35 船出はしたものの
登場人物
大工名人 ヨイヨイだったが養生院で復活した
熊山 解治 建設会社の会長だった
空原 みみ子 異世界を見つけた婆さん
音無 恭子 姉。友の会の事務関係を担当
音無 結絵 妹。元聾唖者。理系婆さん
観凪 楓 養生院の看護師長
風早 当太 養生院に患者だったが復活。大企業の創立者。隠居
灯台櫓ができた。
プレバブの家も完成した。
復活した大工の名人が、
「よく考えてあるが、玩具みてえだな」
と酷評しつつも、手っ取り早く組み上げた。
「肩ならしと思ってくれや。
そのうち、この世界にでっかい城を建てようぜ。一緒にな」
建設会社の会長、熊山解治が、名人の背中を叩き、がっはっはと笑った。
「城かあ、かっこいいよなあ」
「なんだよ名人。まだどこか具合が悪いのか」
気のない返事を返した名人に、熊山が心配そうに尋ねた。
「う〜ん、城ってのはかっこいい。
しかしあれは、戦いで敵を撃退する為に作られた物だ。
全部、味方を守り敵を撃退する為の工夫でできている。
目的にかなって実用的にできている。
実利を極めた道具は美しく、かっこいい。
何だろうな。
身体が利かなくなって、世間の役立たずになったからかなあ。
金閣や銀閣や平等院みたいに、何の役に立つのか分からんような物も良いなあ。
そんな風に思うようになった。
あれらは寺だから、宗教施設なんだろうけどさ。
あれで信者が増えるってもんでもないだろ。
西洋の教会は、信者を取り込んで神聖な気分にするという目的に敵っている。
その点、実に良くてきている。
日本にだっていかにも宗教的な建物はあるさ。
でも宗教なんか関係無くね? あれは趣味なんじゃね?
みたいな感じがするわけよ。
そう言う目的があるのか無いのかも分からんのも、良いよなあ」
名人は、汗を拭きながら、首を少しだけ傾けた。
「なんだ、名人は金閣寺を作りたいのか。
一緒にやりたいが、金がかかりそうだなおい」
熊山はびびった。
「ん〜、職人は、依頼主から注文を受けて仕事をする。
注文が無いと、どんな物を作ればいいのか、皆目見当もつかない。
いやあ、案外盲点だった。
訳の分からん建物を注文してくれる依頼主はいないもんか」
「居そうだぞ」
熊山は、にやりと笑った。
訳の分からん建物を注文しそうなのが、まさにジジババ友の会じゃないか。
灯台櫓のてっぺんに光果を二つ、取り付ければ準備はできた。
灯台らしく、くるくると回る仕掛けは音無結絵が作った。
光が広がり過ぎないように、方向を絞った。
結絵は不満だった。光果を時々取り替える必要がある。
回す為にバッテリーが要る。
なるべく余計な面倒は省きたい。
結絵は、あちこちの樹を尋ね歩くようになった。
<光を、力に変える、方法>
地球の太陽光発電では、異世界では効率が悪い。
異世界ならではの方法はないものか。
そんなことを考えていた。
それはさておき、原因を探る計画は進んでいった。
中古で手に入れた小型漁船の魚倉に荷物を入れて、進水式。
魚倉には、燃料と食糧と水に光果も入れた。
そうして、ついに異世界の海に乗り出した。
乗り込んだのは、測量班の二人、はぐれ雲と山川、そして冒険者の桃太郎。
「出航ーっ!」
はしゃいだ望月が舵を握った。
東にうっすらと見える島影に向けて船出した。
そろそろ島に着く頃か。
他のメンバーは、プレハブ小屋で、交代しながら島からの合図を待った。
待った。待った。そして待った。
「合図が来ませんねえ。遭難したのかしら」
音無恭子が呟いた。
「異世界で行方不明になった時のことを考えておいた方がいいかしら。
地球での処理をどうするか。捜索願を出すか出さないかとか。
行政に目をつけられないようにしたいものです」
