55 餌食になっているのはだ〜れ
ちょっぴり忙しくも楽しく暮らしていたある日のことだった。
みみ子の元に弁護士から連絡がきた。
山本昭氏の遺言を預かり、執行を依頼されているという。
ついてはその件で話があるので、会いたいと言う申し出だった。
「えっ、山本さんは、亡くなったのですか」
かなりの年だったから、死ぬのは不思議ではないものの、最後にあった時はしゃっきりしていた。
突然の感は否めない。
電話番号は替えていないが、山本老人に教えてある住所は古い方だ。
月見荘の引っ越したことを伝えた。旧山本家の隣だから、すぐに分かるだろう。
連絡してきたのは、山本老人の知り合いだったが、もう一人の弁護士を伴ってやって来た。
山本老人の息子、周二に依頼を受けているという。
「山本さんはお元気だったのに、いつ亡くなられたのですか」
「先々月です。四十九日も過ぎて、納骨も済みました」
おまけに付いて来た方の弁護士が答えた。
「最後に、息子さんが看取ったんですね。それは良かった」
「えーと、老人ホームで亡くなったようです。
細かいことですが、最期には間に合わなかったみたいです。
ですが、一応、周二さんが最期まで世話をしたという事でいいでしょう」
「安らかな最期だったのでしょうか」
「はい、そのようです。
朝、朝食に来ないので、老人ホームのスタッフが見に行ったら、亡くなっていたそうです」
「そうですか。で、今日はどういったご用件でしょうか」
「実は、山本昭氏は遺言を残されていまして、私が預かっていました。
老人ホームの連絡先に、息子さんとうちの事務所が書いてあったそうで、亡くなった時に、こちらにも連絡がありましたので、駆けつけた次第です」
「はあ、それが私に何の関係が?」
「その遺言にですね、預貯金は全て空原みみ子さんに、とありまして」
「あらまあ」
そこで、もう一人の弁護士の出番だ。
息子が、たぶん、息子夫婦が依頼したのだろう。
みみ子はすでに無関係だから、相続放棄して欲しい。
そういうことらしい。
土地を売った一億円の残りだろう。
介護付き老人ホームは高いから、多くは残っていないと予想できる。
それとも、わざわざ放棄しろと言ってくるくらいだから、貯め込んでいたのだろうか。
「よござんす。相続放棄は、やぶさかではありません。
ただ一つ条件を付けさせてもらいます」
「どんな条件でしょう」
「お墓参りをしたいので、お墓の場所を教えてください。
どこの老人ホームに入ったのかも知りませんでしたので」
異世界が復活しはじめたことを、せめて墓前に知らせたい。
できれば生きているうちに教えたかったが、それはしょうがない。
報告すれば、みみ子としては、けじめをつけられる。
息子の弁護士は、電話をかけたが捕まらないらしい。
相続放棄の書類は用意してあったが、みみ子は保留した。
「教えてもらうのが条件です。
お墓の場所と引き換えに、署名します」
そこは譲らなかった。
署名したとたんに、しらばっくれる可能性もある。
連絡先を聞いても教えてくれなかった前科がある。
「連絡がついてから出直します」
他にも抱えている案件があって、そっちの約束が控えているらしい。
ひとまず、帰っていった。
これで一安心だ。
そう思っていた。
週刊誌に「ジジババ友の会」を糾弾する記事の第二弾が出た。
会員に週刊誌を読む者がいないので、友の会はいつも通りだった。
しかし、ご町内の皆様の様子がおかしい。
記事に、会館の所在地は、はっきりとは書かれていない。
でも、知ってる人には分かる。
ぼかしてあるが会館の写真まで載っている。
あざとい。
そのことを知ったのは、養生院に出入りしている業者の噂話からだった。
業者は、持っていた週刊誌を見せて、困った顔をしてみせた。
「ほらこれです。私鉄沿線のT町について書いてあることは、月見町みたいだし。
写真はわざとぼかしてあるけど、坂の上に最近できた会館でしょ。
年寄りを騙して金を巻き上げるなんて、酷いことをしますよねえ。
皆さんはしっかりしていますから大丈夫だと思うけど、気をつけて下さい」
業者は、養生院のスタッフが会員だとは知らない。
酷い、許せない、を連発して帰った。
看護師の白亥が、近くのコンビニに走ったが売り切れ。
何軒か、売ってそうな店を回って手に入れた。
記事に依ると、山本さんの土地を、友の会が騙しとったことになっていた。
買ったのに。
土地の持ち主だったYさんの息子さん夫婦は語った。
年を取って判断力の無くなった老人を騙した。あいつは詐欺師だ。
騙されたショックか、Yさんは、その後亡くなっている。
完全に悪者にされた。
みみ子は、参ったなあとあきれた。
望月院長は、トラウマを刺激されたのか、少し暴れた。
「どうしようか。まともに相手にしたくはないんだけど」
「実害が出たら、訴訟を起こせば良いのでは」
事務系全部担当の音無恭子は言うが、みみ子は顔をしかめた。
「いやだなあ、訴訟って、めっちゃめんどくさそうじゃん」
そんなことをするより、遊んでいたい。
最初の記事にあった会員の家族という人間が、騒ぎ立ているらしい。
だんだんと周囲が騒がしくなっていった。
ネットで「ジジババ友の会」を検索すると、誹謗中傷がヒットした。
かなりの数になっている。
猿に頼んで、最初の発信元を探してもらった。
おそらく、それが件の会員の家族だろう。
かなり若い人物であるらしい。
ネットの記事に「俺んちの爺さん」とあるから、会員も騒いでいる家族も男だ。
会員の息子ではなく、孫であるらしい。
餌食にされているのは、一人暮らしをしている爺さんで、かなり頑固。
それでいて人が良いところもあるから、騙されやすい。
そんな「俺んちの爺さん」に、友の会が目を付けた。
このままだと財産を全部取られる。
そんな感じで、まめに悪口を更新していた。
誰だろう?
そうこうしている内に、会館の門には張り紙が貼られるようになった。
出て行け! だの 恥をしれ、詐欺師! だのと、汚い字で勢いだけはよく書いてある。
汚いので止めて欲しいが、言って聞かせても無理だろう。
「案外コソコソとしないんですね。堂々と貼ってます」
会館の居間で、コーヒーを飲みながら言ったのは、音無恭子だ。
監視カメラの録画を見ている。
音無姉妹が会の秘密を守るためと称して、門や出入り口に設置した。
セキュリティが、ガバガバだから、せめてもの対策だ。
「悪いことをしているとは思ってないんでしょ。
悪人に鉄槌を下す正義の味方だと思い込んでるのかもね」
みみ子は、恭子の隣で一緒に画像を見ていた。
貼った後に、してやったりと言う表情をする人まで居る。
こういう手合いと鉢合わせするのも鬱陶しい。
月見荘裏の通用口から出入りしている。
会館の工事中、異世界に出入りするために作ったのをそのままにしてある。
監視カメラの映像と外から撮影した写真は、全部保存した。
張り紙をはがしても、どうせすぐに貼るだろうから、そのまま無視した。
「汚ねえな」「汚いです」
文句を良いながらも、平気で出入りする会員も多い。




