61 不審な入会希望者
異世界にもジジババ友の会会館を造る。
計画の実行に向けて、会員が準備を始めた。
いつにも増して慌ただしさを増した会館のインターフォンが鳴った。
カメラ越しに見知らぬ男がいた。
「どちら様でしょうか。ご用件は」
桃太郎が応答した。
「入会を考えています。ついては、お話を伺いたい」
年寄りには見えなかった。
働き盛りの年頃に見える。
しかし、近頃は若く見える年寄りも多い。
身だしなみや服装が若いばかりでなく、身体を鍛えて身のこなしが若々しい人がいる。
単純に見た目だけでは判断できない。
実際に、会館の居間でワイワイやっている連中も同じだ。
年齢を言えば、驚く人も多いだろう。
「会長、入会希望者です」
みみ子に取り次いだ。
みみ子は、とかく暴走しがちな話し合いを、たしなめている最中だった。
「へっ、入会希望? こういうのは初めてね。
入会希望なら、話だけでも聞かなくちゃね」
「いやな予感がします。気をつけて下さい」
「そうなの? 桃さんが言うなら、気をつける」
桃太郎は勘が良い。
一見、行儀の良い無害な爺さんに見えて、なかなか役に立つ。
応接室に通す。
「空原みみ子と申します。入会をご希望ですか」
「はい」
「どうしてでしょうか」
「どうしてとは?」
「志望動機です。面接の定番でしょ」
男は、少し考えて答えた。
「面白そうな会があると小耳に挟みまして。
それでは駄目でしょうか」
「動機としては問題ないです」
ただし、どんな小耳なのかは疑問が残る。
世間からの評判は、よろしくない。悪評は続いている。
「入会するには、金持ちじゃないと駄目ですか。資格が必要ですか」
「そこ、きますか。よござんす。答えましょう。資格は必要です。
先ず第一に、還暦を過ぎた隠居であること。
見たところ、還暦を過ぎているようには見えませんが、極度の若作りという事もあるので、念のためにうかがいます。
あなたに資格はありますか」
「残念ながら、ありません。でも、知り合いにはいます。
彼も興味を持つと思いますので、その他の資格も教えてください」
「ごめんなさ〜い。入会審査は、受けるご本人にだけ教えることになっています。
残念ですが、お引き取りください」
「では、せっかくきたのですから、見学はできませんか。
せめて、会員の方達がどのように過ごしているのかを見たいです」
「皆でだべっているだけですから、部外者が見ても、面白くないと思います。
では、門までお見送りします。どうぞ」
案内するまでもなく、出口から一番近い部屋だが、門を出て行くまで見送りたい。
おとなしく出て行くかと思われたが、
「すいません、お手洗いを貸してください」
男は、突然身を翻して奥へと向かった。
「あらあら名無しさん。お手洗いはそっちじゃありませんよ」
手洗いは複数ある。年寄りは、我慢できない場合があるからだ。
一番近いのが出入り口付近。つまりは応接室の隣だ。
「名無しさんたら、あわてんぼさんだこと。ここですよ。どうぞ」
男は、仕方無さそうにトイレに入り、しばらくして出てきた。
みみ子が待ち構えているのを見て、諦めたように小さく舌打ちした。
年寄りだから耳が遠いと思ったなら、みみ子を侮っている。
しっかり聞き取った。
「ここまで来ても、どういう会なのかさっぱり分かりませんでした。
隠してませんか。隠してますよね。
あまり隠すと、後ろめたい事があると思われますよ」
「人間、生きていれば後ろめたいことの一つや二つはありますでしょ」
みみ子は、澄まし顔で答えた。
特に若い時は、誰でも「後ろめたいこと」のオンパレードだ。
思い出すと、ぎゃあと叫んで地面に潜りたいことなど、いくらでもある。
若気の至りとも言う。気にしたら負けだ。
「何も分からなければ、入会しようとする人はいないでしょう。
会員は増えません、それで良いんですか」
「はい、会員の募集はしていませんから。
そもそも名無しさんは、初めから入会する気が無いですよね」
「どうしてそう思うんですか」
「ほら、名無しさんと呼んでも返事をするし。
それとも、ほんとに名前が名無しさんだったりして。
名前が名無し。おもしろーい」
「瓦です」
ついに男が折れた。名前を言った。
その時、居間へ続く扉が開いて藪小路奈緒子が出てきた。
何人もの笑い声が聞こえる。
一部怒鳴り声も混じっているが、楽しそうな雰囲気は変わらない。
「こんにちは」
藪小路は、軽く挨拶してトイレに駆け込んだ。
「今の人は会員ですか」瓦が聞いた。
「はい」
「女性は、年を取ると頻尿に悩まされる人が多いと聞きます。
僕の……知り合った人たちも大変そうでした。
今の人もそうなんでしょうか」
「違います。おおかたコーヒーを飲み過ぎたんでしょう」
藪小路は、猿が入れるコーヒーを、とても気に入っている。
会館に来ると、がぶ飲みする。
「コーヒーには利尿作用がありますからねえ」
瓦は利尿作用のある飲み物に付いて、誰でも知ってるようなことを立ち話で続けた。
藪小路がトイレから出てきた。
瓦がすかさず声をかけた。
「ジジババ友の会では何をしているんですか。
空原さんに聞いても、よく分からなくて。
あなたなら聡明そうですから、分かるように教えてください」
この機を待っていたのだろう。
「あら、どなた?」
藪小路は、聡明だ。
「瓦といいます。入会したかったんですが」
「何も分からないなら、入会しない方が良いですわ。
あなたは何をしたいのかしら」
「何をと言われても……困ったなあ」
「したいことが無いなら、入会しても意味が無いですよ」
もう一度言っておこう。藪小路は聡明だ。
「ジジババ友の会は、隠居が楽しむ会です。
改めてうかがいます。
あなたは、隠居になって、何をしたいのですか」




