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14 空き家に不審者が住みつき 怪奇現象研究家が突撃

登場人物

    空腹 みみ子  異世界の入り口を見つけたばあさん。呪われたアパートを買った

    桃太郎  空き家に迷い込んだ宿無し。自称冒険者。爺さん

    怪奇現象研究家  アパートの301号室の住人。名前は一応(羽加瀬 淳).

302号室の住人  怪奇現象研究家の知り合い。中年男




異世界の雲は、消しても消しても湧いてくる。

一向にらちが明かない。

違う方法を考えなくては。

このままでは、異世界に明るい朝は来ない。


みみ子は打開策を相談しようと、谷戸晴美と異世界から出た足で旧山本宅に入った。

世間様には内緒の話をしたい。


居間に行くと、くつろいでいる老人が居た。

ちゃぶ台に座る姿は、姿勢が良い。

納戸から茶箪笥まで運んだらしい。

家主であるはずのみみ子よりも堂々と座っている。

「お邪魔します」うっかり言ってしまった。


言ってっから気がついた。

「あれっ、ここは私のものになったはず。

あなたは、どちら様? 何故ここに」


「これは失礼。空き家に見えたので、つい。

お邪魔しています。桃太郎と呼ばれています。冒険者です」


みみ子と晴美は、目をぱちくりした。

「ファンタジーだわ。冒険者なら、異世界に行って冒険してもらいたいわ」

みみ子は、思わず口走った。


しかし、何はともあれ、不審者である。

桃太郎の正体を探らねば、うかつに信用できない。

そこは年の功だ。

「桃太郎さんがこの家にいる事情を教えてくださいな。

ことによっては、警察に通報しなくてはなりませんから」


「昔世話になった恩人が窮地にあるのを知り、私にもできることが有ればと来てみたのですが、連絡が取れません。

近くにいれば何か分かるかもしれないとうろついているうちに、この家を見つけました。

空き家なら、ちょうど良いと思ったのです」

「昔の恩人ですか」

「はい、月見病院の院長。望月先生です。

ここ数年は宿無しでして、世事に疎い暮らしでした。

拾った週刊誌で事件を知り、古新聞を漁ってこの場所を知りました」

来てはみたが、月見病院は閉院しており、院長が現在どうしているのかが分からない。

消息を尋ねて、力になりたい。


勝手に空き家に入り込んだのはともかく、律儀(りちぎ)な男のようだ。


「町内の噂ですけど、あの騒動で身体を壊し、隣の駅にある緑山病院に入院したらしいです」

みみ子が伝えると、

「明朝、早速見舞いに行きます。感謝。

つきましては今夜一晩、この家に宿泊させていただきたい。

冒険者には年金がありません。慣れぬ土地で他に当てがありません」

国民年金を払っていなかったんだろう。自業自得だ。


「あのう、冒険者って、いったいどういう……」

晴美が、納得がいかない様子で聞いた。

「ユーラシア大陸は、バイクで横断しました。

中央アジアでは、外の世界から来る旅人は歓待されます。

私も、とある部族の王様に気に入られて、息子にならないかと誘われました。

その辺りの習慣でしょう。他の部族には青い目の王様もいましたから。

アラブ半島はラクダで、アフリカは北部までしか行けませんでした。

動乱に巻き込まれてしまって。

日本で仕事をして金を貯め、退職して冒険の旅に出る。

その繰り返しで、面白いけれど思うほどには冒険できていません」

現代の冒険は、スポンサー無しでは大変なのだろう。




その日の夜、空き家から悲しげなすすり泣きの声がした。

しばらくつづいた後、悔しげな、悲しげな慟哭に変わっていった。


あの冒険者のようだ。

どうしたものかとみみ子が悩んでいると、ブザーが鳴った。

エントランスの窓口に付いたブザーだ。

行ってみると、うれしそうな怪奇現象研究家の爺さんがいる。

後ろには、録音機とカメラをもった中年男もいる。


「隣は空き家だね。引っ越して行くのを見た。

調査したいので、家主を知っていたら連絡を取りたい。

後日にでも了解を取るつもりだ。

まずは、怪しい泣き声の調査だ。後はよろしく」

中年男を連れて出て行こうとしたのを、みみ子はあわてて止めた。

「幽霊でも怪奇現象でもありません。知り合い(?)です」

「大家さんの知り合いに幽霊がいるのか。顔が広いな」

「だから、幽霊じゃなくて人間です。

私が様子を見てきますので、待ってください」


みみ子は外に出て、怪奇現象研究家を押しとどめた。

古い家は、夜の闇に沈んでいる。懐中電灯を持ち、先に立って進んだ。

怪奇現象研究家と中年男も付いてきた。

「ずいぶん待った。やっと怪しげな事が起きたのに見逃せるか」

ジジイはやる気満々だ。


一応ドアをノックし「桃太郎さーん」と声をかける。

名前を何とかして欲しい。中年男がつまずいてカメラを落としそうになっている。


慟哭が止み、涙をこらえながら桃太郎が這い出てきた。

「何か」


みみ子は、こっちが聞きたいとむっとした。

あと、流れる涙がうっとうしい。

「ご近所に迷惑です。静かに泣いてください」

悲しい事があったのなら、泣くなとは言えない。


「申し訳ない」

桃太郎は深々と頭を下げ、そのまま泣き崩れた。


「こんなに真っ暗な中に一人でいると、余計に悲しくなるわよね」

みみ子は言ってから気がついた。電気が来てない。

「中央アジアの夜に比べれば、日本の夜は明るいです。

不自由はしてません。ご心配をかけました」


心配だからといって、みみ子の自宅に入れる気はない。

なんといっても、冒険者で桃太郎で不審者だ。

「ほら人間だったでしょ。帰りましょうね」

「うーむ、普通の人間にしか見えない」

「人間です」

みみ子は、怪奇現象研究家とお付きの中年を押し出すようにして、自宅に戻った。




翌朝、みみ子は、おむすびと蓋付きのカップに入れたみそ汁を持って、桃太郎をたずねた。

桃太郎は泣きつかれたのか、居間で丸くなって寝ていた。


おむすびを差し出して声をかけた。

桃太郎は、目を擦りながら起き上がり、顔を洗いに行った。


料金の支払いが無いと、真っ先に止まるのは電話だ。

支払えば、即座に復活する。

電気もガスも、早いうちに止まるが、水道は止められない。

水が無いと生死に関わるからだと言われているが、本当かどうかは不明だ。

止まっても、元栓を開ければ使える。

開けたな。


「落ち着きましたか。恩人さんに会えなかったのかしら」

「会えました。会えたけど……う、ぐすっ、およよよ」

おにぎりをくわえたまま、泣き出した。



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