49 羽布、そして風早の来襲
登場人物紹介
空原 みみ子 異世界を見つけた婆さん
望月 浩太郎 月見養生院院長 事件の巻き込まれ、病院を養生院にした
風早 当太 大企業の創立者 養生院で命拾いした
その他 会員数名
「おーい、戻っておいで。お願い。頼むから」
樹の高い枝に絡んでいる白いものに泣きついた。
なりふり構っていられない。
「空原さん」
谷戸晴美が、ツンツンとみみ子の袖を引っ張った。
「何?」
振り向けば、直ぐ側に二枚の一反羽衣が、行儀よく並んで浮かんでいた。
とすると、あれは……。
一反羽衣ではない何か。
もしかして六尺褌?
しかし、どう見ても一反羽衣に見える。
海風が吹いているのに、なびいていない。
風に逆らって、じっと動かないのは不自然だ。
「フーちゃん、フーちゃんはどこ」
慌てて呼ぶと、使い魔のフーちゃんが、どこからともなく現れた。
頼りになる奴である。
「樹さんの枝に居るのは、一反羽衣よね」
フーちゃんは、ぴょんぴょんと上下に跳ねた。
「そうか、この子たちの仲間なのね」
すると、フーちゃんは左右に揺れた。
「じゃあ、じゃあ、一反羽衣とは別物なの?」
フーちゃんは悩んで、斜めに動いた。
「んー、仲間じゃないけど、一反羽衣」
フーちゃんは、勢い良く上下に跳ねた。
「ねえ空原さん。そこの樹さんにも聞いてみましょう」
谷戸が提案した。
それもそうだ。目覚めているなら、知っているかもしれない。
「初めまして」初対面では、挨拶が大事。
樹は寝起きのようだった。寝ぼけていた。
名前は、天羽雷生都比売。
一反羽衣は、この樹から生まれるらしい。
寝ぼけているので、詳しい説明はない。
『一反? 大きさはまちまちなり。
何故に一反と? まあ、なんと呼んでもかまわぬことはかまわねど、一反……」
「生まれたら、分けていただくことはできますか。
私どもには大層便利……ありがたい物なので。頂けたら、いとうれし」
「羽布は、折々にいくらでも湧いてくる。欲しいのか。そうか。
湧きすぎると邪魔になる。持ってけ泥棒。あれ?」
交渉は、よく分からないダラダラしたものだった。
とだけ付け加えておこう。
枝にあった三枚ばかりをもらい、会館に帰った。
本日、異世界の新たな収穫である。
取り合いになった。
言い出しっぺのはぐれ雲と桃太郎がゲットした。
残りの一枚は、どういうものなのか研究しようという事になり、共有になった。
その結果、確かに最初の一反羽衣とは様子が違う。
八枚に分けた最初の一反羽衣は、八人の空飛ぶ婆さんにすっかり懐いている。
他の人間をあまり乗せたがらない。
しかし、海辺で手に入れた三枚は、意思らしきものがまるで無い。
イメージを通せば、その通りの動くだけだ。
離れればその場でぴくりとも動かなくなり、付いて来たりしない。
普通の布のようだ。
一反木綿の妖怪らしさは無く、便利な道具でしかない。
分けて呼ぶことにした。
天羽雷生都比売が言ったように、羽布と。
言いやすくはないが、短い。
羽布は今後も手に入るらしいと聞いて、はぐれ雲は穴を開けるという暴挙に出た。
そこからカメラのレンズを突き出し、空中写真を撮ったのだ。
地図作りがはかどると、山川谷男もほくほくだ。
穴を開けても問題ない事が判明した。
地域情報は、猿に報告してまとめている。
異世界の事が、少しずつではあるが分かって来ていた。
まだ、荒れ地ばかりだが。
◇ ◇ ◇
「わっはっはっは、儂を舐めるなよ」
養生院の関係者が、会館に来ることが少なくなったと思っていた。
そんなある日、めんどくさい患者だった風早当太が養生院に襲来した。
いつもの水木秘書は居ない。
代わりだろう、初老の女が後ろに居た。
「正真正銘の隠居になった。誰からも文句を言わせないぞ」
独立法人を作って、財産の一部を移した。
資産の管理と運営をする法人だ。
風早が請われて手助けしていた事業は、そこが引き継いで管理する事になる。
法人は風早が築いてきた世間のつながりを引き継ぐ形になるが、それ以外は自由に裁量して良いことにしてある。
家族親戚にもそれなりの財産を分与した。
本人が生きているからか、不満は出なかった。
「生前葬を盛大にぶちかましてやった。
世間的には死んだ事になった。
どうだ、どこからどう見ても隠居だろう」
「幽霊かな」
望月院長は、嫌な予感がした。
「つぶれかけた病院を買った」
やはり、嫌な予感は当たっていた。
「県境にある山の中、ど田舎だ。
以前、大々的な開発計画があったらしい。
開発を見越して、地価が上がる前に大きな病院を建てた奴が居た。
大病院のぼんぼんだ。
しかし、開発計画は、地元の反対運動に負けて頓挫した。
古くからの大地主が、最後まで首を縦に振らなかった。計画が甘い。
環境だけは、とても良い。
だからサナトリウムにしようという案もあったが、これも頓挫した。
設備は整っているが、患者が来ない。
あわや廃病院になって、幽霊探しのメッカになりそうだったのを買った」
長年僻地医療に頑張っていた信頼できる医者を引っ張って、院長に据えた。
「名前も変えた。
『丹生養生院だ」
月見養生院の面々は、あっと思った。
最近聞いた名前だ。
そこからの転院者が二人来ている。
すっかり回復して退院した。
風早は、にやり、会心の笑みを浮かべた。
「大自然に囲まれた閑静な病院で、ゆっくりと養生する。
どうだ、町中の養生院よりも説得力がある。じゃろ?
宣伝はしない。ひっそりと目立たずにやる。秘密は守る。
スタッフも、信頼できる口の固い奴を集めた。
本部の意向は守るぞ。一口乗せろ」
「支部にした覚えはないな」
望月は、警戒をあらわにした。
「ほお、やっぱり院長が代表者なのか。
ジジババ友の会とやらいうふざけた会……楽しそうな会の代表も院長なのか?」
風早は、楽しそうにうなずいていた。
「違うな。代表ではない。俺はただの会員だ」
「では代表に合わせてくれたまえ。話がしたい」
言われた望月は、はて、と思った。
代表って、誰だ。
空原みみ子は、大家で地主だ。
友の会の口座の名義人でもある。
でも、あの人は、代表なのか。
望月の胸に、一抹の不安がよぎる。
代表っぽくない。




