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23 古家に引退勧告

登場人物

    空原 みみ子  異世界を見つけた婆さん

    谷戸 晴美  仲間の弓道婆さん

    音無 恭子  居場所を失くしてアパートに来た姉妹の姉

    音無 結絵  妹。聾唖。

    藪小路 奈緒子  隣町に居た医者。養生院の主要メンバー

    その他、ちょい役  凭浜高司尊・凭浜門守命  異世界の樹

              桃太郎・猿・望月院長



桃太郎が持ち帰った光果は、たいそう役に立った。

天気の良い日の日向に一日置いた光果を、異世界に持って行った。

蔕を外して空に向ける。

雲がスクリーンのように光を反射するので、広い範囲が良い感じに明るくなった。

いくつかの実を、空のあちこちに向けて見た。

丸五日以上の間、異世界は昼間になった。


想定外だ。

天津聳地嶺の頂上から麓まで転がり落ちるのに、五日もかからない。

頂上付近でも、充分に光は当たっていないと見ていい。

半ば雲に覆われているのだろう。


門守と高司尊から苦情が来た。

「夜が無くなって、困る。昼と夜があるようにして欲しい」

もっともなことだ。


朝、グレさんと山川が出かける時に、門の近くで二つ三つ。

観測と測量をする場所でも必要に応じて。光果の蔕を外す。

戻る時に回収する。ということを始めた。

音無結絵が仕事の成果を上げ、光果のセットの数は日増しに増えている。

明るくなって、観測も測量もし易くなった、と二人はご機嫌だ。

養いの実の付きが良くなった。



     ◇     ◇     ◇



とりあえず明るさが確保できるようになったが、雲を消すという問題は未解決だ。

異世界は救えていない。凭浜高司尊が望む青い空は見えない。

「さて、これからどうしたものだろう」みみ子はつぶやいた。

草は少しずつ増えているような気がするが、(いつき)のほとんどは、永い眠りの中にいる。

雲は消しても消しても湧いてくる。

なまじ明るいだけに、成果が実感できない。

いつまで続ければ、青い空が見えるようになるのだろう。


弦打ちに来た谷戸晴美をお茶に誘った。

愚痴を聞いてもらいたい。


自宅では、作業部屋で音無結絵が地道に内職に励んでいる。

珍しく姉の恭子も来ていた。仕事は見つかっていないようだ。


谷戸を相手に相談という名目の愚痴を言う。

「ねえ、どうしたら良いと思う?」

「私に聞かれてもねえ。高司尊には相談したの? 何か考えがあるかもよ」

「そうよね。異世界のことは異世界に聞くのが良い。うん、そうしよう。

なんか、話を聞いてもらったら、すっきりした。

新しい店子と一緒に、おやつにしよう。恭子さん、結絵さーん」


「わあ、この果物美味しい!」恭子が歓声を上げた。

「あら、恭子さんは初めてだったっけ。

種に見える黒っぽいのは種じゃないからね。そこが一番美味しいから、絶対に食べて」

「結絵は食べたことがあるの?」

結絵は、うなずいて、頬を二度叩いた。『美味しい』という手話だ。


「ずるーい。見たこと無いけど、お高い果物なのかしら」

「恭子さん。いくらだったら買う?」みみ子は、試しにに聞いてみた。

「そうねえ。リンゴや梨より小さいのに、ずっと食べ応えがある。

そのまま食べられて、食べやすい。好き嫌いする人は無さそう。

面白い味だし、なにより美味しい。

むむう、値段をつけるのは難しい。一個千円だと言われても驚かないかな」

「ほほう、好評価だね。うふふ。二百円だったら買う?」

「買う! 四つ下さい」恭子が勢いよく手を挙げた。


「そうか、二百円なら売れるかあ。

恭子さん。一日にいくつも食べるのは、やめた方が良いよ。

グレさんと山川さんという大柄な男たちが、三つ食べたらお腹いっぱいになって、他に何も食べられなくなっちゃったのよ。

