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15 不審者と事件関係者に実をふるまう

登場人物

    空原 みみ子  異世界の入り口を見つけた婆さん。アパート経営?

    桃太郎  自称冒険者の宿無し、ユーラシア大陸をバイクで横断した。

    望月 浩太郎  望月病院の院長。

    藪小路 奈緒子  隣町にある緑山病院の前院長。



泣きながらおむすびを食べる桃太郎をなだめながら、みみ子は失敗したなと思った。


食べ終わったのを見計らって、話を聞いてみた。

この先どうしたいのかが気になる。

いつまでも居座る気でいるなら困るのだ。


「せっかく恩人に会えたのに、大の男が泣くほどの事があったんですか」

「そうなのです。

ある事ない事というより、見に覚えのない事を新聞や週刊誌に書き立てられて、心身ともに打撃を受け、倒れたそうなのです。

入院した緑山病院の先代院長が、良く知ってる方で、この際ゆっくり健康診断もしておけと勧めてくれたのだとか。

月見病院はしばらく休むしかないからと検査を受けたところ、手の付けられない状態だったそうです。

心労って侮れません。恐怖や心労で一晩の内に白髪になるという話は、本当です。

身内の争いで、健康だった人が、あっという間に重度の糖尿病になったり、極度の高血圧になったりは珍しくないらしい。

緑山病院の先生も、事件の影響が大きいんじゃないかと言っていました」


「そんな事になってたの」

みみ子も驚いた。

「すっかり痩せてしまって……せめて、好物のマスクメロンを食べさせてやりたいなあ。

そうだ大家さん、働き口はありませんか。

こう見えても器用ですから、なんでもやります。力仕事もそこそこいけます。

メロン代とここの宿泊代を稼ぎたいです」


みみ子は考えた。

「ちょっと待っててくれる。すぐに持ってくるから」

自宅から<(やしな)いの実>を取ってきて桃太郎に渡す。

「これはね、<養いの実>っていうんだけどね。

人の身に病あらば癒し、人の身に歪みあらば正し、生きるのが易くなる。

そう言われている実なのよ。

私と友達も食べて、美味しかったし調子が良いから、悪いもんじゃないことは確か。

ただし、病気の人にどこまで効くかは分からない。

だから実験みたいになっちゃうけど、良かったら院長に食べさせる?


