41 飛びます 飛びます
登場人物紹介
ジジババ友の会 八人の婆さん勢揃い
使い魔に昇進した物の怪たち
例によって人数が多いので詳細は省きます。
予定を相談して、都合を合わせた婆さん会員たちが集合した。
渡り門の前に集まった婆さんに、薄い黄緑色のふわふわが寄って来た。
みみ子の近くを、フワフワと浮かんでいる。
谷戸の背中に、いつの間にか群青色のブヨブヨがくっついていた。
藪小路副院長には水色のふんわりが、音無結絵の頭には銀色が、白亥点子の腕には黄色がやって来た。
山田マリの周りを元気な赤い玉が飛び跳ねている。
師長の観凪の頭上からリンリンと音がして、両脇に紫と朱色を従えた華京園阿比子も来た。
こうして集まれば、不思議な光景が出来上がった。
部外者には見せられない。
そう思ったそばから、みみ子は否定した。
仕掛けのあるイリュージョンだと思われるだけかもしれない。
地雷を踏まなければ、今の世の中は、案外何でもありだ。
問題は、地雷がどこに埋まっているのか、全く分からないことだ。
時代の風潮でも、埋まっている場所が変わるのだろう。
それこそ妖怪めいていると思った。
くわばらくわばら。
人数が多いので、結絵の小型電動車では全員が乗れない。
華京園家の執事 高師弥が、どこからか古い小型車を調達して来た。
知り合いが所有しているが、長らく使っていないから廃車予定だという。
もし故障しても、弁償しなくていいらしい。一応四駆である。
さすが旧家の執事。良い人脈を持っている。
いつも阿比子に従っている高がいないのは、ボロ屋敷の管理で手が離せない用があるという事と、阿比子が女子会だから来なくていい、と断った為らしい。
世間の女子会とは大幅に違うが、それで通した。
まずは半島のプレハブへ。分乗して、のんびりと出発した。
着いた所で問題が明確化した。
「船が小さい!」
観凪師長が突如叫んだ。
華京園阿比子が言った。
「確かに、思ったより小さいですわね」
「こんなに小さい船だったのね。
そうよね。大きい船は門を入れないもの」
観凪師長が肩を落とした。
「私ねえ、大きな船なら大丈夫なのよ。
でも、小さい船は、酔うの。酷く酔って醜態をさらすわ。
一緒に行けないわねえ」
「師長が醜態をさらすって、船酔いは怖いです。
私は船に乗ったことがありません。大丈夫でしょうか」
白亥が身震いした。
「私は、水上公園の手漕ぎボートは平気だったし、大型客船も大丈夫。
このくらいの船が一番危なかったかもしれないわ」
藪小路副院長までが、そんなことを言い出した。
「どのくらい大きい船なら大丈夫なんですか」
白亥の問いに、すかさず観凪師長から返事が返った。
「千トン以上の船なら、全然へ一チャラ」
「無理」
そんな大きな船は、絶対に渡り門を通せない。
「殿方たちは、皆様船に強いのかしら」
「ああ〜、ビニール袋とタオルと酔い止め薬がリストにあったような。
根性で乗り切ったのかしら。
冒険が俺を待っている。ここで逃げられるかアー、とか言ってそう」
みみ子は思い出して感心した。
さすが、そういうところは男の子である。
「あ〜あ残念ね。
空を飛べたら、私も一緒に行けるのに」
観凪師長が、乙女チックな一言を漏らした。
その時、観凪の頭上でおとなしくしていた茶色い玉が、静かに降りて来てフーちゃんにくっついた。
みみ子の近くを漂っていたフーちゃんが動きを止めた。
瞑想しているような感じが珍しい。
ややあって、茶色い玉が高く上がると、リンリンと高い音を響かせた。
何が起こるのだろう。
人間たちが戸惑っていると、どこからか、白く長いものがひらひらと飛んで来た。
厚く垂れ込めた雲の下を飛ぶそれは、明らかに、こちらに向かっている。
「あれは何?」と谷戸が指差した。
「鳥だ。ジェット機だ。いや、スーパーマン!」
「みみ子さん。とても懐かしいけど、違うと思うわ」
藪小路にたしなめられた。
みみ子の台詞は、昔「スーパーマン」が連続テレビドラマだった頃、番組のオープニングに流れた。
年寄りにはおなじみだ。
「一反木綿」と点子が言い、
「天の羽衣ではなくて」と阿比子が言った。
そのようなものだ。
そのようなものは、ゆっくりと降りて来て、人間の腰の高さほどの所に浮かんで止まった。
フーちゃんが、ひょいと飛び乗る。
ゆっくりとうねる白く長いものの上から、みみ子を誘う。
「どーせいっちゅうんじゃ」
そんな所に誘われても困る。
みみ子がブチ切れ気味に言っていると、サー君が谷戸の肩から降りて、ずりずりと近づいた。
ビヨーンと伸びて、みみ子の腕に絡み付き、白く長い物の上に押し上げた。
みみ子が乗っても、沈むこと無く高さを維持している。
「こら、ナニするのよ。
ちょっとー、いきなり動いたりしないでよ。どうどう」
みみ子は怖がって、白いものを思いっきりつかんでしがみついた。
「空原さん、それで空を飛べそうね」
谷戸が無責任な発言をした。
思わずみみ子は、飛んでいるところを想像してしまった。
白くて長いものは飛んだ。みみ子の想像通りに。
「うわあああ〜、落ちない? ねえ落ちないわよね。
ねえ降りて。ゆっくりよ、ゆっくり降りるのよー」
白くて長い物は、みみ子の願いを叶えた。
白くて長い物の上で、ぜいぜいしているみみ子を囲んで、みんな静まり返った。
谷戸が、怖々と触っているのを見て、次々とみんなが触った。
「飛べる」
山田マリが、ぽつりと一言、言った。
「何人乗りかなあ」
音無結絵が言った。
「空原さんは軽いからねえ。私が試しても良いかしら。
ねえ、どうやったら飛ぶの」
観凪はやる気だ。大きくて太めの身体を揺すって近づいた。
「飛んでいるところをイメージしたら、飛んでました」
みみ子は答えた。
「では、やってみましょう」
観凪は、よっこらしょとよじ上った。
観凪が乗ってもびくともしないのは、安心材料だ。
白くて長いものに乗った観凪は、きちんと正座して、視線を上に向けた。
何も起こらなかった。
「飛びませんねえ」
「あれっ?」
「あれっ、じゃありません。
どうすればいいのか教えてください」
「そういえば、白いのを握り締めてました。
怖かったので」
「なるほど、直接触ったのね。
樹さんとコミュニケーションをとる時と同じ感じかしら」
観凪師長は空を飛んだ。
「まあまあまあ、おっほっほっほ。飛びましたーーー」
空を飛ぶ婆さん。
ジブリも真っ青である。
散々飛び回って満足した観凪が降りて来た。
「この布切れ、とても良く言うことをききます」
「あとは、何人まで乗れるかがもんだいですわね」
「確かめましょう」
木綿の一端は十二メートル以上ある。
計ってはいないが、白いものもそれなりに長い。
八人くらいは乗れる。
一人ずつ乗ってみた。
全員が乗っても大丈夫そうだった。
「このまま飛べるかも確かめないと」
「低いところをゆっくり飛んでみましょうか」
「いきなり高く飛んだら怖いよ。
じゃあ、いくよ。せーの、はい」




