47 みみ子の推理
主な登場人物紹介
空原 みみ子 異世界をみつけ、復興させようとする婆さん
音無 結絵 障碍を克服し、マッドサイエンティストを目指す婆さん
阿斯訶備比古遅から聞いた千年前の顛末は、みみ子が物語風に書き起こし、掲示板に張り出した。
細かい描写も入れて、活劇風になっている。
爺さんたちにも、面白いと受けた。
書いていて、気になることができた。方角である。
阿斯訶備比古遅が居たのは、大蛇の島から北北西。
友の会の拠点、渡り門からみて西だ。
鬼は、どこから来たのだろう。
推理の時間だ。
友の会が出入りしている渡り門から渡ったのだろうか。
そうだとすれば、阿斯訶備比古遅の御座所だったところから遠いのではないだろうか。
物の怪は、阿斯訶備比古遅が隠した。
便利な移動手段は無かったはずだ。
陸路は険しい、と桃太郎は言う。
行くだけでも大変だろうに、鬼は途中で手下と大荷物を加えている。
手下はともかく、大荷物を運ぶのは大変だ。
阿斯訶備比古遅の記憶にあるのは、本当に大荷物だ。なまなかの量ではない。
それに比べて手下の数は、それほどでもない。
船で運んだとしても、一度に運ぶには、それなりに大きな船が要る。
望月院長に聞いてみた。
院長は、近頃、いっぱしに海の男を気取っている。
陸地沿いに西に行くには、潮目を読むのが難しいらしい。
陸から大きく離れた方が良いのだろうが、それはそれで進む方角を決めるのが難しい。
星の位置が地球とは別物なので、方位磁石だけが頼りだ。
となると、西には別の渡り門があると考えた方が、理にかなう。
一度行くだけなら、できるかもしれない。
しかし、鬼は手下と荷物の為に往復しているのだ。
そこまで考えたみみ子は、凭浜門守命を訪ねた。
「こんにちは、ご機嫌はいかがですか」
やり取りにも慣れて、すっかり気軽な調子になった。
「上機嫌であるぞ。青い空は良い。
千年前を思い起こす。
阿斯訶備比古遅様を救ってくれたよし、まことに感謝にたえぬ。
そなたらの活躍は、使いの物の怪より伝え聞いた」
「お役に立てたようで嬉しいです。
さて早速ですが、気になるので教えて欲しいことがあります。
異界を渡る門は、ここだけなのでしょうか」
門がここだけだとしても、他に異界を渡る方法があるかもしれない。
門が無くても、とことん突っ込んで聞きたい。
「いや、他にもある」
門守命はあっさりと肯定した。なんてこった。
「では、阿斯訶備比古遅様を襲った鬼は、他の門から来たのでしょうね。
以前の御座所は、ここからでは遠いのでしょう。
今、そこはどうなっているのかしら」
また鬼が襲ってこないとも限らない。
危険があるなら、防衛を考えなくてはならない。
「我には分からぬが、この門ではない。鬼は通していない。
確かに、御座所は遥か西にあった。遠い。
雲の災いが起きてから、樹が次々と眠りにつき、<ケ>の道が途切れた。
離れた地の様子が、全く分からなくなった。
阿斯訶備比古遅様が蘇ったからには、眠りについていた樹たちが目覚めよう。
そうなれば、<ケ>の道が通じるようになる。
しばらく待ってもらえば、眷属を遣って調べることができよう」
みみ子は、もちろんお願いした。
「渡り門は他にいくつあるのですか。二つだけなのかしら。
渡り門を使わずに異界を渡る方法は、ありますか」
ついでとばかりに疑問を畳み込む。
渡り門は二つだけではないことは確かだが、いくつ在るのかまでは知らないと門守命は言う。
たくさんあったら心配だ。できれば調べておきたい。
知る限りにおいて、ほかに異界を渡る方法は無いとのこと。
そこは、安心材料だ。
「私たちの世界——地球以外には、どんな世界に渡れるのかしら」
そんなことを聞いたみみ子に、門守命は一瞬答えに詰まった。
「何を言う。みみ子殿の世界だけである。
異界を渡るなどは、本来あり得ぬことだ。
そうそうむやみに異界と行き来ができてたまるものか」
「……という事は、鬼は地球出身なの——っ」
これは、あかん。
滅びかけた世界を救ったと喜んでいた。
英雄気分でちょっぴり誇らしくもあった。
だが、そもそもの原因も地球人かい。
がっかりである。
雲消しの仕事は必要がなくなった。
みみ子は暇である。
会館の居間でゴロゴロしていた。
「千年前の地球に……物騒な鬼が居た。
鬼は、言葉も思いも通じない異質な存在。
本来なら、渡り門は通れなかった。
う〜ん、千年前なら、鬼が居そう。
酒呑童子とか、渡辺綱に退治された奴とか。
しかしなあ、激しく燃える黒い粉ってなんだよ。妖術か?」
やって来た猿に、ちょうど良いところに来たとばかりにコーヒーを頼み、ぶつぶつ言っていた。
「空原さん暇そうですね。お猿さん、私にもコーヒーお願い」
やって来たのは音無結絵。彼女は忙しそうだ。
「何をぶつぶつ言ってたんですか。
暇なら手伝ってくれませんか」
「いえね、激しく燃える黒い粉って何だったんだろう。
そんな物騒なものを持ってる鬼がまた来たら、嫌だなあ。
物騒だなあと思ってね」
「たぶんですけど、黒色火薬じゃないかしら」
「千年前だよ。そんなものがあるの?
ルネッサンスの三大発明だって習ったわよ。
ルネッサンスはまだ来てないはず」
社会の授業では、そう習った。
しかし、黒色火薬はもとより、羅針盤も原始的なものを中国やインドで使っていたらしい。
活版印刷の元ネタは、言わずと知れた木版印刷である。
日本でも、それなら江戸時代には多いに活用していた。
三大発明は東洋の発明を、効率的な形に改良したと言うべきだろう。
それでも、立派な成果である。
そこから機械文明が飛躍的に発展したのだから、たいしたものだ。
ズズーッとコーヒーをすすって、結絵は続けた。
「中国にはあってもおかしくないです。
紀元前に、不老不死の薬を作ろうとした錬金術師が調合した薬で、家が丸焼けになったという記録があるそうです。
調合のレシピが残ってるそうです。
危ないから止めろというつもりで、書き残したんだろうって。
それを元にして、黒色火薬はできたらしいです。
千年前なら、あってもおかしくないです。
危ないから止めろと書いてあったら、やっちゃうんですよね。
人間て怖いわ」
マッドサイエンティストとは思えない発言である。
「えっ、じゃあ、鬼は中国人?」
「そこは、なんとも……。今となっては調べようがありません。
それより、手伝ってくれませんか」
言われてみれば、千年前だ。検証できない。
「で、何を手伝えば良いのかな」
「光果を集めたいのです。
天津聳地嶺の裾野には、まだまだたくさん転がっているのです。
何しろ千年分ですから。
実と蔕を現地で集めれば、効率的に採取できます。
実と蔕は、互いに引き合っています。慣れれば分かります。
空原さんなら、すぐコツをつかめますって」
光果は、雲が厚くなり異世界が暗くなってからだから、千年よりは少ない。
天津聳地嶺の麓にいる樹も、八百年ほど前からだと言っている。
それでも多いことは多い。
「そんなに頑張って集めてどうするのよ。
もう雲はないわよ。使い道がないんじゃないの」
みみ子の言葉に、結絵はニヤリと笑った。
「使い道があるかもしれないじゃないですか。
研究中ですが、上手くいったら、エネルギー革命かもです」
本人が宣言した通りに、マッドサイエンティストっぽくなって来た。




