17 人体実験がばれて押し掛けられた
登場人物
空原 みみ子 異世界を見つけた婆さん。大家でもある
谷戸 晴美 みみ子に協力している弓道婆さん
望月 浩太郎 マスコミに袋だたきにあった月見病院の院長
藪小路 奈緒子 隣町の病院のもと院長
「あの実は、空原さんが栽培しているの?」
藪小路の問いに、みみ子はしどろもどろになった。
「栽培しているというのとはちょっと違うかな。
勝手に生ってくれるけど、生らせるのは、かなり大変で、
厚い雲を消さなくちゃならなくて、
雲を消してもすぐに湧いてきて、思うようにはいかなくて、もう大変」
「……今日は晴れてるけど」
今日だけではない。ここのところ毎日、いい天気が続いている。
みみ子と晴美は目を見合わせた。
「あのう、先生方は、心療内科とか精神科とかとは仲良しですか?」
晴美の質問だ。
「は?」二人の医者は、同時に疑問の声を発した。
「今から怪しい話をしますけど、頭おかしい認定をして、隔離しないでくださいね。
他の人に言いふらさないでくださいね」
「大丈夫じゃ。担当医じゃなくても、守秘義務はある」
微妙に安心できない返事をする望月医師であった。
みみ子は、晴美にうなずいて、話を進めることにした。
「<養いの実>は地球じゃない所に生るのです。
ぶっちゃけて言えば、異世界の不思議果物なのです」
二人の医師は、沈黙した。
「ほらほら考え込まない。
認知症診断用の質問項目を思い出そうとしない。
約束です。守秘義務は守ろう」
晴美が大きな声をあげた。危なかった。
「ども」みみ子は、晴美に軽く会釈した。
「では、論より証拠。といきましょうか。
皆さん、外に出ましょう」
みみ子の先導で渡り門に行った。
途中、神殿遺跡仕様のセットをを目にした医師たちは、無言で顔を見合わせたが、おとなしく付いて行った。
ちょっとしたひと騒動を経て、異世界に行く。
「ご覧のように、この世界は厚い雲に覆われています。
千年前からこの状態らしく、私が見つけた時は、滅びかけていました。
谷戸さんにも協力してもらい、雲を消そうとがんばっているのですが、なかなか。
光が地に届かないので、生き物は育たず、荒れています。
そしてこちらが、この世界の知的生命体のお一人、凭浜門守さんです」
降りてきた枝を引き寄せ、藪小路の手をくっつけた。
『知り合いの藪小路さんです』
『良く来られた。ほほう、藪小路さんは、薬師をしておられるのか』
「わわわ、初めまして。何、これ、何。頭の中に……」
『うん、しかり。薬師で合ってると思う。人の病を癒すのが生業です』
みみ子は枝と手をつないだまま、両者を引き合わせた。
『して、藪小路さんは、雲を打ち払う助けをして下さるのかな』
「雲を打ち払う。ですか? できません。たぶん」
即座に否定する藪小路に代わって、みみ子が続けた。
『まずは、今日のところは、これまでと、これからの話をするのみです』
『うむ、ゆるりとやるか。それも良し』
棒立ちで様子を見ていた望月を見ると、一歩後ずさった。
晴美が腕をがっしりとつかんで、引っ張り出す。
みみ子が紹介する。
望月は、枝に手を置いて、呆然としたままコクコクとうなずいた。
全員で桃生の所まで移動した。
養いの実は、十も実っていない。
みみ子たちが、ちょいちょい食べている。
桃生の幹に手を当てて、二人の医師が交流を図っている間に、みみ子と晴美は息を整えた。
みみ子が慣れて来た雲消し弾を2発、薄くなった雲を狙って晴美が弦打ちを放った。
小さな青空が覗く。
陽の光を受けて、桃生の枝に、ぽつりぽつりと実が生まれて行く。
生まれたばかりの小さな実は、ゆっくりと膨らんでいった。
「なるほど。雲が邪魔なのね」
藪小路が空を見上げて言った。
「それにしても、曇って地上から消せるものなのね。
弓の弦を鳴らすのは、邪気払いの儀式かなんかじゃなかったかしら。
やり方は何でもいいのね。雲を消しさえできれば。
でたらめな感じがしないでもないけど、結果が出れば良しって事?」
二人の医師は複雑な顔をして、疲れた様子だったので、帰る事にした。
ついでに、程よく実った養いの実を四つ、もぎ取った。
渡り門で、みみ子が凭浜門守に挨拶をした。
「今日は、これにて帰ります。また来ますね」
それを見ていた望月が、へらへらと笑い出した。
「いやあ、訳が分からんわ。
てっきり死ぬもんだと思っていたら、元気に生きているし。
岩をすり抜けたら異世界ってか。あははは、めちゃくちゃだ。
おまけに、知的生命体が樹木。
木と話をしたなんて誰かに言ったら、気が狂ったと思われるわ。
こりゃあうっかり話もできん。
世の中何が起こるか分からんもんだなあ。
生きてて良かった。わっはっはっは」
ついには、腹を抱えて大笑いだ。
「うひひひ、うん、俺は一回死んだ。
そして今、鮮やかに生まれ変わる。うひょひょひょひょ。
おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあー。
どんなもんじゃ。何でも来い。どーんと来い。わーはっはっは」
四人は、古い家でひとまず休憩する事にした。
藪小路は黙り込んでいる。望月ははしゃいでいる。
落ち着くまで待ちたい。
茶箪笥の二枚しかない100均の皿には、養いの実を載せて医師たちの前に。
みみ子と晴美は手づかみで、そのまま実に齧り付く。
「今更ですが、月見病院は大変でしたね。
今は閉院しているんですよね。いつ再開するんですか」
おもむろにみみ子は聞いてみた。
「どうしようもないなあ。若いスタッフは、ほとんど辞めた。
嘘だらけの報道で、家族や知り合いが心配して、辞めろと言ってきたらしい。
事件のショックもあって、残らなかった。
一時は、入院患者を虐待死させる病院とまで書かれたからなあ。無理もない」
実を一口かじって詠嘆する望月に、藪小路が突っ込んだ。
「なに他人事みたいに言ってるのよ」
「自分の事だと思うと、身体が震えて、死にたくなる」
「本当の所は、どういう事だったんですか?」
みみ子は踏み込んだ。
「犯人の母親だけどなあ。治る見込みがなかったんじゃ。
できる治療はやったんじゃが、どれも効果が無くってなあ。
本人も分かったんじゃろう。
何年も会っていない息子に、最期に一目会いたくなったんじゃないかと思う。
手紙で様々な愚痴を書きまくって送ったらしい。
見舞いに来いと言っても、素直に来るような子じゃなかった。
息子が心配して見舞いにきてくれるのを期待したのかもしれんなあ。
しかし、息子がぐずぐずしている間に、死んでしまった。
手紙を全部真に受けた息子が、暴れにきた。
そういう事だったようだ。
患者本人は、スタッフに感謝して、ひたすら息子を待って、亡くなった。
犯人は、事件を起こす前に、母親の手紙をマスコミに送ったらしい。
それで、あんな騒ぎに」
ため息の中、藪小路が聞いた。
「若いスタッフは、ほとんど居なくなったということは、残っている人も居るのよね」
「ああ、事務と経理をやっている爺さんと、栄養士の婆さん。
ババアの看護婦が二人ばかり」
「看護師ね」
「本人が看護婦って言っちゃうから。
うちが再開しなけりゃ、その辺は引退するんじゃないかな」




