43 ババアVS物の怪集団
登場人物紹介
ジジババ友の会 ババア八人衆
雲が湧く島の物の怪たち ご一同
真っ黒い塊——玉藻が迫って来る様子は迫力だった。
かなり怖い。
使い魔たちが、ささっと動いて、みみ子たちの前に並んだ。
まるで主人を守るかのように。
「去〜ね〜 ここは 清き地なり〜
立つ雲は 産屋なり〜
阿斯訶備比古遅様を継ぐ御方が 新たに生まれる
邪魔だ 疾く 去ね〜」
玉藻が吠える。
気配が殺気立った。
大層なものが生まれるらしい。
しかし、産気づいてから千年は長い。そんなにかかるものだろうか。
無事に生まれるのか心配になる。難産なのかもしれない。
「我らで助けになる事あらば、力を貸そう」
観凪師長は、産婆の資格を持っていたはずだ。
藪小路副院長その他、経験者も居る。
千年も頑張っているなら、何とかしてやりたい。
だが、みみ子の気持ちは通じなかった。
玉藻は、ひときわ大きな唸り声で吠えると、大きく膨らみ形を変えた。
太い大蛇に似た姿で伸び上がり、さらに吠えて何かを呼び寄せた。
応えて現れたのは、赤黒い塊。
やはり大きく膨らんで、大蛇になった。
島のあちらこちらから、青黒いもの、暗い緑色、濃い群青色、禍々しい鼠色、焦茶色、濁った紫、集まったものは、同じように大蛇に変わって、威嚇して来た。
「鎮まれー」
これは拙い。みみ子は大声で叫んだ。全く効果はない。
襲いかかって来た。
「我らは 産屋を守るもの まれびとは 去ねー」
みみ子たちは、慌てて一反羽衣に乗り、空中に逃げた。
一旦空中で止まった阿比子が、襲ってくる大蛇に向かって剣を抜き放った。
華京園家に代々伝わるという、破邪の剣だ。
古めかしいが手入れはされていたようで、しっかりしている。
あんな物を持って来たのか。他の面々は驚いた。
「何が、産屋を守るものですか。
千年も経つというのに生まれないのは、世話が行き届かない証拠。
この役立たずどもがあー。お前たちこそ立ち去るがいい」
堂々と脅し返した。
さすが旧家のお嬢様である。
大蛇は怒り狂った。
困ったものだ。
さらに大きくなって睨む玉藻に、阿比子は破邪の剣を裂帛の気合いとともに振り下ろした。
玉藻は避けた。
しめた。
避けたという事は、脅威を感じている。
みみ子は、邪気払いの鈴を握りしめた。
谷戸は、弦を打った。気配だけの矢が飛んで行く。
結絵の手元から光の筋が伸び、青黒い大蛇の頭を貫いて見えた。
まさかの光線銃?
光果の光を思い切り絞っただけの代物だが、何故か効いてる。
観凪と点子は、一反羽衣で素早く飛び回り、大蛇の目をくらます。
山田マリが「とりゃー」っと、合気で赤黒い大蛇を吹き飛ばした。
八匹の大蛇と八人の婆さんたちが暴れ、使い魔たちも加わり、大乱闘になった。
使い魔も上手く立ち回って、婆さんを助けている。
みみ子は、鎮めの気を込めて、力一杯鈴を打ち鳴らした。
大蛇を相手取り、島を縦横無尽に飛び回るうちに気づいた。
大蛇どもは、一見恐ろしげだが、案外に虚仮威しだ。
千年の間、島と何かを守り続けて来た間に、力を使い果たしたのかもしれない。
ババアの本気に手こずっているように見えた。
どれほど戦っていただろうか。
そろそろきつくなって来た頃、点子が自分の荷物から一升瓶を取り出した。
寝酒用だと思われる。
「八岐大蛇だったら、これっしょ」
栓を抜いて、飛びながらお神酒を振りまいた。
乱戦だったから、どれが原因なのかは分からない。
が、島に酒臭い匂いが充満した頃合いに、大蛇は酔っぱらったように暴れ出した。
酒乱か。
ババアの体力がピンチだ。
撤退を決断するべきか。
そのとき、中央の台地から悲鳴にも似た切羽詰まった叫びが響いた。
暴れ狂っていた大蛇が、我に返ったったように、その場に立ち尽くした。
再び台地からの叫びが聞こえた。
大蛇は縮んで玉に戻った。
中央台地向かってに飛んで行く。
こんな事をしている場合じゃないとでもいう様子で。
婆さんたちも遠慮しない。
厚かましく玉の後を追った。
中央台地の何かに、ヒッ・ヒッ・フーを教えなくては。
台地の真ん中に窪みがあった。
その周りに、島の物の怪が集まっている。
怖々覘いてみれば見れば、種があった。
種に、玉藻が気を注ぐ。
水色の物の怪が水を注ぐ。
茶色が土を和らにかき混ぜる。
赤が暖める。
と、それぞれの物の怪たちが、健気に立ちふるまっていた。
だが、苦しげな唸りは止まない。
「やっぱり、人間じゃないのね。種? の出産なの?
