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3 親子の争いに巻き込まれて、詐欺師と罵られた

登場人物

     空原 みみ子  年金生活の婆さん

     山本老人  大岩のある土地の地主

     山本 周二  山本老人の息子

     周二の妻

     駅前の不動産屋



みみ子は中古で手に入れたマンションの我が家に帰った。

ケーキを買い損なった。

他の買い物も忘れた。

残り物を漁って、地味な夕食になった。


面白い出会いがあったことだし、明日は絶対にケーキを買おう。

他にも美味しいものを買ってしまおう。

明日は金曜日だから、駅前のスーパーがポイント二倍デーだ。

一人暮らしの年金生活者であるみみ子の楽しみは慎ましい。

おっとトイレットペーパーが切れそうだ。

忘れないようにメモをしようと手帳を開いた。


丸に囲まれた九つの数字が目に入った。

これも明日までだった。

ビリヤードじゃないことは確かだ。数字が大きすぎる。

最近はナインボールしか見かけないが、四つ球は廃れたのだろうか。残念だ。

それはともかく、何だろう。

七つのボールと二つのボールの間にある隙間に、意味はあるのだろうか。

う〜ん、うなってみても分からない。

数字を足したり引いたり、掛けたりしてみても、分からない。


切り株が伝えたイメージを思い出そうと目を閉じてみた。

ぐるぐるとかき回される球が一瞬見えた。

ビンゴゲームの抽選器に似ているが、もっと大掛かりな感じがする。

ビンゴゲームだとしても、困ったことにカードが無いから役に立たない。

何も思いつかないうちに寝てしまった。


   ◇     ◇     ◇


みみ子は、なだらかな坂道をゆっくりと上った。

あれから一週間以上経ってしまった。

ばたばたと慌ただしい日々だった。

あんなことになるとは思わなかった。

ちょっと疲れた。


少し道に迷って、大岩のある家に着いた。

周りには二階建て以上の建物があるので、少し離れると大きな岩も見つけ難い。

みみ子は半開きの門を通って玄関に着いた。

ちゃんと了解を得て異世界に行こう。

礼儀は大事にしたい。


玄関の呼び鈴を押そうとした時、中から怒鳴り声がした。

「そんなの騙されてるに決まってるだろ! 惚けたにしてもひどすぎるよ親父。

最近流行ってるんだよ。年寄りを騙す詐欺が」

みみ子は手を引っ込めた。

怒鳴っているのは息子らしい。

オレオレ詐欺にでも引っかかったのだろうか。

大岩の渡り門を使うことは話がついているはずだ。

この際、礼儀は後回しにしよう。脇にどかそう。

幸い、敷地は馬鹿みたいに広い。こっそり行けば、目立たない。

みみ子が庭に向かって何歩か進んだ時だった。

門の方から女の声がした。


「ここよ。ん〜、アセスメントして。いくらになる?」

辺りを見回していた男が、女の後ろから現れた。

女は中年から初老あたり。男は、がっしりとした体格だが、かなりの年配だろう。

「敷地面積はどれくらいですか」

男の声に応じながら、女は呼び鈴を押した。

「聞いてみる」


間もなくして開いた玄関扉から男が現れた。

山本老人に似ている。息子だ。

「おお、おまえか。ん?」

息子は、庭を通ろうとしたみみ子に気づいて声をかけた。

「あの〜、どちら様ですか」

見つかってしまえば仕方がない。みみ子は答えた。

「初めまして、空原と申します。ちょっとお庭を通らせ……」

「お前か! 詐欺師は」

「ええーっ? いきなり何ですか、それ。

ちょっとお庭を通らせていただければ。先日山本さんに了解を頂いてます」

「年寄り相手に土地を騙し取ろうとしても、そうはいかないぞ!」

興奮して話を聞かない。


「空原さん、やっと来たかい」

息子を横目でにらんで、山本老人が出てきた。

「なっ、言った通りだろ。こいつは僕の話を聞かないんだ」

「親父こそ、騙されてるのが何故分からない。

いきなり弁護士から相続放棄しろと連絡があって、吃驚したぞ」

ややこしいことになっていそうだ。


「落ち着きましょう。山本さん、息子さんにちゃんと話をしていないんですか。

見せたら早いと思いますよ。息子さん、こっちです」

「シュウ、この土地の広さはどれくらい? 何平方メートル?」

女が口を挟んだ。


「そうだな。周二、こっちだ」

山本老人は女の言葉を無視して、息子を促した。

ぞろぞろと大岩まで行った。無視された格好の女も着いて行く。

「周二、あそこが渡り門の入り口だ。

少しへこんだ所に手をついて、そのまま進んでみろ。

『まはま』に行ける」


みみ子は安心して、後ろで待機した。

その時、ためらう様子の息子を追い抜いて、女が門の入り口に勢いよく手をついた。

ペシペシと岩を叩く。

「ただの岩よ。馬鹿みたい」

息子は大きくため息をつき、父親を見た。

「親父、分かっただろ。騙されてるんだ」

「おかしいな。周二、お前がやってみろ」

「いい加減にしてくれ。

