46 昔話 鬼の襲撃
登場人物紹介
阿斯訶備比古遅 やっと芽を出した樹 大海の雲が湧く島に居る
常闇の玉藻 島を守っていた物の怪 阿斯訶備比古遅の使い魔
ジジババ友の会会員の四人
阿斯訶備比古遅から伝えられた話は、長かった。
千年前まで、異界より渡り来る客人が居た。
渡り門を渡る客人は少なかったが、それらは樹と互いに敬い合っていた。
樹にとって異界の人というものは、この世界の生き物とは違っていて、興味深かった。
人もまた樹の知恵や知識を喜んだ。
人に合う薬草、気の扱いなどを教えた。
ほどの良い付き合いが続いていた。
どちらも、相手に必要以上に深入りしない礼節があった。
だがある日、樹とは意思の疎通ができない者が現れた。
普通なら、渡り門はそのような異質な存在を通さない。
しかし、それは人を脅し、弱みを作って責め、どんな手を使ったのか、むりやり渡って来た。
その者は、この世界を支配しようと欲した。
この世界のすべてを、自がものにしようと企てたのだ。
幾人かの手下と大荷物を持ち込んだ。
奴にとって邪魔だと思う樹や、醜いと断じた樹をめった打ちに打ち砕き、あるいは切り倒した。
その価値観は、奴の身勝手に由来し、他を顧みないものだった。
好き勝手に蹂躙した。
奴に脅され、渡りに手を貸した人は、惨状に怯えた。
樹から利用できる知識を引出せと命じられるに及んで、奴を諌めたが聞き入れられず、自ら死を選んだ。
そ奴は、まさに鬼であった。
樹は鬼を受け入れられない。
もとより言葉も思いも通じない。異質な存在である。
この世に生きとし生けるものは、奴を拒んだ。
物の怪も姿を隠した。
たいそう腹を立てたが、そうなっては奴に有用なものはこの世界には無い。
出て行くと思っていた。
だが、まだあったのだ。
手つかずの広い大地。
豊かな地味にあふれる土地。
そやつは、どこまでもどん欲だった。
樹は草木に命じて、この世界を守ろうとした。
食糧にできる実を付けず、水を隠した。
水の無い大地は、ただの鬼には利用できないはずだ。
それでも出て行かなかった。
豊かだった森が草原が、鬼の目の前で瞬く間に役立たずになった。
不思議に見える現象を見て、樹が命じていると察した鬼は、暴挙に出た。
樹を統べる存在、阿斯訶備比古遅を攻撃した。
阿斯訶備比古遅を滅すれば、元に戻せると考えたらしい。
阿斯訶備比古遅は巨大で硬い。
鬼の持つ槌ではびくともしない。
鬼の持つ鋭さに欠けた斧では、傷さえ付かない。
しゃにむに攻撃したが揺るがない阿斯訶備比古遅に、鬼は毒を注いだ。
その上で、火をかけた。
枝葉は少しばかり焼け焦げたが、阿斯訶備比古遅にとって、大きな損害にはならない。
毒も、時をかければ解くことができるだろう。
すると、鬼は黒い粉を持ち出して来た。
苦労して阿斯訶備比古遅の周りと枝葉に、まんべんなくふりまいた。
火をつけた。勢い良く燃えた。
そこまでは、まだ高をくくっていた。
しかし鬼は、竹筒を投げつけて来た。
おそらくは、黒い粉を詰めてあったのだろう。
火の中で、激しく爆ぜた。
その上、用意していた仕掛けを使い、大きな石を飛ばして来た。
樹は、滅多なことでは自ら動くことはしない。
動くのは、この世界の為であり、逃げる為ではない。
多くの<ケ>を集め、秘技を使う必要があった。
眷属の生き物と使い魔は、すでに逃がしてあった。
自らが鬼に抗う術は、残されていなかった。
もう終わるかと思った。
この世界は、鬼に蹂躙される。
鬼を見くびっていた。
秘技を使って逃れるには、遅すぎた。
炎にまかれる中、残念に思い、悔やんでいる時だった。
眷属と使い魔が飛び込んで来た。
眷属は鬼に向かって戦いを挑んだ。
おそらくはほとんどが殺されたろう。
使い魔は、ほとんどなす術はなかった。
風は炎の勢いを増すばかりだ。
あそこまで燃え上がると、水の力だけでは無駄に時がかかる。
土も同じく遅すぎた。
闘いを得意にする武神——大山津美が天駆けて来たが、阿斯訶備比古遅は滅びかけていた。
だが常闇の物の怪——玉藻が、炎をかいくぐって近くに来た。
玉藻に命じた。
鬼に見つからぬ所まで逃げ、種を育てよと。
次代の種を託した。
もう元の樹体は、戻らないほどに傷み、壊されていた。
「まさか、海のただ中まで逃げたとは思わなかった。
玉藻もよほど怖かったのであろう」
大慌てて生み出した種だ。
すぐに芽を出すことができなかった。
種が熟すのに、いくらかの時が必要だった。
しかし、心配した玉藻たち使い魔が、余計なことをしまくったらしい。
産屋の雲を厚くし過ぎた。
水を溺れるほどに注いだ。
樹の指令が無ければ、うろうろふわふわしているだけの存在だ。
自ら考えることは得意じゃない。
阿斯訶備比古遅が不在のままに千年がすぎてしまった。
『我は 樹の親 樹の王 樹の神
不在の間、この世のものたちは心細かったであろう。
気の毒なことであった』
阿斯訶備比古遅は、樹の種を生み出す存在なのだという。
草木を生む樹や、生き物を生む樹、物の怪を生み出す樹はある。
他にも様々な技を持つ樹は居る。
だが、阿斯訶備比古遅がいなければ、新しい樹は生まれない。
千年もあれば、命を終えた樹もいると思われる。
それがどれほどになるのか、地球人であるみみ子たちには推し量ることもできないが、新たな命が生まれるなら、この世界は続くだろう。
ひょっとしたら、ジジババ友の会は、一つの世界の滅亡を阻止したのかもしれない。
たいしたものだ。
『そなたらが来なければ、危ないところであった。
礼がしたい。
望みがあれば、できる限りに叶えよう。
何が欲しい』
「……」
「…………」
「………………」
三人は、何も思いつかなかった。
あんなに頑張ったんだから、お礼は嬉しい。
「では、我々が困った時に相談に乗っていただき、助けていただく。
というお約束では、いかがでしょうか」
高師弥が、提案した。
頼りになる執事である。
ぶっちゃけて言ってしまえば、貸し一つ。
さすが、老獪である。
三人は、顔を見合わせて、笑みを浮かべた。
『そなたらに難儀なことあらば、いつでも相談してくれてかまわぬ。
それで良いのか。礼になるのか』
「一番のお礼です」
会館に戻ってから、その話になった。
「高さん、上手くやった。
急に聞かれても、欲しいものって思いつかないものねえ。
私たちだけで勝手に決めるのも、みんなに悪いし」
高は澄まし顔で言った。
「権威や権力のある方とのご縁は、細く長くが結局は一番の益になります」
やはり、食わせ者である。




