表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/90

11 呪われたアパートを衝動買い

登場人物

    空原 みみ子  異世界の入り口を見つけた婆さん。

    不動産屋の親父




谷戸晴美が来れるのは、せいぜい週に一回くらいだという。

自分の生活があるから、通うにも限度がある。

みみ子にしたところで、毎日は無理だ。

がんばっても、週に二、三回というところ。

みみ子の雲消しでは、ちょっぴり雲が薄くなる程度。

それでも気のせいか、少し威力が上がった気がしている。


年も明けたし、いっそ、もっと近くに引っ越そうか。

そういえば、隣のアパートは空室だらけだったと思い出した。

そんな事を思いながら、駅前の不動産屋に貼ってあるビラを眺めるみみ子であった。


不意に不動産屋のドアが開いて、オヤジが出て来た。

見覚えがある。いつぞや山本さんの息子夫婦に連れられて来たオヤジだ。

「おや、土地をお探しですか」

不動産屋も、みみ子を覚えていたらしい。

いきなり土地と言い出すとは、そういうことだろう。

「いえね、例の大岩の隣。

あのアパートに空き室があったなあと思いましてね。

まだ空いてます?」


「あ〜、呪われたアパート! 空いてます、空いてます。

ご相談なんですが……、丸ごと一棟買いしませんか」

「ひえ〜、牛じゃないですよね。アパートですよね」

不動産屋は楽しそうに笑って、アパートだと請け合った後、真剣な表情になった。

「いわくありげな大岩のある土地を一億で買うくらいなら、

隣のアパートはどうかなと思いまして。

アパートなら、少なくともすぐに住めますし。

揉め事が無いどころか感謝されます。持ち主が困ってますから、値切れます。

交渉すれば、一億で話をつけられると思いますよ」

呪われていなければ、そんな値段では買えない物件らしい。

しかし相続で揉めて、なるべく早く現金化したがっているという話だ。


とはいえ、億単位の買い物をホイホイするほど、みみ子は度胸が無い。

空き室を探しに来て、一棟丸ごとアパートを買うなんて、何の冗談だと思うものの、

不動産屋はぐいぐい来る。

直接取引だったから、みみ子が大岩の土地を買ったことは、この不動産屋は知らない。

だから、ぐいぐい来る。負けそうだ。

買えないことはないだけに、始末に困る。

「すぐに案内できますよ。見るだけでも。ねっ」

「そうねえ、見るだけなら。買わないと思うけど、見るだけなら」

部屋を借りるにしても、一度見なくては。

みみ子は不動産屋に連れられて、呪われたアパートに向かった。


呪われたアパートことメゾン・フェリシアは、良いアパートだった。

新しいから、まず外観がきれいだ。

みみ子が住む古いマンションとは大違いだ。

みみ子が購入した時には、すでに中古物件で、そろそろ大規模改修が必要なのだが、分譲だから、持ち主の意見が、なかなかまとまらない。

管理組合の役員になったら、大変なことになりそうだ。

持ち主が一人なら楽だろう。

気に入らなければ、住人が出て行くだけだろうし。


メゾン・フェリシアは、エレベーター付きの五階建てだ。

一階は、広いエントランスとエレベーターホールがあり、庭付きの部屋が三室。

二階から五階までは、各階が五室ずつになっている。

エントランスは、道路側の部屋の次の位置、101号室と102号室の間だ。


鍵の束をじゃらじゃら鳴らして、不動産屋は熱心に案内してゆく。

空き室の中も、いくつか室内する。

室内もきれいだった。今風に洒落た作りで、便利そうだ。

入居者があるのは四室。

一時、二室まで入居者が減ったが、つい先頃、怪奇現象を研究しているという変人が入居し、その紹介で、もう一室が塞がった。

「怪奇現象研究者だとのことですが、なあに、本人はおとなしいものです。

大丈夫ですよ」

何が大丈夫なのだろう。


敷地には余裕があり、車が何台か駐車できるだろう。

駐車場として別料金で貸せるし、車で来る来客があっても安心だ。

不動産屋は熱心に勧める。

「四室分の家賃があれば、電気代、水道代、定期点検、共有部のたまの掃除代など、最低限回していけます」

要するに、固定資産税、修繕費、改修費などの減価償却はできないということだ。

上手い言い方をするものだ。


「人の噂も七十五日。

悪い噂が消えるまでは、呪いや怪奇現象が好きな物好きだって居ます。

曰く因縁のある大岩を気にしない方には、うってつけの物件です。

満室になれば、長生きしても悠々自適な暮らしができます。

お客さんには一番のおススメです」

あれやこれやのセールストークで、みみ子はやられた。

少しずつその気になってしまったが、ふと、我に返った。


「ただねえ、メゾン・フェリシアって、どうなんだろう。

あたしゃ横文字が苦手なのよねえ。私に似合わないよねえ」

フェリシアは花の名前である。アフリカ産の青い花で、花言葉は「幸福」。

しかし、そんなことは知らないみみ子であった。

単に住むだけならともかく、「メゾン・フェリシアのオーナー」に抵抗を感じる。

好き嫌いの問題だから、不動産屋も手の打ちようはないだろう。

みみ子は、頭を冷やそうと思い、帰ろうとした。


「アパートの名前を変えるのは難しくないですよ。

今なら入居者が少ないし、変更するなら、かえってチャンスです」

不動産屋は諦めなかった。

「あらそう? 月見荘だと、どこかとかぶるんじゃないかしら。

簡単で分かりやすいのが良いのよ。住所が、月見三丁目だしね」

「月見荘の大家」なら、収まりが良いように感じる。


「いまどき『荘』を付けるのは流行りませんから、大丈夫でしょう。

最近は『荘』をやめて、メゾンとかヴィラとかハイツとか、

何語なのか分からないような名前にに変える方が多いです。

正直に言いますと、その方が入居者に受けが良い。

古いアパートが、シャトーだったりします」


流行はくり返す。みみ子は確信していた。

母が少女の頃に着ていた大正ロマンの着物が、とんでもなくファッショナブルに見えたりする。

母が子どもの頃は、「キノ」というカタカナ二文字の名前は、すでに古臭かった。

婆さんみたいといって、むりやり漢字を使っていたが、年を取ってから、病院の若い看護師さんたちから、

「キノって名前なの。カッコイイ!」と言われて、ご機嫌だった。

「キノ」という美少年アイドルが人気になっていた。

『〜荘』の時代が、そのうち来る。


みみ子は、月見荘の大家になった。

恐ろしい衝動買いである。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