異世界に行ける門なんて、そんな非科学的な話、あるはずがないだろ。

そんな年になって、兄さんの二の舞かよ。勘弁してくれ」


「待て、何故、友一が出てくる」

「母さんから聞いてないのか。

兄さんは、高天原に行って神様と話をしたなんて馬鹿なことを言って、いじめに遭ってたんだ。

事故ということになったけど、いじめっ子に追いかけられて道路に飛び出したに違いないって、母さんは言っていたぞ。

俺たちのことは母さんにまかせっきりで、何にも知らなかったんだなあ」


「いじめられていたとは母さんから聞いたぞ。

あの時は、友一が死んだと聞いて、頭の中が真っ白になったんだ。

それでも、学校に問い合わせた。

からかう子はいたけど、いじめというほど酷いものじゃなかったと聞いた」

山本はうなだれてつぶやいた。

「そうか、高天原で神様と……。そんなことを言ったのか」


山本老人は、その場にくずおれた。

「……友一は、僕のせいで……父さんが忘れていたせいで……」

ぶつぶつ言いながら頭を抱えてしまった。


「こんな所に住んでいるから、つまらない妄想にかられて騙されるんだ。

ここを売ってさ、うちで一緒に……」

「嫌よ。お父さんは私が嫌い。日本人じゃないから。

私もお父さんが嫌い」

息子の言葉を女が遮った。

「すまんな親父、こいつ結婚に反対されたことを、いまだに根に持ってるんだ。

じゃあさ、ここを売った金で、老人ホームに入ればいいんじゃないか」


「不動産屋さん、ここはいくらで売れるか。

路線価を調べたら、高かった。騙されて取られる前に、売れば良い」

「駄目だ!」山本老人は、弱っていたが、それだけは譲らなかった。

(かつ)おじさんの遺言なんだ。門を守ってくれる信頼できる人にしか渡せない」


みみ子の隣で成り行きを見ていた男が、困ったように頭をかいた。

「困りましたねえ。

確かに景気のいい時なら、この広さだし三億に近いくらいにはなったんでしょうが、

それも買う人が居てこそです。居ないでしょうなあ」

「三億! 何故売れない」

女が食いついた。


「ここのところ、この辺りの土地売買は低調でしてね。

正直ここより条件のいい物件でも、なかなか買い手が付きません。

この建物は古くて値がつきません。在るだけマイナスです。

そして大岩です。

敷地の四分の一以上はあるようだし、岩の周囲も使えませんから、使える土地は小さくなります。

お話の様子では、撤去するわけにはいかないんでしょ」

「撤去すれば良い」と女。

「駄目だ。とんでもない!」と山本老人。


(いわ)く付きの大岩があってはねえ。高天原への門ですかあ、ははは。

おまけに、隣があのメゾン・フェリシア。この辺じゃ有名な事故物件ですから」

不動産屋は、隣に建つまだ新しそうなアパートを指差した。

一部に青いタイルが貼られた小洒落た建物だ。


「大事件でもあったんですか?」

息子が聞いた。

「大事件というほどではないんだが、こまごまとした事件が次々と。

はじめは小学校低学年の子どもが行方不明になったんだかなあ」

「見つかっていないんですか」

「いやあ、二、三日して、何処からともなく出てきたんだけど、

訳の分からないことばかり言うようになって、一家は出て行ったんですよ。

その後、爺さんが行方不明になって、そっちは未だに出てこないらしい。

二階の角部屋は必ず離婚する呪いがあるとか、

病気になったとか、勤め先が倒産したとか、住人が次々交通事故に遭ったとか。

ネットで検索すると悪い噂がわんさか。

昔は大きな屋敷があって、屋敷の主が不審死を遂げているという根も葉もない噂まで出てきて、きれいなアパートなのに、入居者がどんどん減って、がら空きなんですわ。

土地を買うとなったら一生ものです。

わざわざ事故物件の隣で、曰くのある大岩付きを買おうなんて人は、よほどの物好きしか居ないでしょう。

広さがある分、固定資産税も高いんじゃないですか」


山本老人がおもむろに口を開いた。

「やっぱり、お前には門の岩を任せられない。

友一のようにはさせられない。空原さんに頼むのが良い。

もう遺言書は書いた。弁護士に預けてある」

「岩を撤去する。お父さんが死んでしまえば、文句を言えなくなる。

シュウは息子。権利がある。訴訟を起こす」

周二の妻はうそぶいた。


周二が、みみ子を見た。

「詐欺師の空原さん。売れない土地は要らないでしょう。帰ってください」

詐欺師扱いされつづけていることに腹を立てながらも、みみ子はそれどころではなかった。

混乱していた。

何故門が通れない。

周二の妻が手をついたまま寄りかかっている場所が、まさに入り口だったはずだ。

白昼夢でも見たのだろうか。否、そんなはずはない。

確かに違う世界に行った。

異世界への門が開かないなら、約束が守れない。

みみ子にとって、誰の土地だろうと通れさえすればかまわないのだ。

どうしたもんだろうかと考えた。



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