30 滅びを食い止める為に南へ
登場人物
空原 みみ子 異世界を見つけた婆さん
望月 浩太郎 月見養生院の院長
藪小路 奈緒子 月見養生院の副院長
高田親子 養生院の患者と母親。たぶん、もう出てこない
情報は得たものの、探索範囲が広がってしまった。
しかも海の彼方。海外である。
友の会会員に伝えると、沸き立った。
まだほとんど分かっていないに等しいというのに、気が早い。
「目指すは南! だな」
「しかし、綿津見に連なるものをどうやって探せば良いのよ。
綿津見っていえば、あれでしょ。海神のことよね。当てはあるのかな」
「暗いし寒いし、海水浴には向かんだろ」
「距離が分からないから、小舟では無理ですね。
食糧も水も必要量が分からない。帰って来れる保証も無い」
この世界は、地球とは違う。何もかもが不便だ。
人工衛星が無いからGPSが使えない。
地図は、コツコツ作っている最中だ。
迷子になったら、帰ってこられるのか分からない。
渡り門から行ける範囲しか、行き来ができていない。
ドローンを利用する案は、没になった。
使ったことがある会員がいないこともあるが、案外使えないと思われた。
GPSが無いから目視できる範囲でしか飛ばせない。
見失ったら、見つけ出せない可能性が高い。
もしも雲に突っ込んだりしたら、電波が途切れて操縦不能になるだろう。
「根漕山の南は、陸地が続いているのよね。
行けるところまで行ってみようよ。
高司尊が言うには、南に島が点在しているらしいし」
みみ子がまとめた。
行けるところまで行ったら、櫓を建てて、光果の灯台を作ろう。
そこを拠点にして、島を探してみようと話がまとまった。
灯台といっても、光果を設置できさえすれば簡単でいい。
日帰りで通うのは効率が悪いから、プレハブでも建てようか。
異世界の夜は真っ暗闇で野宿はしたくない。
小さくても建物があれば、心強い。
資材を用意して、建てるのは熊山会長に頼ろう。
小型のモーターボートなら、持ち込めるだろう。
魚群探知機も欲しい。あれば、海底の地形も分かる。
水深の深さで島を見つけやすいかもしれない。
夜空が見えないから、海底地形が道しるべにもなるはずだ。
なれば良いなあ。
「船! 良いよなあ。海の男! 憧れるねえ。
医者にならなかったら、船乗りになったかもしれない」
望月院長が、憧れのまなざしを天井に向けてつぶやいた。
船の資料は猿が探して、院長その他、船に興味のある人間が操船を勉強することになった。
思いのほか、会議は白熱した。
資金は、出せる人が用意するらしい。
「足りないようなら言ってね」
みみ子は、会計の音無恭子に言った。まだ五億円ほどある。
二億、いや三億くらいなら出しても良い。
その場の勢いだった。
「この世界の滅びを食い止めるわよー!
青い空を取り戻すわよー!!」
みみ子が拳を突き上げれあば、
「おー!」
「やってやるぜー」
「おっほっほっほ、面白いわあ」
「ワクワクするねえ」
様々な声が上がった。
☆ ☆ ☆
その頃、月見養生院で留守番をしていた藪小路医師は電話を受けていた。
「奈緒子先生、高田さんのお母様から電話です。
退院したから、お嬢さんを迎えにきたいそうです」
母娘二人暮らしの母親が病気で倒れ、入院を余儀なくされた。
入院治療の間、難病を抱えた娘の行き先がなく、月見養生院に話が回ってきた。
預かってからひと月近くが過ぎていた。
「はいはい、代わるわ。
もしもし、退院おめでとうございます。
もう体調は、よろしいのかしら」
「まだ万全とは言えませんが、娘も心細いと思います。
何とかしますので、早く迎えにいってやりたいので、退院手続きをお願いします。
明日の午後にでも伺いますので、費用の精算をお願いします。
どのくらい用意すれば良いでしょうか」
「すぐに計算させます。初診料と単純な入院費だけですから、安いですよ。
慌てなくても、もし良かったらお母様の生活が安定するまで、お気兼ねなく頼ってくださって大丈夫ですよ」
「いえ、大丈夫です。がんばります」
「まだ病み上がりですから、無理はしない方が良いですよ」
「……いえ、心配ですから。
…………あのう、……つかぬ事を聞きますが、月見養生院は、あの月見病院なんですか」
「ああ、はい。前身は、あの月見病院です」
「すみません。明日うかがいます」
費用を告げると、患者の母親は、すぐさま電話を切った。
翌日の昼過ぎにやって来た母親は、目を丸くして驚いた。
自分の身の回りもおぼつかなくなっていた娘が、病室の中で自力で立っていた。
「ママ退院おめでとう」
「静香、立てるの?」
「うん、自分のことは自分でできるようになった。
安心して、これからは私もがんばって、ママを楽にしてあげる」
病室にいた爺さんの指導で、静香はゆっくりと歩いてみせた。
「高田さん、リハビリは続けて下さいね。
あわてて走ったりしないように。まだ訓練が必要です」
「は〜い」
母親は、ポロポロと涙を流した。
「し、信じられない。
……何が、…………何が起こったの」
ひとしきり取り乱した後、気を取り直した母親は、退院手続きも放って医師に詰め寄った。
「他の病院では、どこも治らないって言われたんです。
原因も不明で、治療法もない病気だって。
だから、何かあってもこの子が生きていけるようにと、死ぬほどがんばって働いて。
それで病気になったら、本末転倒でしたけど。
どんな治療をしたんですか。
他の医者は嘘をついていたんですか。良くなったじゃないですか。
あんなに機嫌良く笑ってるじゃないですか。
そりゃあ今までだって笑うことはありました。
でもそれは、私を安心させようとしてるんだって分かるんです。
あんなに自然に笑うなんて。ううっ、うわああ〜」
藪小路奈緒子医師は、落ち着かせるのに苦労した。
「ここは養生院です。積極的な治療はいたしません。
積極的治療方法が無い。積極的治療に効果が無い。手遅れ。
そういう方を預かって、ゆっくりと養生していただく施設です。
ここでは、栄養管理と食事療法で体調を管理しています。
特別な治療はしていないんですよ。
あんさんも、しばらく養生していきまへんか。
お安くしときまっせ。わっはっは」
奈緒子医師は、高田の母親の勢いに押されて、突然関西人になった。
今なら、月見養生院の病室はがら空きだ。
少数ながら、望月医師たちを信頼してくれた病院関係者や知り合いから紹介されてきた患者は、すでにいない。
ほとんどが死を待つばかりだったが、次々と元気に退院していった。