腹持ちがすんごく良いの。良すぎるの」

「うわあ、食べ過ぎると太る?」谷戸が慌てた。

「それが、毎日食べても太らないのよ。どうなってるのかしら。

栄養価を調べるべきかしら。

食べてる人がみんな健康だから、身体にいいとは思うけど、一度調べて見ようかな」

みみ子は思案した。


猿から電話が来た。

望月と薮小路の二人の医師が古家に来て、話があると言っているらしい。

谷戸にも、相談役として一緒に来てもらうことにした。

結絵が袋を見せ、自分も行くと意思表示した。

組み合わせが出来た光果があるので、持って行きたいらしい。

通訳の為に恭子も同行する。


今日は、四人全員が古家に居た。調査結果をまとめる日らしい。

広がった資料と人で、広くもない家が満員状態だ。


「さて」と藪小路が改まった。

「月見養生院の用意が整った。週明けに最初の入院患者が二人来る。

そこで、養いの実を今後、患者数に応じて定期的に買い取りたい。

それについて、買い取り価格を決めてもらいたいのです」

「無料で良いですけど」みみ子が答えた。

異世界に勝手に生るものだし、人助けになるなら儲けなくてもいい。

「それは駄目。栄養管理をうたい文句にするつもりなのに、目玉の食材費がゼロでは、経理上まずいわけよ。

値段をつけて頂戴。ちゃんとした契約にしたい」


「なんというタイミング」

「何が?」

「いえ、何でもないです。

じゃあ、一個200円でどうでしょう。高いですか?

100円でもいいです」

「高くはないかな。むしろ安すぎても特別感が無いしねえ。

本当はもっと高いけど、特別に月見養生院にだけ安くしてもらってるという(てい)で。

200でお願い」

「では、その体で。おぬしも悪よのう。というところで手を打ちましょう」

「何ですか、その悪だくみ」

谷戸があきれたところで、桃太郎が驚く声がした。


「ええ! もうこんなに出来たんですか。早いです」

結絵が持ってきた袋を見ての叫びだ。

組み上がった光果は、一つずつビニールの小袋に収まっている。

十個以上はありそうだ。


結絵の手話を恭子が通訳した。

「預かったもの……から出来る組み合わせは、これが全部です。

新しい材料があったら、預かります」

「すごい手際です。信じられない」

桃太郎の大声は続く。

「コツが分かった、と言ってます」恭子が言った。


「音無さんに頼んで正解でした。今ある分を持ってきます。

ちょっと待っててください」

桃太郎は落ち着きを取り戻し、静かな声で答えて立ち去った。

結絵は恭子の腕をつついて、『何?』く首をかしげた。

恭子が、桃太郎の言ったことを通訳する間に、ナップザックを四つ持った桃太郎が戻った。


そんなことをしている間にも、山川が資料を持って出たり入ったりしている。

「それにしても、この部屋は狭いな。広いところは無いのか?」

望月が勝手なことを言い出した。

「この家で一番広いのかここです。他の部屋も機材や資料で満杯で」

グレさんが答えた。

「ボロ家を取り壊して、大きな会館に建て替えたらどうだ。

この先も必要なんだろ」


「!!」


全員が止まった。

一瞬の後、どっと湧く。

「そうだよ。建て替えよう」

「三階建てか四階立てにすれば、広い場所が使い放題になる」

「費用は稼げば何とかなるだろ、猿よ」

「良い考えだと思います」

好き勝手なことを言い出した。


「空原さん。これは放っておいたらまずいんじゃないの」

谷戸は、みみ子を突いた。彼女だけは正気だ。

「まずいよ。絶対にまずい気がするよ」

宿無しどもが何を言う。そうだ、大家は私だ。

「とりあえず、みんな黙ろうか」

みみ子は、引きつった大声をあげた。


連中も、今更ながら、大家の存在を思い出した。



「…………建て替えても良いでしょうか。ひめみこ様」




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