62 行方不明の老人がジジババ友の会に居るとは限らない
ジジババ友の会に対する悪評は、少しも収まらなかった。
いつの間にやら「突撃潜入ルポ」なる署名記事が話題になっていた。
書いたのは、瓦版助というフリーのルポライターらしい。
月見養生院の出入り業者から聞きつけた白亥が、記事を探して持ってきた。
「いつの間に潜入されたんですか」
確かに瓦という男が潜入しようとした。
しかし、入会を断ったし、応接室とトイレまでしか入っていない。
あれは潜入だろうか。はなはだ疑問だ。
会員の中には、道を聞くなどを装って話かけられた人がいたようだが、たいした話はしていない。
得意の蘊蓄を縷々語ったら、いつの間にか消えたということもあったらしい。
だが、記事には、最後にバクダンがあった。
資産ごと行方をくらませた資産家がいる。
その親族が、ジジババ友の会の仕業ではないかと疑っていると書いてあった。
行方不明の扱いになっているかもしれない会員は居る。
大層な資産を持っている会員も居る。
しかし両方を兼備えた会員は居ない。
会員の中に、心当たりがある人は居なかった。
「消えた資産家」と銘打って、騒ぎは以前にも増して大きくなっていった。
ついには、警察が来た。
「行方不明者の捜索にご協力ください」
そうは言うが、生活安全課には見えなかった。
警察官も色々だ。テレビドラマに出てくるような優男も居ないではない。
しかし、正反対のタイプも居る。
以前、近くの寺で葬儀があった。
たまたま通りかかったみみ子はビビった。
暴力団幹部か親分の葬儀かと思った。
葬儀だから全員真っ黒である。威圧感がすごい。
しかし、門前の立て看板を見て安心した。
警察幹部の葬儀だった。
素人では見分けがつかない場合もある。
それはそうだ。暴力団を取り締まらなくてはならない人たちだ。
見るからに強そうな警察官が必要だ。たぶん、あの人たちは本当に強い。
友の会に来た警察官は、あの時ほど物騒には見えなかった。
しかし、しっかりと警戒しているのが分かる。
目つきが油断していない。
みみ子は、その目つきを知っている。
道に迷って、交番に行った時のことだ。
親切そうなおまわりさんだった。
目印にと聞いていた店の名前を言ったとたん、目つきが変わった。
どうやら、警戒対象の店だったらしい。後から知った。
「もちろん協力いたします。
恭子さん、会員名簿を持ってきて」
ちゃんとしておいて良かった。
名簿には、名前、生年月日(本人の申告)、住所(月見荘の住人を含む)、特技、趣味、その他。
分かりやすくまとめておいた。
「コピーをとりますか」
「お願いします」
無難なやり取りをした。
「この 樫和木俊介さんは、いらっしゃいますか」
聞かれたみみ子は、思わず「誰?」と言いそうになり、飲み込んだ。
名簿を見れば、特技・大工仕事。趣味・大工仕事。
間違いなく名人だ。そんな名前だったのか。
「恭子さん、名人が居たら呼んできて」
「名人?」
「ここでは、皆そう呼んでます」
「なんでえ。卓矢がまた何かやらかしたのか」
入って来るなり、名人は言った。
「樫和木俊介さんですね。卓矢さんというのは、お孫さんでしたか。
経緯のあらましは聞いていますが、確認させてください」
名人は、前回の騒動をかいつまんで説明した。
「まったく、早とちりしやがって、すっかり友の会に迷惑をかけちまった」
「お元気そうですね」
「おうよ。友の会のおかげで、バリバリだぜ」
「ありがとうございました。
ところで、この名簿は現会員の名簿ですよね。退会した会員のリストはありませんか。
そちらも見たいのですが」
「退会者リストはありません。退会した人はいませんから。
ジジババ友の会は、まだ新しい会なのです」
「では、この人を知りませんか」
警察官は写真を差し出した。
あまり良い写真ではない。集合写真かスナップの一部を拡大したものだろう。
じっくりと眺めたが、見覚えは無い。
名人と恭子にも見せたが、知らないらしい。
「記憶に無いですね。誰なんですか」
「大金茂地多さんという人です」
「やっぱり知らない人のようです。
何かの事件の犯人なんですか」
「いいえ違います。テレビで見ませんでしたか」
「有名人なの?」
「いいえ、行方不明になっていて、捜索願が出ています。
ワイドショーに写真が出ました」
「ワイドショーは、あんまり見てないかな。
ご家族は心配ですね。いつから行方不明なんですか?」
「はっきりしているのは、三年半前くらいには、消息がつかめなくなっています。
正確にいつ消えたのかは分かっていません」
「行方不明になってから、ずいぶん経つんですね。
三年半も前だと、ジジババ友の会はありませんでした、
個人的に知っている人がいるかどうか、会員に聞いておきます」
「いまいる方だけでもいいので、直接聞いてみたいです。よろしいですね」
こう言われたらしょうがない。会館内を案内した。
その時間に会館に滞在している会員は少なかった。
警察官たちは、写真を見せて聞き込みながら、様子をうかがっていた。
会館というには多少おかしなところもあるが、一番おかしいのは会員だ。
みみ子が心配なのは、そこだ。
なんとかやり過ごせたと思う。そこは、最低限の危険を回避したはずだ。
警察が帰った後、みみ子は手元に残った会員名簿を、しげしげと眺めた。
特技・バイク乗り 趣味・放浪
たぶん桃太郎だ。本名は、天翔桃というらしい。知らなかった。
男の子で「桃」はきつい。桃太郎と名告る気持ちは分かる。
子どもの頃は、さぞや色々あったことだろう。
特技・生活力 趣味・気象観測
はぐれ雲のグレさんだ。
本名がなんと、高倉健。言いたくなかったんだろうな。
備考欄に、「絶対に本名を呼ぶな」と書いてある。
めんどくさい事になるうえに、本人に取っては面白くない。
はぐれ雲は器用な人だ。
「自分、不器用ですから」とは、決して言わない。
会員の秘密を知ってしまったみみ子であった。




