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29 幸多真比売

登場人物

    空原 みみ子  異世界を見つけた婆さん

    谷戸 晴美  弓道婆さん。妖エネルギー研究会会員

    音無 結絵  姉妹の妹。元聾唖。理系女

    山田 マリ  養生院の栄養士。合気道を嗜む



四人は、朝から待ち合わせた。

弁当に飲み物、おやつも持った。

邪気払いの鈴と、光果も用意した。


「では出発しましょう。

結絵さん、安全運転でお願いしますよ。みんな乗ってるんだから」

みみ子が言うと、結絵は得意げにうなずいた。

「任せて。荒れ地の運転なら、地球の日本人には負けない」


異世界には荒れ地しか無い。

いたる所凸凹だらけの道なんか無い地面なのに、乗っている人間が大きく揺れる事が無い。

もちろん上下にも左右にも揺れるのだが、動きが滑らかなのだ。

ごくごくたまにガタンと揺れると「あらごめん」と謝るのだが、それも滅多に無い。

本人が言うだけあって、上手い。

目が良いのだ。進行方向の地面を読み切っている感じだ。


途中、測量班が残した目印を確認しながら、四人は問題なく北へと向かった。


やがて、前方に大きな木が見えてきた。

近づいていく。

凭浜高司尊より大きく見える。


「わあ、あれは何」

「葉っぱには見えない」

「実でもないよね」


黒っぽい物が、枝といわず幹といわずびっしりと取り憑いているように見えた。

「どうしたもんだろ」

みみ子は腕を組んで考えた。

「とりあえず、邪気払いでもしてみるか」


「そうね、悪い物かどうかが分かるんじゃないかしら。

邪気払いで消えたら、悪いもの。ということで」

谷戸晴美が賛成した。

「よっしゃあ」山田マリは、やる気になった。


みみ子は、樹の全体が見える場所まで行き、結絵に声をかけた。

「結絵さん、車の向きを変えて。

ドアを開けて、何かあったら、すぐに発車できるように準備。

皆もね。不測の事態が起きたら、逃げるわよ」

「了解」


準備が整ったところで、みみ子はおもむろにラジオ体操第一を始めた。

狭い車内で、身体がこわばっているのに気がついたのだ。

それを見た他の三人も、付き合った。

「背伸びの運動、チャンチャカチャンチャン チャンチャカ……」

異世界の荒野に、ラジオ体操の音楽が婆さんたちの声で流れる。


最後の深呼吸から、さらに深い深呼吸をくり返し、邪気払いの鈴を構えた。

観凪師長から教わった邪気払いの祝詞を朗々と唱え、みみ子は鈴を景気よく振るった。

谷戸晴美が弦打ちをした。

「悪・霊・退・散 とりゃああー!」マリちゃんが叫んだ。


取り憑いていたものたちが、ザワリと揺らいだ。

しばらくの間、あちらこちらで蠢くものがあったが、やがて静かに落ち着いた。


変化はわずか。

気のせいか濁っていた黒が開かれた感じがするだけ。


「う〜ん、分かんないわね」

「ここは、もうひと頑張りして、雲を払ってみましょう」

困り顔のみみ子に、晴美が気合いを入れた。


荷物から飲み物を出し、みみ子がお茶を、晴美が紅茶を、マリがコーヒーを飲んで喉を潤した後、それぞれが構え直した。

「行くわよー、あそこ」

みみ子がビシッと指差した方角に向けて、雲を消そうと行動を起こした。


甲斐があって、空の一角が明るくなり、薄くなった雲から柔らかい光が落ちてきた。

光は大樹を包み、その姿を浮かび上がらせた。

取り憑いていた無彩色だった固まりが、じんわりと彩度を得てゆく。

濁った暗色だが、あるところは赤味を帯びた濃い灰色に、あるところは青鼠色に、紫がかって見える黒に、鶯色っぽかったり、茶色めいていたり、濃くくすんだ緑色だったりと様々に色を手に入れた。

一つ一つが、呼吸をするようにゆっくりと瞬いた。


色はついたが、悪さをする気配はない。

「ちょっくら行ってくるわ」

みみ子は腕まくりした。特に意味はない。


ゆっくりと大樹に近づいてゆく。

幹にたどり着いた。

見上げれば、いたる所に大きさも形も色も違うが、怪しさだけはどれも満点の固まりがくっついている。

思い切って手を当てた。


わずかに、戸惑う様子が感じられた。

()そ』

そう問われている。

「空原みみ子と申しはべる。

凭浜高司尊に請われ、雲を払う助けになればと動くババアにございます」


『あなうれし。我が名は幸多真比売(さきたまひめ)なり』

「幸多真比売様、御身(おんみ)に纏う怪しき固まり、あれは如何なるものにやあらん」


『うむ、ああ、あれは迷いて来し<ケ>にあるらん』

「<ケ>とは、<気>のようなものと覚え侍り。はて」

『しかり。気もケなり。迷うあれらは、物の怪ともいふなり。

ケにも様々あり。<気>は<ケ>の上澄みの如きものなり』


「えっ、もしかして、ケって漢字にすると<怪>?」

『ケは、生きとし生けるものの中にもあり。

それらは、チとも命ともいふめり』


「ありがとうございます。

では、比売様に纏いつくあれらは、悪しきものではないのですね」

『善し悪しの別は、(やす)くはない』


はじめは寝ぼけていたらしい幸多真比売は、みみ子の持つ疑問に真剣に答えようとしてくれた。

世界が厚い雲に覆われてしばし、南の方角から物の怪が迷い来たという。

居場所を失くして彷徨(さまよ)ってきたらしい。

幸多真比売の枝で休み、そのまま居着いた。

物の怪は数を増し、ついには、周辺からも集まってきて、この状態になってしまった。


その経緯から、南で何かがあったと考えられる。

(さわ)りの源は、海の彼方に有ると(おぼ)ゆ』


「ええーっ」

「うわあ、海の向こうなの」

「船の操縦を勉強しなくちゃ」

幹に集まっていた仲間たちが騒ぐ。

「ちょっと待て、早まるな。この世界の海が地球と同じとは限らない。

幸多真比売様、海のことはご存知なりや」

『海のことは、綿津見(わだつみ)(つら)なるものどもに尋ねるがよい』


「そうなるよね」さすがに晴美も困惑した。

「どうやって聞けば良いのかしら。私泳げない。ダイビングもできない」

みみ子は、その場で無意味にジタバタした。


とりあえず保留にして相談しよう。

有力な情報であることは確かだ。

幸多真比売にお礼を言って、一旦帰ることにした。


別れ際に、お礼の気持ちを込めて、できる限り雲を払っておいた。



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