。


やっほー。


会館の掲示板に書き出し、口頭でも伝えた。

結絵は、面白がって実験を開始。

その結果、出来上がり見本を覚えさせ、材料を放り込むと、ワラが作る事が判明した。

勝手にオリジナルを作る事はしないが、出来上がったものを真似る事はできる。

真似藁稭(まねわらしべ)と命名した。


なんと、材料さえそろっていれば、発電装置まで作る。

自動製造が可能になった。


「これぞ、楽して儲ける<わらしべ長者>」

「違うと思います、みみ子さんの発想は単純すぎる」

クレームが入った。




「消えた資産家事件」改め「資産家殺人事件」の犯人も捕まり、ジジババ友の会が無関係だと明らかになってからしばらくして、ようやく周囲をうろつく人間がいなくなった。

誰はばかる事無く、敷地に八角形のお堂が完成した。

当初の予定通り、中にキラキラ輝く樹の亡骸が納められた。


会員が来て、美しさに感動してはしゃいだ。

そんな中に風早当太が居た。

「良いですなあ。美しいものは心を癒す。

人間は忙しく頑張る時期が必要だが、落ち着いて、のんびりと心を癒す時間は大切だ。

退屈するような暇な時間も、時にはとても大切だ」


「まったくです。あくせくしていると、大切な事を忘れがちになる。

暇になって、ぼーっとしていると、思い出したりするものだ」

望月院長が同意した。

「年を取って思う事ですが、自由な時間がたっぷりあった若い頃は貴重だった」

華京園家の執事高も、うなずいた。

「そうそう。馬鹿な事や無駄な事をいっぱいできたからねえ」

熊山解治がうれしそうに言う。

いろいろとやったに違いない。


「年を取るほど時の流れが速くなるわよね。花の命が短いのは何故」

残念そうな声は、観凪師長だ。

「心理学で説明されていましたわね」

華京園阿比子は言うが、自分でも、すっかり納得はしていない様子だ。


同じ長さの時間でも、それまでの人生に対して長く生きているほど割合が小さくなる。

そういう理論だ。


「それもあるんだろうけど、大人になると、しなきゃならない事が増えるからじゃないかしら」

みみ子も言ってみた。

仕事をすれば、時に気が乗らない事もやらなくちゃならない。

おろそかにできない付き合いも増える。

社会人として、身だしなみも整えなくちゃまずい。

正式なお呼ばれに普段着では行けない。

そろそろ美容院に行って髪をなんとかしなくちゃ。

たまには、地域の行事に参加しなくちゃ居心地に関わる。

あれもしなくちゃ。これもしなくちゃ。

嫌ではないけど、特にしたい訳でもない事に時間が取られる。


「なるほど。だから隠居の会なのか」

「やらなきゃいけない事をどーんと減らして、好きな事をする時間」

「隠居万歳」


風早当太はひらめいてしまった。

昔「旗本退屈男」という時代劇映画があった。

無役の旗本だが、めっぽう剣が強い。

「退屈だなあ」と良言いながら、悪を懲らしめていく痛快時代劇である。

「現代によみがえる退屈男。良いかもしれない。

儂には、剣は無いが、金という使える武器がある」

つぶやいた声を聞いた人は居なかった。


風早は街に繰り出した。

ちょっと考えた。

ビジネスで知り合った人間が多い場所はやめておこう。

せっかく隠居して退屈男になったのだ。

かといって、まったく知らない場所にいきなり行くのも無謀というものだ。

とりあえず、養生院に転院する前に入院していた大病院に行ってみた。

死にそうになって寝ていただけだから、実はよく知らない。


「退屈だなあ」言って、待合室に入ってみた。

広い待合室だが、まったく記憶にない。


何となく眺めていた時だ。

驚いた声が上がった。

「風早さん?」

担当だった看護師だ。

「ええっ! 回復なさったのですね。お元気そうで見違えました。良かったですねえ。

教授、ほら、特別室にいらした風早会長ですよ。教授が担当なさってましたよね」

老齢の医師は、声もあげずに、ただ驚いていた。


「あの節は世話になりました。おかげでこの通り。ぴんぴんしている」

赤塚教授は、蘇った死人を見たように、目を大きく見開いていた。


「いやあ、まったくの健康体になってしまって。

退屈で……退屈で……むふぁあ〜、ならねえ」

のんきに、あくびをしてみせた。


それは「旗本退屈男」ではなく、落語の「あくび指南」である。

落ちを間違えてしまった風早であった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