38 上陸作戦、作戦だけ
登場人物
白亥 点子 養生院の看護師。新登場
今回は登場人物が多いので、他は割愛します。友の会のジジババ多数と面倒なジジイ一名。
「使役してこその使い魔です」
新会員の華京園阿比子は、キッパリと言い切った。
阿比子に取り憑いた物の怪のうち、紫がかった方に紫紺と名付けた。
朱色っぽい方は、東雲にした。
名付けが古風である。
名は体を表すので、好ましいと思える名を与えるべきだ。
阿比子は言うが、みみ子のふわふわは、フーちゃんに馴染んでしまっていた。
フーちゃんと呼べば、近づいてくる。
遅かった。
谷戸晴美にしてやられた。
晴美のブヨブヨは、サー君で落ち着いている。
山田マリの赤いのと、音無結絵の灰色はほったらかしにされていた。
マリはイリミと名付けた。
入り身は、合気道の技の重要な要素なのだという。
結絵は、銀にした。
灰では、呼び難いからだそうだ。
適当である。
みみ子、谷戸晴美、山田マリ、音無結絵。
物の怪憑になった四人は、華京園家に残る古文書から、怪しい言い伝えを拾い出し、阿比子の指導のもと、物の怪たちを使役するべく、あれやこれやと試した。
上手くいった事もあれば、意味の無い事もあった。
むしろそっちの方が多かったが、楽しんで調教に励んだ。
おかげで、すっかり物の怪に懐かれた。
話を聞きつけた藪小路奈緒子副院長、看護師長の観凪楓、マリの後輩 白亥点子が参加を表明した。
彼女たちもめでたく物の怪憑きになった。
奈緒子副院長の水色は野巫、観凪師長の茶色は鈴、白亥点子の黄色は安頓になった。
「何故、安頓なの?」
みみ子が問えば、点子は、ちょっと苦笑いで答えた。
「つい反射で。点子の相棒はアントンですから。
私の点子というへんてこりんな名前のせいです。
父が、ジュブナイル小説の翻訳家を目指したせいです」
親の趣味が子どもに祟ることがある。そういうことか。
時間ができた時に、それぞれが使役指導に適宜参加している。
◇ ◇ ◇
婆さんたちが物の怪相手に楽しんでいるあいだに、爺さんたちは探索していた。
小型無人ボートに赤外線カメラを取り付け、ワイヤーを付けて、雲の中に突入させた。
雲の中では電波が乱反射するはずだから、電波による遠隔操作はしない。
「ワイヤーが止まった」
繰り出すワイヤーを見張っていた望月院長が叫んだ。
周りは静かな海なのに、湧き立つ雲の中から、時おり不気味な音が聞こえてくる。
視界がむやみに悪い事もあって、つい大声を上げてしまう。
「ボートが止まったのか。何があった」
「分かんねえ。分かんねえが、とりあえずワイヤーを巻き上げろ」
「おお、回収して、カメラの確認だな」
急いでワイヤーを巻き取る。
なんなくボートは戻って来た。が、全く無事というわけではない。
ずぶ濡れなのは想定内だ。雲は水分でできている。
しかし、写す方向を変えて二つ取り付けてあったうちの一つが、無くなっていた。
かなりの力で、引きちぎられたように見える。
残ったカメラに写っていたのは、渦巻く霞の中にチラリと見えた地面だった。
よく見ようとしたが、カメラの前を正体不明の物体が通り過ぎた。
短い間しか見えないが、地面に違いない。
「海じゃないのか」
「島が在るんだろうな」
異変は、海ではなく、島にあった。
沸き立つ大量の雲に覆われて、見えていなかったものと思われる。
そうと分かれば次は……
「上陸作戦だな」
異口同音に声をあげた。
「上陸しても戻ってこなければ行けません。
無事に帰還するまでが冒険です」
桃太郎は慎重だ。
「我らが冒険丸を海上に安定して停泊させておかなくちゃな。
アンカーを打ち込める場所を探そう。一本じゃ足りない。
何本か打ち込んで、前線基地にしよう。ちっさいけどな」
望月院長も張り切っている。
「カメラに写っていたのは何だ? 敵か。
上陸したとたんに攻撃されるのはごめんだ。防具を考えんと。
いざとなったら攻撃できるように、武器も用意しちゃうか」
はぐれ雲は変なテンションになっている。
「グレさん。俺らの武器は冷静な観察力だ。
有効に生かさなくてどうするよ。
むやみに攻撃なんかしちゃまずいだろ」
山川谷男は、意外に大人だった。
「私が斥候を勤めます。いざという時の護衛もします。
皆さんは調査を中心に考えてください。先ずは状況確認が重要です」
養生院のリハビリ担当風魔大太郎は、頼りになりそうだった。
半島のプレバブで、熊山と大工名人の留守番組を交え、上陸作戦の戦略は喧々諤々で議論されたのであった。
「面白そうだ。あっしも行くぜ」
大工名人が乗って来た。
「私も行きたいね」
建設会社の元会長熊山も言い出した。
「だめだめ。船が満杯だ。
外海だ。今まで海が凪いでいるときを選んで島伝いに進んで来た。
だが、定員オーバーでそれはできない」
小型漁船である、行き着くまでに転覆したら調査もできない。
「大きい船は持ち込めない」
「名人は、船は作れないか」
「船は別もんだ」
「船大工を仲間に誘うのは?」
「今から?」
「千年もずっとこうだったんだろ。
あと一年や二年、かまわんのじゃないか」
「信用できる腕の良い船大工に、心当たりはあるか?」
「……無いな」
作戦会議が迷走しているうちに、潮が変わった。
風が変わった。
しばらくは動かない方が無難だろう。
当分は会議と準備に明け暮れそうな、そんな予感がする会員たちだった。
さて、会員のジジイたちが会館の居間で、ああでもないこうでもないとワイワイやっているところに、めんどくさい元患者が来た。
すっかり元気一杯の風早当太である。
「やっと見つけたぞ院長。
ずいぶんと長い間、席を外していたな」
望月を見つけて駆け寄った。
「風早さんは、すっかり回復した。
退院したんだから、さっさと好きなところに行って欲しい。
もちろん、此処ではないどこかに」
「ああ、好きなところに行くさ。
ついては、儂を仲間に入れろ。
儂なら、月見養生院を世界に名だたる病院にできる。
任せなさい」
力強く自分の胸を叩いてみせる風早なのであった。
「俺は、ちょっと用事が……突然のっぴきならない用事ができた。
今からずうっと席を外すから、さようなら」
望月は逃げ出そうとして、風早の秘書に捕まった。
「かいちょ……ご隠居に目をつけられたら、諦めてください。
私は、諦めました。
水木秘書は、望月の腕をつかんで、不気味に微笑んだ。
望月院長、絶体絶命のピンチであった。
ハワイの大王様の名前が著作権に引っかかるかもしれないので、修正しましました。