みみ子が心配になって見に来てみれば、恭子が先走ったことを呟いていた。
「一人一人で考えれば、行方不明になっても問題ないような身の上なのよねえ。
元々、半分は行方不明みたいな人たちだし。
補陀落渡海に旅立った……は、洒落にならないか」
「ええ、それを言っちゃあ、おしまいだと思います。
洒落にも冗談にもなりません。ふざけないでください」
恭子に叱られたみみ子だった。
そんなやり取りをしていると、
「あっ、光った。光りました。
無事に島に着いたようです」
「あわわ、こっちからも合図を送らなくちゃね、どうしよう」
慌てるみみ子に、恭子は落ち着いて答えた。
「結絵にもう一つ作ってもらいました。持ってきます」
龕灯を持ってきた。
光果の光を前方に絞って放つようになっている。
古い照明器具に光果を付けた優れ物だ。
サーチライトより省エネで、取り回しも良く強力だ。
漁船の連中が合図に使っているのも同じだ。
恭子が龕灯を島に向けて振り、合図を返した。
大工名人と熊山の二人がプレバブで留守番をするというので、あとは任せた。
待機しながら、改装をしたいらしい。
三日後に様子を見に来ることにして、恭子と結絵と共に一旦帰る。
熊山が持ち込んだ小型トラックがあるので、何かあってもどうにかなるだろう。
帰り際、島の上空辺りの雲を消しておいた。
三人が地球に戻ってみると、会館の受付から大きな声が聞こえた。
「だから、月見養生院の望月君じゃよ。ここに居るのは分かっている。
風早が会いに来た。さっさとと伝えんか」
「あらまあ、おっほっほ、間違えてますよ。
ここは養生院じゃありませんわよ。ジジババ友の会の会館です。
月見養生院なら、ここを出て坂を下って……」
「知っとるわ。君は場所塞ぎの看護師長だろう。
つい先日まで会っておったじゃろうが」
観凪の話を遮って、風早はさらに声を大きくした。
「困りましたわねえ。
院長に御用なら、養生院で申し込んでくださいな。おっほっほっほ」
「えーい話が通じん奴じゃ。
頻繁に出入りしていることは調べがついている。
友の会について話が聞きたいんじゃ。どう見ても、この会が怪しい」
観凪が珍しく困っている様子なので、みみ子が割って入った。
「望月さんは席を外しています。当分戻りません」
「なんじゃと、ここに来たまま出て行った形跡がないと報告がある。
居ないと言うなら、いつ戻る」
「そうですね、少なくても3〜4日は戻らないと思います。
戻ったら連絡するように伝えましょうか」
「全く、どいつもこいつも、のらりくらりと躱しおって。
また来る」
後ろに控えていた秘書が、すかさず連絡先のメモをみみ子に渡し、去っていった。
「どういう方なんですか。えらそうでしたけど」
みみ子が観凪に聞いた。
「うちで養生していた患者さんだったのよ。
何でも、大きな会社の創立者だとか。
死にそうだったのが元気になって、それは良かったけど、元気になったらなったで、とてもめんどくさい人でね」
風早は見るからに面倒そうだと思ったが、みみ子は一応聞いてみた。
「どんな風にめんどくさいの?」
「アジるのよ」
観凪の答えは、一言だ。
みみ子や観凪が若い頃は流行ったが、久しぶりに聞いた。
<アジる>とは、煽動するというほどの意味だ。
英語のアジテーションから来ている。
<アジテーション>は英語の名詞だが、<アジる>は日本語の動詞だ。
こういう日本語は、ちょいちょいある。
サボタージュからできた<サボる>
医療関係者がこっそり使う<ステる>もそうだ。
こっちはドイツ語のステルベン(死)。
昔の医者は、ドイツ語が必須だった。
「アジる?」
みみ子のもの問いたげな視線に答えて、観凪は言った。
「養生ジュースは人類の希望だ! 世界を救おう!」
「うわあああ、めんどくさい」




