58 缶入り養生ジュースだよ
養いの実を外に出すなら、ジュースにしよう。
そのように話は決まったが、そうなると簡単ではない。
趣味で栽培した農作物を販売するためなら、許可は要らない。
だが、ジュースにするとなると、製品になる。
食品衛生のの認可とかが要るかもしれない。
保健所かな。そこを調べなくては。
入れ物をどうするかも問題だ。
瓶、ペットボトル、缶、紙パック。
養いの実は、二三ヶ月放置しても大丈夫だが、ジュースにした時の消費期限はどうなる。
そんなことも調べた方が良いだろう。
そもそも、誰が何処でジュースにするのか。
なかなかに面倒だった。
大変そうだという事は分かるけど、解決策を持っている会員は、その場に居なかった。
それぞれにいろんな才能を持っているが、食品加工に関しては無力だった。
皆諦めて、異世界の話に移った。
少しずつだが眠っていた樹が目覚めて、昔の異世界がどんなだったか教えてくれる。
森や草原があり、河や湖がある美しい世界だったらしい。
獣や鳥や虫もいた。もちろん地球のものとは違うが、似ているものも居た。
その話で盛り上がった。
河童が実際にいたらしい。
九尾の狐もどきがいたらしい。
尻尾が複数ある猫に似た動物も、炎のように燃える鳥も。
それらは、どこかに生きているのだろうか。
絶滅していたら残念だ。
「ツチノコには、是非生きていて欲しい。捕まえたい」
はぐれ雲が勢い込んだ。賞金が出ているらしい。
隅っこで、チビチビと若水を飲んでいた風早が何か考えていた。
ジュースの製造は行き詰まった。
会館で作れれば、こっちは都合が良い。
しかし、売るとなると、保健所が出入りすることになる。
それは避けたい。
試しに、瓶とペットボトルに入れて保管してみたものは、今のところ問題ない。
手をこまねいていたある日、風早が意気揚々とやって来た。
「食品製造会社を買った」
「乗っ取り?」
会員の私事に関わりたくないが、友の会の評判がこれ以上悪くなるのは勘弁して欲しい。
みみ子は風早を睨んだ。
「違う違う。潰れかけていた小さな会社だ。零細企業だ。
手を出さなくては、確実につぶれていた。救いの神だ」
言葉と違って悪い笑みだ。
「小さな缶詰工場だったが、缶ジュースも作れる。
場所も人目につかない辺鄙なところだ。
周囲にあった中小の工場や店の多くが、潰れている。
そういった周囲もついでに買ったから、秘密は守れる」
したり顔が憎たらしい。
「それを、風早さんが牛耳るという訳なんですね」
「否、経営権はジジババ友の会にあるようにしたぞ。
原料は友の会でしか調達できないだろ。
出資も友の会名義にしたからな。友の会の言うなりだ。
今は、缶ジュース専用に設備を入れ替え中だ。
原料を入れて、取扱の注意点を社員に仕込んだら、稼働できる。
佐藤さんがやる気だ。
恵まれない人を動かして、その気にさせて、こき使うのは得意だからな」
社名は変更しない。
あすなろ食品加工。
「ベタな名前ね」
「その方が目立たなくて良いじゃろ」
風早も、だいぶ分かってきた。
久しぶりに猫田ゆかりに連絡した。
ジジババ友の会のマークと缶ジュースのデザインを依頼したい。
みみ子も一応は美大卒だが、作品制作の才能はない。
在学中に、うすうす気がついた。
何とかしたくて、片っ端から見て歩いた。
美術館、博物館、画廊、催事の展覧会、展示即売会。
目についたら、何でも見るようにした。
そのおかげか、見る目だけは育った気がする。
みみ子が気に入った作品は、専門家にも評判が良かった。
みみ子が目をつけた無名に近い作家が、たちまち人気作家になったりした。
展示会で見た有名画家の作品がおかしい。ピンと来ないと思ったら、後日、贋作だったと判明したこともあった。
なまじ見る目ができると、自分の作品がやばかった。
才能の無さが分かってしまった。
まるっきり無いというほどではないが、どうにも中途半端なのだ。
猫田ゆかりは違う。
プロのイラストレーターになった。
絵を描くのが、とても好きだと分かるような作品だ。
好きこそものの上手なれ。
彼女に任せよう。
仕事の依頼として、猫田を会館に招いた。
「あれっ? ジジババ友の会。どこかで聞いたな。
何だっけ……そうだ、年寄りを騙して喰いものにする悪の組織!
謎多き犯罪集団。まさか、あれと同じなの?」
世間に悪評が広がっているらしい。
「うん、それ」
「ええ〜。空原ちゃん、食われてる?」
「食われてない。あれは週刊誌のガセネタが元だからね。
友の会は、隠居した年寄りの交流会。楽しく遊ぶ会。
犯罪は御法度だよ。法律は守ってる」
「そっか。でも、ネットでは完全に極悪非道呼ばわりだよ」
「そんなに?」
「うん、当事者がのんきにしているのが信じられない。
読んだら死にたくなるかもよ」
「ちょっとだけ読んだ。直ぐ閉じた」
「うーん、見ない方が良いかもね。でも放っておくの?」
「ああいうのって、どうにかできるものなの?」
「無理かな」
ひとしきりため息をついて、依頼内容を説明する。
マークは、大樹を入れて欲しい。
何故なのかは、樹を見せれば、分かってもらえるはずだが……。
無地の缶を用意してある。
養いの実一個分をジュースにした時の容量に合わせて作った。
「中身は、これ。味見してみて」
コップに注いだ養生ジュースを出した。
「うぉー、めっちゃ美味い、気に入った」
「飲むと、嬉しくならない?」
「なるなる。嬉し楽しジュースだな」
「残念だが、名前は<養生ジュース>よ。」
「地味〜〜」
「だから、デザインは、ポップで軽い感じが良いかな」
「じゃあさ。商品名の文字は手書きの可愛い字にしよう。
モチーフは何が良いだろう。悩むなあ」
みみ子は居住まいを正して、真剣になった。
「秘密を守れる? ジジババ友の会の秘密」
「あるんだ。秘密」
「うん、絶対に守れるなら、教える。イメージがつかみやすくなると思う。
だけどね。教えるなら秘密をばらしちゃ駄目よ」
「何それ。ばらすとどうなるの」
「頭がおかしい人だと思われる」
「キャッキャッ。うけるう。あははは、知りたい」
猫田ゆかりは会員になった。
異世界ではしゃいだ。「オー ファンタジー!」
養生ジュースは、あすなろ食品加工に任せることになった。
ジジババ友の会のマークは、大樹のデザイン。
小さくても、幹が太いどっしりとしたシルエットは大樹に見える。
物の怪玉を添えて。
会員に好評だった。
缶の意匠には、さりげなく異世界の生き物が登場している。
猫田は、樹の思い出を、映像として見せてもらったようだ。
長い間空想上の妖怪だと思われていたものが、可愛くデフォルメされている。
明るい色使いだから、一見妖怪には見えない。
まさか実在していたとは、誰も思うまい。
月見養生院と丹生養生院で試して問題なかったので、話のあったホスピスにも流した。




