59 不本意ながら事業拡大
養生ジュースは儲かっていない。
材料費はかかっていないが、輸送費、工場の経費、社員の給料がある。
出荷量も少ないから、かつかつだ。
それでも良いかと思っている。
ジジババ友の会の本分は、隠居が楽しく遊ぶこと。
光果発電装置で、電気代がかからない。
年寄りだし、養いの実があるから食費もほとんどかからない。
レンタル料も入るようになった。
非営利団体だから、それで良い。
異世界では、植物が復活してきていた。
目覚めた樹の周りから、様々な植物が生まれている。
不思議な植物も出現した。
葉影小人草は、人目につき難い小さい草だ。
茂みの中に、ひっそりと身を隠していることが多い。
肉厚で丸みのある葉で、一本だけちんまりと生えているように見える。
見つけて、じっと見ると、目が合ったようにな気になる。
すると、すたこらさっさと走って逃げ出す。
草のくせして、素早く走る。
風吹葛は、ふわふわひゅるりと空中を流れる。
ほとんど透明で、わずかに黄緑色がかった蔦だ。
風に流されるように空中に浮かんで移動する。
時期がくれば、花も咲けば実も生るらしい。
どちらも怪しく、滅多に見られないが、立派に植物なのだという。
残念ながら、河童もツチノコも発見されていない。
そのうちに何処からか出てくることを、みんな楽しみにしている。
のんびり愉快な異世界ライフを楽しんでいた。
それこそが、ジジババ友の会のやるべきことだ。
現実のせわしない世間に関わるのは、ほどほどに。
運営費は、あぶく銭を手に入れた会員からの寄付と、少しばかり入って来る光果発電装置のレンタル料で、なんとか賄える。
ジジババ友の会は非営利団体なのだから、それで良いのだ。
世間の悪評に耐えながら、いや違うな、さらりと無視して、そう思っていた。
目端の聞く人間というのが居るものである。
光果発電に気づいた個人タクシーがあった。
貸し出しをしている会社に知り合いがいた。
風早の旧友である社長の運転手だ。
信号待ちの時、路上で直ぐ近くに停まり、お互いに気がついた。
窓越しに「おう」となり、夜になって久しぶりに電話した。
お互いの近況をひとしきり話した後、タクシー運転手は、何気なく聞いた。
「あれ、最新の電気自動車だろ。良いのに乗ってんな。
転がし具合はどうだい。屋根に乗ってる黒い玉は何なんだ」
単に話のついでに聞いただけだった。
なのに、返事がおかしい。しどろもどろになった。
「黒い、玉、んん、あれは、会社が、レンタルしている。
まだ、試作品、かもしれない。経費削減の一環、らしい。
おおっぴらにはできない、みたい、だ」
驚いた。会社のマークかなんかを載せているのか程度に軽く考えていた。
何かありそうだ。ピンときてしまった。
「ほほう、あれが付いていると、経費削減できるのか。
俺も付けたいよ。ガソリン価格が不安定で、大変なんよ。
組合の連中も、皆ぼやいている。
社長の運転手なんだろ。頼んでよ。俺だけでいいからさ」
運転手は、言っては見たもの、あまり期待はしなかった。
おおっぴらにできないなら仕方がない。
美味い話は、しがないタクシーの運転手には回ってこないのが世の常だ。
後日のことだ。
社長の運転手は、車中の無駄話として、この話をしたのだった。
「大丈夫です。肝心なことは話しませんでした。ちょっとひやっとしましたけどね。
そいつ、昔から、めざといというか、勘が良いというか」
何気ない会話だった。
話を聞いたのが、風早の旧友だったのが問題だった。
企画書を持って、ジジババ友会にやって来た。
子会社を作る。
光果発電装置のレンタル事業を任せて欲しい。
車の改造と設置は、初期費用として使用者負担にする。
信用できる整備工場に当てがあるから、口止めした上で、そこに依頼する。
初めは友の会から、指導者を派遣して欲しい。
管理と料金の徴収は、新しく作る子会社がやる。
レンタル料は、今の金額を卸値として、七がけで計算する。
一ヶ月1400円でも十分安い。安すぎるかもしれないくらいだ。
友の会は、装置を卸すだけで良い。
「販売しないというのは残念ですが、レンタルで十分行けます。
営業車をたくさん走らせている業種の企業から、信用できるところを選んでに営業をかければ、飛びつくこと間違いなしです。
個人タクシーのベテラン運転手が、組合に話を持ち込んでくれることにもなっています。
上手くいけば、いや、上手くいくに決まっていますが、ゆくゆくは路線バスにも付けたいですね」
部外者用の応接室で話を聞いていたみみ子と音無恭子は、話に付いていけない。
「えーと、……社長さん」
風早の旧友だとは覚えていたが、名前はすっかり忘れた。
はじめから覚える気がなかったともいえる。
「鷹白です」
お見通しだ。
「鷹白さん、話が大きすぎるような気がします。
知り合いに貸し出すだけとは訳が違います。私の手に負えません」
「大丈夫です。友の会の意向に沿うように、全て手配します。
企業秘密は守ります。
ジジババ友の会さんが表に出ないよう取りはからいます。
表に出した方が良ければ、そうしますが」
「いえいえ、ちきゅ……世間から目立たぬように、ひそりと楽しむ隠居の会です。
目立っては困ります。近頃悪い目立ち方をしていますが、一刻も早く沈静化して欲しい」
「それなら、やっちゃいましょう。あの黒玉君は、可愛いです。
もの静かに屋根にたたずんでいるだけなのに、そこはかとなく穏やかな存在感があります。
あんなに小さいのにすごい力があると思うと、見るだけで、なんだか楽しくなって来る。
おかげで経営も大きな黒字が出たので、社員の福利厚生に力を入れました。
黒玉君は、良いものです」
説得されてしまった。
鷹白氏は、光果の熱狂的愛好家だった。
「心配しないでください。
黒玉君が悲しい思いをしないよう、秘密は絶対に守ります」
光果発電装置の材料は、光果以外はホームセンターと電気部品のパーツ屋で買える。
少し見栄えを考えて、結絵は設計し直した。
部品をいくつかに分けて、注文発注することにした。
バラバラに見ても、何に使うか分からないように。念のためだ。
もっとも、組み上がったものを見ても、たぶん分からない。
その上、謎な植物細胞がなければ、誰も作れない。
苔山雷垂彦から取って、苔雷と呼ぶことにした。
いいかげん、謎の植物細胞という怪しい呼び方は卒業したい。
今後は「謎の」を禁止ワードにしたいと思案するみみ子だった。




