51 入会審査
登場人物紹介
空原 みみ子 異世界を見つけた婆さん
風早 当太 大企業の創立者 生前葬をして、本格的に隠居した
佐藤 風早が連れてきた女性 世界各地で困窮者の救済をしてきた
他、会員数名
しわだらけの頬を赤く染めて、足取りも軽く風早は会館に戻った。
「儂は合格かな。合格じゃろ。
合格じゃなかったら暴れるぞ」
困った爺さんである。
一緒に戻った結絵と桃太郎は、まだ笑っている。
そんな様子を見て、待っていた佐藤は興味津々で寄って来た。
「とても嬉しそうです。面白い体験だったのですね」
「おお、面白いなんてものではないぞ。面白すぎる。
だってなあ、まさか……」
そこで、慌てて口をつぐんだ。
音無結絵、桃太郎に加えて、会館でゴロゴロしていた名人と大道具が飛んで来た。
口に指を立て、そろって、しーっ。
「ん、そうだった。佐藤さんは、まだ会員じゃない。
部外秘、部外秘。お口にチャックという奴だな」
しーっ、とやった四人の気持ちは違う。
部外秘なんて考えていなかった。
知らずに異世界に行った方が面白い。
先輩として、後輩にもあの感動を与えたい。
親切な親心というものだ。
佐藤は、ますます興味を引かれたようだ。
「私も、すぐに審査を受けたいです」
「それは……ちょっと。日を改めましょう。
夜になってしまいましたからね」
「審査は、夜じゃ拙いのか」
風早は残念そうだ。
早く佐藤にも教えたいのだろう。
だが、そうはいかない事情がある。
雲が無くなったからなのか、阿斯訶備比古遅が復活したからなのか、夜になると物の怪が分かりやすく出現するようになった。
たくさん出て来る訳ではない。いつも出て来るとは限らない。
が、初めて行って、あんなのに遭遇すると心配だ。
慣れていないと吃驚する。
いろんなのがいるのだ。
中には、見るからに不気味な奴も居る。
群青色でぶよぶよのサー君が、とても可愛く見える。
会員は慣れて来たが、最初の印象で怖がらせるのはどうかと思う。
みみ子の老婆心である。
翌日、早速に佐藤が来た。
風早もうれしそうに同伴している。
目が赤い。
昨夜は興奮して眠れなかったらしい。
佐藤の入会審査をするべく、渡り門の岩に行った。
風早も付いて来た。
「儂はもう会員だから、良いじゃろ?」
面白そうな顔で、おねだりして来る。
岩の前で楽しそうにしていた風早だったが、その表情が驚嘆と落胆に変わった。
佐藤は、異世界に渡れなかった。
事前に説明しなくて良かった。
みみ子は、内心でほっとした。
三人目だ。
やはり、誰でも彼でも渡れる訳ではないようだ。
入会審査は、必要だ。
佐藤は、風早の反応を見てきょとんとした。
みみ子は、そんな佐藤を連れて、大道具の爺さんが作った神の岩セット(笑)の前に連れて来た。
「ここでお祈りしてください」
神の岩セットに飾ってあったキラキラの枝(樹の骸の欠片)を振らせたり、四方拝をさせたり、ラジオ体操をさせたり、意味の無い事を色々させて、会館に戻った。
「これで、入会審査は終わりです。
残念ながら、佐藤さんは不合格です」
佐藤は、入会審査と称してやらされた事を思い起こして、何がいけなかったのかを考えた。
分かるわけが無い。
みみ子の思いつきで、無意味な事をやらされたのだから。
みみ子は、不合格が出たときの事を考えておかなくてはと反省した。
今回は、さすがに酷かったかもしれない。
もっともらしい手順を相談しておこう。
風早は、黙りこくっている。
余計な事を口走らなくて助かった。
「何が不合格だったのですか」
佐藤が説明を求めた。
当然だが、答えられない。みみ子にだって分からない。
「審査の内容は友の会の極秘事項です。答えられません」
「分かりません。日本語ではどういうのでしょう」
佐藤は頭を指差して「foggy」と小さく呟いた。
その時みみ子は、佐藤に感じた違和感の理由に思い当たった。
佐藤は、海外で生まれ育ったと言っていた。
現地のナニーに厳しく育てられた。
流暢に日本語を話しているが、おそらく、彼女が考える時、頭の中は外国語なのだ。
訳が分からなくて、もやもやしているのだろうが、仕方がない。
みみ子も、渡れなかった理由を知りたいくらいだ。
さあてどうしよう。
佐藤をこのまま放り出して良いものだろうか。
フォローしておいた方が良いのは分かっている。
しかし、何も考えが浮かばなかった。
「すまん佐藤さん。
儂は分かっておらんかった。入会審査がある意味を。
不用意に誘ってしまって申し訳ない。
だが、佐藤さんを手放すつもりは無い。
どうかこれからの丹生養生院の運営を助けてくれんか。
君の手腕が必要だ。
当初の予定通りに、スタッフとして働いて欲しい。
入会できない事は残念だが、佐藤さんが会員でなくとも、養生院の運営に支障はない。
すまんなあ。儂の趣味に無理矢理付き合わせた事になって」
いつも尊大だった風早が、佐藤に頭を下げた。
「……検討します」
それきり、佐藤は黙りこくって考え込んだ。
「ジジババ友の会は、隠居した老人の交流会なのです。
趣味全開で遊び倒す会です。
一度人生を終えて、後は遊ぶだけ。そんな人間の集いです。
真面目な人、現役で頑張っている人には向きません。
考え込まないでください」
みみ子は佐藤に言った。
入会審査のでたらめを見抜かれては困る。
真剣に考えないで欲しいところだ。
しかし、そんなみみ子を、佐藤は真剣な瞳で見つめる。
見つめて考えている。
「秘密……」
駄目だこりゃ。
「私たちにも分からないのです。
秘密を体験できる人と、できない人がいます。
でも、条件が全く分からない。
私たち会員の誰にも分からない」
「人間にはできる事とできない事がある。
人それぞれで、できる事とできない事に違いがある。それは当たり前です。
何故秘密にするのですか」
「言葉で説明しても、精神がおかしくなったか、馬鹿だと思われるからです。
馬鹿だと思われるなら、多少はかまいません。
でも、精神がおかしくなったと思われると、日常生活に支障が出ます。
最悪、治療と称して隔離される危険があります。
現代では科学が発達し、日々新しい技術が生まれています。
それらを駆使すれば、同じような事ができるのかもしれません。
たぶんできるでしょう。
そういうものは、きちんと科学的にも説明できます。
私たちが遊んでいる事は、説明ができません。
説明できない事をするのは、今の人類にとって、異端になるでしょう。
異端者は、古今東西迫害されるものです。違いますか」
佐藤は考えていた。
風早が彼女を紹介する時に言っていた。
世界各地で活躍して、世の中を良く知っている、と。
実際に異端者として扱われた具体例を思い起こしているのかもしれない。
この世界は、あまり寛容ではない。
意見が違うだけで、殺される事もある。
「分かりました。分かりませんが、説明できない事は分かりました。
私は異端者になれない。そういう事ですね。
残念です。風早さんは、とても楽しそう。
一緒に楽しめないのは、とても残念です」
「佐藤さんにも楽しめる事があれば、一緒に楽しめるように考えます。
だから、この会に秘密がある事は、内緒にしてください」




