39 上陸作戦開始
登場人物
空原 みみ子 異世界を見つけた婆さん
望月 浩太郎 養生院の院長。事件に巻き込まれて死にそうになった。
風早 当太 大企業の創立者。養生院で大病から回復した。
その他会員
人物紹介がおおざっぱになってきました。てへ♪
「あんたさあ、隠居してねえだろ。
隠居してねえのに、隠居を名告っちゃいけないねえ」
ジジババ友の会 会館に乱入して来た風早に向かって、はぐれ雲が文句を言った。
「馬鹿を言うな。儂は隠居だ。
自分が一から育て上げた会社の経営から、すっぱりと手を引いた。
正真正銘の隠居だ。間違いなく隠居以外の何者でもない」
風早は力説した。
「未練たらたらですな」と、こちらも元会長だった熊山。
「うんうん、会社から手を引いたと言いますが、気持ちが離れていない」
地図作りにはまっている山川谷男が、だめ押しした。
「ご隠居さんが連れているのはお供であって、秘書は違うと思う」
みみ子は、混ぜっ返してみる。
「水木、お前は今からお供だ」
ノリだけは良い風早である。
望月院長が、諦めたように立ち上がって、風早の正面に対した。
「風早さん、前に言ったように、ジジババ友の会に入るには資格が要る。
絶対に秘密を守る事。この会の中だけで楽しむ。
世間様に迷惑をかけないようにな。
騒がせたくはないんだ。
だから、目立っちゃいけない。これは会長の厳命だ。
会員は、地球の人生に一度けじめをつけた隠居ばかりだ」
「地球?」
風早は、首を傾げた。
「いや、そのう……世間という意味だ。いわば表の世界だ。
積極的に関わって騒ぎを起こすのは、本意ではない。というより禁止だ。
あんたのように、世界的に有名になるとか、地球を救うとか言う人は、迷惑なんだ」
風早は、納得しがたい様子で、考え込んだ末に言葉を返した。
「何を言ってるのか分からない。
院長は、あれだけの病院を経営していたんだ。
医者として、多くの人を救って来たんじゃないのか」
「ああ、良い医者だったと思う。そこは多少の自信がある。
だが、俺は一度死んだ。
まあ、こうやって生きてるから、正確には死にそうになった。
今になって思うんだ。冷静になると、分かった気がする。
誰かが俺を殺そうとしたわけじゃなかった。
新聞や週刊誌の記者は、センセーショナルな事件を、それらしく記事にした。
ネットに書き込んだ人も、興味を刺激されて楽しんだ。
犯人にしたところで、俺の事なんて母親の手紙にあった愚痴でしか知らない。
本人も無自覚だったんだろうけど、母親が大好きだった事に死んでから気がついたってだけだ。
俺個人を憎んだ、とは少し違うと思う。
そんなに憎まれるような人生を送ってこなかった。
関係者は、積極的な悪意を俺に向けたわけじゃない。
怖いのは、そこだ。
人間は、悪意がなくても、他人を平気で傷つける。
俺たちは、いや俺は、もう傷つきたくないんだと思う。
静かに余生を楽しみたい。
地球を救うってのは、勘弁して欲しい」
「悪意がなくても、平気で他人を傷付ける……か。
おい水木、儂はお前にまったく悪意はない。
お前は、儂に傷つけれたことはあるか」
「正直に申します。
私はご隠居様が好きです。大好きです。
でも傷ついた事は何度か……何度もあります。すいません」
水木は、愛の告白と共に、被害報告もした。
タフな男である事が判明した。
「しかしなあ、悪意が無いのに文句を言われてもなあ。
そんな事は、しょうがないだろう」
「うん、そうなんでしょうね。悪意なんか無いんですものね」
ここで論争されても困る。
みみ子は割って入った。
「しょうがないんでしょうけど、現実的に被害は出る。
ボケ老人だの、詐欺師だのと言われたくないですから、
ひ・み・つ なんですよ〜。
じゃあね、お帰りはあちら」
風早を追い出したあと、みみ子は叫んだ。
「大変だわー。秘密が漏れるのは時間の問題だわー。
ここって、部外者が勝手に入って来れるじゃないの。大問題だわ。
入り口に鍵をかけなくちゃ。門にも鍵をかけなくちゃ」
「そういやセキュリティが、がばがばだねえ」
一々鍵を開け閉めするのは、めんどくさい。
カードキーでは、失くしてしまいそう。
駅の改札や大企業の出入りのように、ゲートを付けたらどうよ。
住宅地にあれは、目立つだろ。
緊急会議になり、様々に意見が出た。
結論としては、すぐには無理だ。考えておこう、となった。
会館で知らない人を見かけたら、口を閉じよう。
ざっくりゆるゆるな指針にとどまった。
上陸作戦の方が気にかかる。
そっちの方に、係りっきりになった。
船を増やした。
災害救助用の作業服を調達した。
ついでのように、防刃ベストがあった。
冒険用の靴もレベルアップしたようだ。
その他、バールのようなもの、登山用のピッケル、鉈や斧まであった。
バールは大道具さん、鉈は大工名人というように、それぞれの好みがあるらしい。
「周りが海なんだから、ライフジャケットがあった方が良いんじゃないの」
みみ子が提言したが、見向きもされなかった。
みんな泳ぎが達者らしい。
もしかして、作戦に向けて訓練したのかもしれない。
だんだん話が見えなくなって来たので、ジジイたちに任せる事にした。
入念に準備を整えて、雲が湧き立つ島へ出発だ。
そうなった時には、けっこうな日にちが経過していた。
いよいよ冒険に出発だ。
ジジイたちは張り切った。
半島のプレハブには、交代でババアのうち誰かが様子を見に行く事にした。
緊急事態があるかもしれない。
念のために、救急医療の器具をプレハブに持ち込んだ。
調査隊には望月院長が居るから、船にも最低限のものは積んであるだろう。
あくまで、念のためだ。
待つ事しばし、計画では、そろそろ上陸した頃だろう。
心配しながら待っていた。
現場は海の彼方、見えはしないが、それでも南の海を見ながら待った。
特に変化はない。
思っていたより早く、ジジイたちは戻って来た。
出かけて行った時とは様子が違う。
出発した時のジジイたちは、子どものように単純にはしゃいでいた。
戻って来たジジイたちは、息も絶え絶えに疲れ切っているにもかかわらず、異様な興奮状態になっていた。
出迎えたみみ子と観凪師長に向かって、ジジイたちが吠えた。
「なんじゃーあれは!」
「私に聞かれても、ねえ。何を言っているのかさえ分かりません」
「まあまあまあ、おっほっほっほ、渋茶でも入れましょうか」
「もう、水気はたくさんです。むしろ、まだ吐き出したい」
桃太郎が、観凪に向かって律儀に返した。
「何はともあれ、全員が無事に戻ったみたいで良かった」
その間に、みみ子は人数と面子を確認して、ほっと一息ついた。
「あの島は、やばい」
こころなしか、はぐれ雲の目が空ろだ。珍しい。
「やばい?」
「おおよ。大やばだ。
………………妖怪大戦争。地球の自然現象に、あんなのは無え」
はぐれ雲が、大声で騒ぎ立てた。