毎日一つ上げるから、それを五日間続けてくれたら、マスクメロンをプレゼントする。

万一、院長の状態が悪くなったら、即中止。

食べたくないと言われたら、中止しても良い。

そうなっても、マスクメロンは上げる。

食べてもらえるようなら、その間はこの家に寝泊まりして、朝晩食事を持ってくる。

日当は五千円として、五日で二万五千円。

安いけど、お見舞いに行く他の時間は何をしてもOK。どう?」


桃太郎は、不思議そうに<養いの実>を眺めた。

「私も試食していいですか」

「良いけど、もう一度待ってね。五分か十分……靴を履き替えに帰るから、プラス五分」


あれから毎日二つか三つの実が生るようになった。

桃生は少しずつ枝を伸ばし、実の数が増えてきていた。

一日に二つか三つだったのが、三つから四つになり、五つ生る日が出た。

日課になった雲消しの成果だと思えば、うれしい。

食べる分だけ採って残りを放置しても、問題が無いことが分かった。

熟れたまま、採るまで枝に付いていて、落ちる気配がない。

そういうものらしい。

必要な分だけ採っていたら、枝にはけっこうな数が残るようになった。

利用しないのはもったいない。

今日は、まだ見に行っていないが、また生っているはずだ。

思った通り、増えていた。

みみ子は一つもいで、古い家に戻った。


「いーい、この黒っぽくて種に見えるのは、種じゃないからね。

一番美味しくて栄養がある部分だから、絶対に食べてね。これは約束。

それから、数がないから、欲しいと言われても他にはあげられないの。

<養いの実>は、他の人には内緒よ。これも約束。いいわね。

院長が食べたくないと言ったら、無理しないで」


ぱくりと食べた桃太郎は叫んだ。

「美味し〜いです! メロンとは違うけど、これは絶品です」

好評だった。


桃太郎は勇んで鬼退治ではなく、緑山病院に出かけた。


みみ子は、山に柴刈りではなく、雲を消しに出かけた。



     ◇     ◇     ◇



望月院長は、喜んで<養いの実>を食べているらしい。

食欲が失せていたが、これなら食べられると言い、毎日食べた。

その結果、ずいぶん顔色が良くなったという。

桃太郎は、せっせと毎日運んでいる。

古い家の中にある物は、いずれ捨てるから好きに使っていいと言えば、暇を見つけては整理していた。

古着の中から着れるものを選んで、着替えたりもする。

なんとなく、さっぱりとしてきた。


隣の駅まで一駅歩いていると知った時は、交通費を出そうとして断られた。

私鉄の駅と駅の間は近いから平気だ、と歩いて通っている。

物欲しそうにするので、桃太郎にも<養いの実>を渡す。

喜々として食べた。

そんな風にして、五日が過ぎた。


「約束通りにマスクメロンを買いに行こうか。

明日は私も、メロンのお供でお見舞いに行きたい。よろしく」

桃太郎から、院長が元気になってきたと報告されていたが、みみ子は直接様子を見たいと思った。

だが桃太郎は黙り込んで、なにやら思案していた。


「あの……、相談なのですが、メロンの代わりに、例の実をあと五つ頂くことはできませんか。

最初に見舞いに行った時とは見違えるように元気になってきたのです。

医者じゃないので理由は分かりませんが、身体に合うような気がして……。

来週、もう一度検査するらしいので、それまででもいいのでお願いします。この通り」

床に頭をこすりつけた。


みみ子は気持ちよく了承した。

マスクメロンは高いけど、<養いの実>は無料で手に入る。

損は無いどころか、得をした気分だ。



みみ子は、一度望月院長のお見舞いに行くことにした。

自分の目で確かめた方が良いと思ったのだ。

桃太郎に丸投げしたままでは、無責任な気がする。

桃太郎に付いて行くことになるので、歩きだ。

一駅歩いたが、思ったほど疲れない。近くに感じる。

長年にわたって蓄積された身体の歪みが正されたのかもしれない。


望月院長は個室に入院していた。

「望月先生、調子はどうですか」

桃太郎の声に、望月はベッドから上半身を起こして、陽気に返事を返した。

「よう、今日も来たか。待ってたぞ。

あの実を食べてから、食欲が戻ってきてな。まずい病人食も食べられるようになった」

死にそうには見えなかった。


「それは良かった。先生、あの実をくれた人を連れてきました。

お礼を言いたいって言ってたでしょ。空原みみ子さんです」

「おお、毎日美味しいものを差し入れてくださってありがとうございます。

美味しく頂いています」

みみ子に頭を下げたあと、桃太郎に向かって続けた。

「桃さんのガールフレンドかいな」


みみ子は、手を振った。

「いえいえ、ガールフレンドなんてとんでもない。

ババアフレンドですよ」

望月は楽しそうに笑った。

「あははは それは良い。

ババアフレンドにジジイフレンドか。俺もババアフレンドが欲しくなった」

望月は妻を失ってから、長年独り身を通していた。


「今日も持ってきましたから、召し上がってくださいな。はい先生」

手に渡すと、望月は、にまあと笑みを浮かべた。


「これをもらうようになってからは、すっかり俺の昼飯はこれよ。

上手いよなあ。こんな美味いものは初めて食べた」

「そんな大げさな。院長ほどの方なら美味しいものを散々召し上がったでしょうに」

みみ子の言葉に、望月はしみじみとした顔をした。

「考えてみると、あまり美味いものは食べて来なかったなあ。

忙しく腹に詰め込んで、味わうことは少なかった。

特に、妻に死なれてからは、ロクなものを食ってこなかった気がする。

人生を損した。これからは、美味いものをじっくりと味わって食べたいものだ」


隣で桃太郎が、うんうんとうなづいている。

そこにノックの音がして、恰幅(かっぷく)の良い女性が入ってきた。

みみ子よりも、いくつか年上だろう。


「あら良いわねえ。おやつ?」

「俺の昼飯ですよ、奈緒子先生。

まずい病人食の代わりにこれを食べるようになってから、ご覧の通り元気が出た。

人間、美味いものを食わなきゃ嘘だな。食い物は大事だと、つくづく思うよ」


「緑山病院の前院長です。こっちは、この実でお世話になっている空原さんです」

桃太郎が紹介した。

「本当に美味しそうに食べるわねえ。

ついこの間まで、全く食欲がないと言ってた人とは思えない」


みみ子は、桃太郎の分に持ってきた<養いの実>を差し出した。

「そちらの先生も召し上がりますか」

桃太郎が情けない顔をするのを「あとであげるから」となだめる。


「いいの? 食べてみたいわ」

「黒っぽくて種に見えるものがありますけど、種じゃなくて、そこが一番美味しいところです。

残さず食べてくださいね。そこを食べないのは損ですよ」

「ふむふむ、むむ! 本当ね。種みたいなところが、めちゃくちゃ美味しい。

そうね、何かしら。食べたら落ち着くわ。本当ね。食べるものは大事だわ」


「良かったら、明日から先生の分も持ってきましょうか。桃太郎さんが」

「えっ、良いの? 欲しい」

医者なら、体調管理はお手ものだろう。

安心して実験させてもらおう。新たな実験体を確保した。



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