これは、産婆の技術じゃ手に負えないわね」
観凪は、ため息をついた。
「駄目だこりゃ。あんたたち、どきなさい」
みみ子が出張った。
水のやり過ぎだ。光が足りない。
そして、かまい過ぎだ。
植物の種なら、みみ子の出番だ。
植物の芽吹きに必要なのは、種そのものが持つ命の力だ。
そして、静かな時の流れと自然の恵みだ。
他者からの助けは、ほどほどが良い。
かまいすぎると、芽吹きの力が育たない。
大事なのは、種そのものが持つ力が育つのを見守り、待つ事だ。
物の怪を追い払ったみみ子は、天を指差し、仲間に声をかけた。
「ずいぶんと厚い雲だから、上手くいくかは分からないけど、やるだけやってみよう。
あの辺に、全力で雲消し。行くわよ、せーの」
中天に、少しだけ明るいところがある。
そこだけ、ほんの少し雲が薄いようだ。
婆さんたちが並んで、雲を消す為に立ち上がった。
疲れていたけど、頑張った。
頑張った甲斐があり、うっすらと柔らかい光が台地に降り注いだ。
種のうめきが止んだ。
「はい、みんな離れて。麓に移動!」
島の物の怪たちは不満そうで、種に近づこうとしたが、使い魔たちが追い払った。
使い魔が、物の怪どもを手際よく麓まで追いやった。
麓まで来ると、みみ子が物の怪を前に説得した。
「いいこと、かまい過ぎは厳禁よ。
種が育つ力を信じて待つの。
信じるものは救われる。
種が困ったときだけ手を出して良し。
そうじゃなければ、お前たちは、ただ信じて楽しく穏やかに過ごすのよ。
ほら笑って。
ああ、笑っても分かんないか。
まあ、とりあえず、楽しくないなら、楽しくなるまで歌って踊るか」
「まあ素敵。では一曲」
華京園阿比子が竜笛を取り出した。
そんなものまで持って来たのか。
おそらく、それも先祖代々の物なのだろう。
だが、奏でる曲はヒットポップスである。
点子が調子に乗って歌い出した。
他の婆さんたちは、てんでに珍妙な踊りを繰り広げ、あるいは手拍子で和した。
楽しい宴会である。
島の物の怪たちは、あきれたのか諦めたのか、はたまた自棄になったのか、次第に踊りの仲間に入って飛び跳ねた。
もう一度言う。楽しい宴会である。
ひとしきり楽しんで、養いの実で腹ごしらえをした。
一休みのあとは、島の物の怪に案内させ、島巡りと洒落込んだ。
暗さが増した。
夜になった。
暗い海の上を飛ぶのは危険だ。
この世界では、月も星も見えない。
そのまま婆さんたちは、各々の一反羽衣にくるまり、おとなしくしてるんだよと言い聞かせ、柔らかい草原で寝た。
明け方に、一反羽衣に巻かれたまま空を飛ぶ点子が居た。
夢見が悪かったのだろう。
これは危ない。
みみ子は、一反羽衣にくるまって寝るのは止めようと思った。




